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昔の新聞点検隊

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【当時の記事】

すき腹には勝てず 正体を見せた手品外人
うっかりしゃべッた日本語に 最早免れず種明しを始む

百円札手品詐欺の嫌疑者ボルドー・ミッチェルは警視庁へ護送以来刑事部本間警部が通訳を用ゐて取調べを行ってゐるが、あくまで不敵の彼は

 英語の通訳をだせば仏語で返答して手古ずらせ陳述の上にまでいろいろ手品を使ひ容易に真実をいはなかった、ところが十五日夕食が遅れたので彼は空腹に堪へ切れず監視巡査に向って流ちゃうな日本語で「御飯を早く食べさせて下さい」とウッカリすべらしここに自ら

 化の皮をはがした彼は自暴気味に「煙草を吸はしてくれ」などといひだしたので警視庁ではしめたとばかり十六日は早朝より東京地方裁判所より大竹検事の出張をこひ恒岡係長が協力取調べてゐるが、流石の彼も最早包み切れず犯行の種明しを始めたので同日午後検事の

 令状を執行されることになったが、今回は追放等の軽罰に止めず刑法に照して厳罰に付する方針ださうだ、尚ミッチェルは上海を生活の本拠としてほとんど支那と日本の間を渡り歩いてゐたものらしいと

(1929〈昭和4〉年10月17日付東京朝日新聞夕刊2面)

拡大「捕はれた怪外人 留置場でも一奇術」などと報じる記事=1929年10月14日付 東京朝日朝刊7面
【解説】

 ルーマニア人のボルドー・ミッチェル容疑者(38)は1929年10月12日、横浜市内にいたところを「挙動不審な外国人がいる」として連行され、東京で起きていた「百円札手品」の詐欺犯に似ているというので有力な容疑者として調べを受けます。詐欺の被害者たちに顔を見せる「首実検」で、そろって「犯人に間違いない」と証言されました。

 この事件はミッチェル容疑者の大胆な言動でも世間の注目を浴びたようです。身体検査をした後、留置場でどこからかマッチ棒を取り出す巧妙な奇術をして「捕はれた怪外人 留置場でも一奇術」(29年10月14日付朝刊)、控訴審で手品を実演してみせて「奇術入の公判に傍聴人は大喜び」(30年2月7日付朝刊)など、逐一紙面で取り上げられました。

 ところで、「百円札手品」ってどんなマジックでしょう。この記事の5年後(1934年)の紙面によると、外国人が1円や2円などの少額の買い物をして、レジで100円札を出して店員が釣り銭を数えるのに手こずっているのを見て、「下手だね」と冷やかしたり、西洋風の勘定のお手本を見せてやると言ったりして、店員にちょっかいを出しているうちにスッとお札を何枚か抜き取るというもの。そして店員は後になってお金が足りないことに気づく……。

 手品でもなんでもなくて、ただの釣り銭詐欺じゃないの?という気がしますが、昔はこんな手口の詐欺グループが数年おきに出没していたようです。

 種も仕掛けもありありの詐欺が成功した理由には、外国人が相手(34年の記事には「若い美男」とあります)で店員の気が散っていたこと、当時は高額紙幣だった100円札のために釣り銭を数える店員が落ち着かなかったことなどがありそうです。詐欺に引っかかった悔しさと、犯行の手つきの鮮やかさから「手品だ!」と言いたくなってしまったのでしょうか。

拡大「百円札手品」の種明かしを報じた記事。4段見出しの右の前文に「若い美男の外人客と見て女店員等が好奇の眼を寄せる油断の中に犯行を遂げる」とある=1934年5月13日付 東京朝日朝刊11面

 昔のお金を今の価値に換算するといくら?というのはなかなか難しい問題です。日本銀行のサイトによると「企業物価」「消費者物価」の戦前基準指数がひとつの参考材料になる、とのこと。企業物価の戦前基準指数でみると、2010年の物価は1929年の約620倍なので、1929年の100円は今の6万2千円くらいになる計算です(何を価格上昇率のものさしとして使うかで計算結果はまちまちなのであくまで参考程度です)。

 ほかにも、両替を頼まれて対応すると預かった紙幣が新聞紙を切ったものだったという「手品詐欺」もあったようです。私は「手品」という言葉には「技にわくわくする」という楽しいイメージがあります。「手品詐欺」は犯人を称賛するようにも思えて、詐欺に使う表現としてはなじまない気がしました。

 では記事を校閲しましょう。

 記事中では「嫌疑者ボルドー・ミッチェル」と呼び捨てにしています。朝日新聞は1989年に「容疑者呼称の方針」を打ち出し、被疑者を呼び捨てにするのをやめました。今の紙面は、逮捕された段階で「容疑者」、起訴されたら「被告」、判決が確定したら「受刑者」を名前のあとにつけています。これは人権への配慮に加え、捜査が誤る可能性もあるので慎重な報道を期すためです。

 逮捕前でも容疑が固まって逮捕が確実視される状況なら、実名で「○○容疑者」とすることはあります。ですが今回は大事件というわけではなく、事件記事というよりは話題ものふうの記事。現代なら実名は出さず、ルーマニア人の男(38)などとするケースです。

 実名か匿名かは微妙な判断が求められます。朝日新聞では事件報道についての考え方を「事件の取材と報道」(朝日新聞出版から市販されています)にまとめ、これに沿って判断しています。

 また、見出しにある「手品外人」。「外人」は今では排他的な視点で外国の人を見るニュアンスが強く感じられる言い方なので、よりニュートラルな「外国人」などにしてはどうかと指摘します。この事件を報じる他の記事では「怪外人」という言葉もたくさん出てくるのですが、外国人は怪しいというイメージを植えつけそうなこの呼び方も、今は使いません。

 ミッチェル容疑者はルーマニア出身。日本語がまったくわからないふりをして、警察の取り調べをのらりくらりとはぐらかします。「英語の通訳をだせば仏語で返答して手古(てこ)ずらせ」、警察を手のひらで転がすような余裕しゃくしゃくの態度だったのでしょう。ところが、意外にあっさりと降参することになります。

 夕食が遅くなって、おなかがペコペコになったミッチェル容疑者は、「流ちゃうな日本語で『御飯を早く食べさせて下さい』とウッカリすべらし」てしまったのです。大胆不敵な手品使いと思われていた男も「すき腹には勝てず」というのが人間的ですね。

 今の紙面では漢語の一部をひらがなにする「交ぜ書き」は避けているので、「流ちゃう」は「流暢(りゅうちょう)」と読み仮名を入れて漢字にするよう指摘します。見出しの「うっかりしゃべッた」は「ッ」という促音だけカタカナになっているので、「しゃべった」とひらがなにするようアピールします。

 「日本語がわかると、ばれたなら仕方がない」と開き直ったのでしょう。ミッチェル容疑者は「煙草を吸はしてくれ」などと「自暴(やけ)気味」に話しだします。当て字ですが、今は「自棄」で「やけ」と読ませるのが一般的です。

 警察はこれはしめたと鋭く取り調べを進め、ミッチェル容疑者も観念したのか「犯行の種明し」=供述をするようになるのです。

 取り調べを手伝うために「東京地方裁判所」からは検事が来ました。検事が所属するのは今なら「検察庁」ですが、当時は裁判所に検事局が付置されており、1947年に制定された検察庁法で検察庁ができます。

拡大公判の様子を報じる記事。法廷で手品を披露したり、検事の求刑に「ヒヒと泣き出し」「泣きながらリノリウムの床にひざまづ」いたりしたとしている=1930年2月7日付 東京朝日朝刊7面

 結局彼はロシア語が一番得意だったようで、この後はロシア語の通訳をつけ取り調べや公判が行われます。窃盗罪で起訴され、一審と二審で、懲役2年(求刑3年)の判決を受けました。求刑されてヒヒと泣き出したり、「上海に残してきた息子に会わしてくれ」とひざまずいたり、最後までお騒がせだったようです。当時は外国人が実刑判決を受けても執行猶予のかたちで国外追放するのが一般的だったようですが、控訴審判決の記事では「罪状がひどいので執行と決定した」とあります。芝居がかった態度が裁判官の心証を悪くしたのかもしれません。

 この記事、全体を通して読みやすいのですが面白おかしく書きすぎなのではという気がします。「手品師」だという決めつけからか、「正体を見せた」「あくまで不敵の彼」「化(ばけ)の皮をはがした」など表現も暴走気味。取り調べの詳しい様子は紙面にあると興味をひかれますし、重要な要素ですが、今は「弁当をペロリと食べ」などと「決まり文句」のような書き方は避け、できるだけ客観的な見方で記事を書くように心がけています。

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

手品詐欺容疑のルーマニア人逮捕へ 空腹に負け?供述を始める

 100円札の手品詐欺事件で、警視庁は16日午後にルーマニア人の男(38)を窃盗容疑で逮捕する方針を固めた。東京地方裁判所検事局によると、今回は国外追放などの軽い処分ではなく、厳罰に処する方針だ。

 男は14日から警視庁で刑事部の本間○○警部の取り調べを受けていたが、英語の通訳が同席すればフランス語で答えたりして調べに応じず、また日本語もまったくわからない様子だった。しかし、15日に夕食時間が遅くなったところ、「早くご飯を食べさせて下さい」と急に流暢(りゅうちょう)な日本語をしゃべった。これを機に、男は開きなおったのか、「たばこが欲しい」などと雑談もするようになった。

 そこで、警察は取り調べを本格化させ、16日早朝からは刑事部の恒岡○○係長、東京地裁検事局の大竹○○検事が取り調べをしている。男も取り調べに応じ、供述を始めているという。なお男は中国の上海が生活の拠点で、日中を行き来していたと話しているという。

(松本理恵子)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください