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昔の新聞点検隊

日本と「アリガトウ」

拡大1938年8月25日付 東京朝日 夕刊2面
【当時の記事】

罰金を覚悟で 歌姫に龍田丸の俠気

【サンフランシスコ二十三日発同盟】ハワイ・米本土間の航路は米国沿岸航路に指定されてをり米国人はホノルルから外国船に乗船してサンフランシスコに渡ることは出来ないことになってゐるが、演奏会に間に合ひたいといふ米国人気歌手の切なる依頼により日本船が特に罰金八百ドルの覚悟でサンフランシスコ迄送り届けるといふニュースが伝はり話題の中心となってゐる

即ちニューヨークのメトロポリタン・オペラのソプラノ歌手として最近売出しのキルステン・フラグスタット女史は最近濠洲演奏旅行を終へ加濠航路汽船ナイアガラ号で帰米の途に就いたが、途中同船の船脚では廿五日夜出演予定のハリウッド・ボールの音楽会に間に合はぬことが判明したので、十九日ホノルル到着の際日本郵船に頼み込んで同行者三人と共にスピードの速い龍田丸に乗り換へ目下一路サンフランシスコに近づきつつあるのだ【写真はフラグスタット女史】

(1938〈昭和13〉年8月25日付 東京朝日 夕刊2面)

拡大1938年8月27日付 東京朝日 夕刊2面
親切な日本 是非お礼に伺ひます
龍田丸の俠気を謳ふフ女史 

【サンフランシスコ特電二十五日発】龍田丸は廿五日早朝サンフランシスコに入港したがホノルルから罰金八百ドルを支払ひ便乗した世界的オペラ歌手フラグスタッド女史は廿五日夜特別待遇で沖合より単身ボートで上陸直に飛行機でホリウッドに向ったが龍田丸の特別の計ひによって契約を履行し得た女史はすっかり日本贔屓になって語る

 日本人は親切だ、お蔭で名目が立ちお礼をかねてそのうち是非日本を訪問したいと思ってゐます

(1938年8月27日付 東京朝日 夕刊2面)

【解説】

 昨年の3月以来、私がよく聴くようになった音楽があります。米国歌手シンディ・ローパーさんの歌です。

 ローパーさんは、昨年3月11日に来日しました。乗っていた飛行機は、午後3時半に成田空港に着陸する予定だったそうです。まさにその時に東日本大震災が発生し、飛行機は関西空港から名古屋へと回り、羽田に降りたのは午後の9時半。ローパーさんがホテルにたどり着いたのは翌12日の午前3時過ぎだったといいます。

 12日の午後に、東京電力福島第一原発1号機で水素爆発。その後、3号機でも爆発があり、多くの外国人アーティストが来日を中止し、そして、多くの外国人が日本を離れました。

 知人の外国人女性も離日しました。寂しくは思いましたが、責める気持ちにはなれません。3号機で爆発があった時、ちょうど会社で仕事をしていたのですが、「原発で爆発があった」「余震が絶え間なく続いている」という状況では、「日本という国はこれからどうなってしまうのだろう」と不安でいっぱいになりました。日本人でさえそうだったのですから、外国人が離日するのは無理もないと思います。

 ローパーさんは、日本を離れませんでした。「私は何があってもステージを続ける。こんな時に、日本に背を向けて逃げ出すことはできない。私のできることは音楽だけだから」

 その言葉どおり、名古屋、東京、大阪でツアーを決行しました。

 ローパーさんは1980年代を代表するポップス歌手で、色鮮やかな服装、これでもかというぐらい、たくさんつけたアクセサリーなど、そのファッションセンスでも目立つ存在でした。彼女の最初のヒット曲「Girls just wanna have fun」は、「パパやママは色々言うけれど、女の子はただ楽しみたいだけなのよ」という内容です。

 今となっては申し訳なく思いますが、私は、ローパーさんを「かなり特異な」「ちょっとチャラチャラした感じの」歌手として見ていました。それが、昨年3月のできごと以来、「人として大変強い、尊敬すべき人だ」と思うようになりました。

 ローパーさんは、昨年3月16日の東京・渋谷でのライブで、「日本からインスピレーションをもらってきた。アリガトウゴザイマス」と語ったそうです。

 さて、昭和初期にも、日本に「アリガトウ」と言った歌姫がいます。1938(昭和13)年8月の記事から見ていきましょう。

 記事の舞台となった龍田丸は、日本郵船が当時所有していた北米航路用の遠洋客船です。その名前は奈良県にある龍田神社からつけられ、1930年に就航しました。

 「米国人はホノルルから外国船に乗船してサンフランシスコに渡ることは出来ないことになってゐる」とあります。当時のハワイは、米国の自治領であるハワイ準州でした。正式にアメリカ合衆国の50番目の州になったのは、1959(昭和34)年です。

 ハワイ準州は、米国がハワイ共和国を併合して成立しました。ハワイと米国本土間の「米国沿岸航路」は、あくまで米国船のためのもので、「ハワイから、外国船である龍田丸に乗って上陸する」というのは当時の法律では違反だったようです。

 ホノルルにいたある歌手は、焦ります。このままだとハリウッドで行われる公演に間に合わないからです。

 ある歌手とは、「キルステン・フラグスタット女史」。「女史」は、女性が男性と同じように活躍することが当たり前になった現在では、まず使わない呼称です。「さん」に直してもらいましょう。

 彼女はナイアガラ号という船で米国へ渡ろうとしていたのですが、なんとかして公演に間に合わせたいと考えます。そこで考えたのが、「罰金を払ってでも、ハワイから米国本土に渡る」方法です。

 フラグスタットさんですが、1895年に生まれ、1962年に亡くなったノルウェーのオペラ歌手です。ノルウェーでは「20世紀に活躍した最高のソプラノ歌手の一人」として、クローネ紙幣に肖像がのっているそうです。

 龍田丸の巡航速度は21ノット。時速38キロで海を進んだことになりますが、ナイアガラ号よりも速かったのでしょう。フラグスタットさんは、「罰金を払うことになるけれど、どうしても公演に間に合わせたい。なんとかサンフランシスコまで乗せてほしい」と頼みます。

 この「罰金」は800ドルでした。当時は変動相場制で、だいたい1ドル=3.5~4円で推移していたようです。1935(昭和10)年時の新聞購読料が月90銭。現在の朝日新聞の購読料は月3925円(セット版)です。

 計算してみると、当時の1ドルは、現在でいうと1万5千円ほどの価値があったことになります。あくまで概算ですが、1万5千円×800=1200万円。世界的オペラ歌手なら払えたのかもしれませんが、それにしても巨額の罰金です。

 日本郵船としては、法律に違反するわけですから、断ることもできたはずです。しかし、フラグスタットさんの熱意に負けてサンフランシスコまで送り届けることにしました。そして、1938年8月25日、龍田丸はサンフランシスコに入港し、フラグスタットさんはその夜のコンサートに間に合いました。

 8月27日付の記事では、「フラグスタッド女史」と、一報とは違って名前の最後が濁音になっています。スペルはFlagstadですが、現在の朝日新聞の取り決めでは「スラブ、ゲルマン系の語尾のdは濁らずに『ト』」と書く」としており、一報との食い違いもありますので、「ト」に直すように指摘したいところです。そして、「飛行機でホリウッドに向った」とありますが、これも「ハリウッド」でしょう。

 日本郵船の計らいに感激したフラグスタットさんは、すっかり日本が好きになったようで、「そのうち、ぜひ日本を訪問したい」と語ったそうです。

 続報の見出しには「親切な日本」とあります。昭和の歌姫に日本の会社がしたことは、「親切」というより「粋な計らい」でしょうか。

拡大東日本大震災から1年を前にシンディ・ローパーさんが来日、被災地の小学校を訪れた=2012年3月6日付東京本社版朝刊1面
 シンディ・ローパーさんのことを調べているうちに知ったのですが、下積み時代にニューヨークの日本食レストランでアルバイトをした彼女 は、その店主に親切にされたことがきっかけで親日家になったそうです。

 大震災から1年。ローパーさんは再び来日し、今もジャパンツアーの真っ最中です。3月7日の新潟から始まり、11日の渋谷でのライブは、被災地3県の映画館で無料で生中継されました。今日13日は大阪で、15日の最終日には名古屋で、そのパワフルな歌声を聞かせてくれます。

 未曽有の大災害に襲われた日本にいてくれたローパーさんの行動によって、「最も困難な時に共にいる」ことがどれほど人に力を与えるかを知りました。

 ローパーさんには「True Colors」というヒット曲があります。「心の暗闇の中でも、あなたの本当の色は輝いている。それは虹のようにきれいなの。その色を、怖がらずに見せてね」という内容のバラードです。

 「にわかファン」の私も、落ち込んだ時にこの歌をよく聴くようになりました。残念ながら今年のライブには予定が合わずに行けませんでしたが、いつか生で聴きたいものです。1年前に「アリガトウ」と言ってくれたローパーさんに、「今年も来てくれてありがとう」という言葉を返したいと思います。

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

罰金を覚悟で 歌姫に龍田丸が粋な計らい

 ハワイと米国本土間の航路は「米国沿岸航路」に指定されていて、アメリカ人はハワイ・ホノルルから外国の船に乗ってサンフランシスコに渡ることはできない。しかし、アメリカで活躍する人気オペラ歌手が「どうしても公演に間に合わせたい」と日本の船に頼み込み、船会社は罰金800ドルが科されることを覚悟でサンフランシスコまで送り届けることにしたというニュースが伝わり、話題になっている。

 ニューヨークのメトロポリタン・オペラのソプラノ歌手として最近売り出し中のキルスティン・フラグスタットさんは、コンサートツアーを終え、ナイアガラ号でアメリカに向かうことにした。しかし、ナイアガラ号では25日夜に出演予定のハリウッド・ボールでの公演に間に合わないことがわかった。

 そこでフラグスタットさんは、19日にホノルルに到着した際、日本郵船に頼み込んで同行の3人といっしょにスピードがある龍田丸に乗り換え、サンフランシスコに向かっているという。【写真はフラグスタットさん】

「厚意に感謝 お礼に訪日したい」 フラグスタットさん

 龍田丸は25日早朝、サンフランシスコに入港した。ホノルルから罰金800ドルを支払って乗船した世界的なオペラ歌手のフラグスタットさんは、同日夜、特別待遇で沖合から単身ボートで上陸し、すぐに飛行機でハリウッドに向かった。

 龍田丸の特別な計らいで公演の約束を果たしたフラグスタットさんは、すっかり親日家になって語っている。

 「日本人は親切です。お陰で間に合いました。お礼をかねて、そのうちぜひ日本を訪問したいと思っています」

 (永島葵)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

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  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

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