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昔の新聞点検隊

外務省機密漏洩事件 「運命の人」を当時の紙面に見る

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【当時の記事】

事務官と記者を逮捕 密約電報漏えい事件
関係書類を押収 社党への経路解明へ 警視庁

 沖縄返還協定交渉にからむ機密文書漏えい事件を捜査している警視庁捜査二課は四日夕、国家公務員法違反容疑で出頭を求めていた外務省□□□外務審議官付(秘書)の●●●●●事務官(四一)=浦和市×××丁目=、毎日新聞政治部西山太吉記者(四〇)=世田谷区△△△△丁目=の二人を同容疑で逮捕、二人の自宅と外務省の同審議官室にある●●の机、ロッカーなどを捜索、関係書類を押収した。●●事務官は公務員の秘密を守る義務違反(同法第一〇〇条)、西山記者はその行為をそそのかした(同法第一一一条)疑いである。捜査二課は同日の調べで、二人の容疑はほぼ固まったとしており、今後は、極秘電信文をコピーした日や受渡しの時期など、細部にわたっての具体的な詰めを急ぐとともに、このコピーがどのような経路で、社会党の手に渡ったか、背後関係も含めて解明することにしている。

(1972〈昭和47〉年4月5日付 東京本社版朝刊1面)

【解説】

 沖縄返還での日米間の密約を扱ったTBSドラマ「運命の人」が終わりました。原作は「白い巨塔」「華麗なる一族」などで知られる山崎豊子氏の同名小説。40年前に実際に起きた「外務省機密漏洩(ろうえい)事件」がベースです。

 今回の記事は、外務省の女性事務官と毎日新聞記者の逮捕を伝えた記事の導入部です。今の記事とあまり違いはありませんが、「漏えい」は今の紙面では言い換えるか、「漏洩(ろうえい)」と読み付きで漢字にします。漢語の熟語の一部を平仮名で書く「交ぜ書き」を避けているためです。市区町村名は、原則都道府県をつけるので、「世田谷区」は「東京都世田谷区」に。都道府県庁所在地や政令指定都市では省いているので、当時埼玉県庁所在地だった「浦和市」はそのままです。

 今回は点検はこのぐらいにして、事件はどのようなものだったのかを過去の朝日新聞記事などをもとに振り返ります。

●浮上した密約 400万ドル肩代わり

 1964(昭和39)年に首相となった佐藤栄作氏は、米国に統治されていた沖縄の返還を、政治課題に掲げます。「祖国復帰が実現しない限り、戦後は終わらない」。71年6月、沖縄返還協定が調印されました。

 返還まで2カ月を切った72年3月27日。国会の衆院予算委員会が大きく揺れます。社会党の衆院議員だった横路孝弘氏が、外務省の機密電文のコピーを手に、政府を追及したのです。米国が負担するはずの400万ドル(当時のレートで約12億円)を、日本が肩代わりする密約が存在するという内容でした。

 400万ドルは、米軍が軍用などで占有していた土地を元の田畑などに戻すための費用。「原状回復補償費」と呼ばれ、返還協定で「米国が自発的に払う」とされていました。政府は密約の存在を否定する一方で、機密電文がどこから漏れたのか「犯人捜し」を始めます。

 電文のコピーは、外務省の女性事務官から、毎日新聞の政治部記者だった西山太吉氏に、西山氏から横路氏に流れていました。

●世論は反発 起訴で一転スキャンダルに

 事務官と西山氏は4月4日、警視庁に逮捕されます。容疑は共に国家公務員法違反。事務官は「職務上知ることのできた秘密の漏洩」、西山氏は「漏洩のそそのかし」というものでした。

 毎日新聞は翌日の朝刊1面で「正当な取材活動 権力介入は言論への挑戦」と訴えます。密約を暴こうとした記者の逮捕に、世論も反発しました。

 ところが逮捕から11日後。東京地検の起訴状に盛り込まれた一文が、流れを変えました。「ひそかに情を通じ、秘密文書を持ち出させた」。週刊誌やテレビは、夫のいる事務官と妻子ある新聞記者のスキャンダルとして報じました。

 懲戒免職となった事務官は一審で、懲役6カ月執行猶予1年の有罪判決を受け、控訴せずに確定。西山氏は一審で無罪判決を受けた後に依願退職しましたが、二審は懲役4カ月執行猶予1年の逆転判決。78年、最高裁で有罪が確定しました。

 西山氏は故郷の北九州に戻り、青果会社で仕事をしました。取り巻く状況が変化したのは、2000年代になってからでした。

●米公文書に密約の裏付け 法廷闘争へ

 00年5月29日。朝日新聞の朝刊1面に、特ダネが載ります。原状回復補償費の肩代わり密約などの存在が、米公文書で裏付けられたという内容でした=下の画像。02年にも密約に関する米公文書が見つかりましたが、国は密約を否定し続けます。西山氏は05年、「不当な起訴などで名誉を傷つけられた」として、国に損害賠償と謝罪を求める訴えを起こしました。

 07年、東京地裁は訴えを棄却。「仮に不法行為が成立するとしても、20年以上が経過していて、賠償請求権は既に消滅している」。08年、最高裁で西山氏の敗訴が確定しました。

拡大2000年5月29日付東京本社版朝刊1面

●続く情報公開訴訟 裁判所が密約を認定

 闘いは続きました。09年、ジャーナリストや学者たちが、密約文書の開示を国に求める訴えを起こします。西山氏も原告に名を連ねました。

 訴訟には沖縄返還交渉にあたった元外務省アメリカ局長の吉野文六氏が証人として出廷。密約文書に署名したと証言しました。

 一審判決を前にした10年3月、当時の岡田克也外相が指示した調査で、ついに密約が認められます。外務省の有識者委員会が、原状回復補償費の肩代わりはあったと認め、「広義の密約に該当する」としたのです。西山氏の逮捕から、38年が経っていました。

 10年4月の東京地裁判決も密約の存在を認定。国に文書の開示を命じます。しかし国は「徹底的に調査したが、文書は見つからなかった」と控訴しました。

 11年9月、東京高裁も密約文書が存在したと認めますが、「文書は見つからなかった」という国の主張を認め、一審判決を取り消しました。原告側は文書の開示を求め、最高裁に上告しています。

拡大2012年2月8日付東京本社版朝刊4面
 今年2月、国会の参院予算委員会で、こんなやりとりがありました。

 みんなの党の小野次郎議員が、TBSドラマ「運命の人」にからめ、密約について質問したのです。外相時代に密約の存在を認めた岡田副総理は西山氏について「本当に申し訳ない」と謝ります。そして、こうも述べました。「国家の密約という問題の中で犠牲になった一人。ジャーナリストとしての行動に一定の敬意を表したい」

●取材源の秘匿 目的外使用の禁止

 入手した機密電文のコピーをどう扱うか。西山氏は40年前、記者としてギリギリの判断をしたと思われます。しかし結果的に、国家権力につけ入る隙をあたえ、取材源である女性事務官を守れませんでした。国家権力の欺瞞(ぎまん)をつく「沖縄密約事件」となるはずが、「外務省機密漏洩事件」とすり替えられてしまったのです。

 今年改定された朝日新聞の報道指針「事件の取材と報道」は、「取材源の秘匿」と「取材で得た情報の目的外使用の禁止」について、以下のように記しています。

 不正を追及された組織は、誰が情報提供したか「犯人捜し」をする可能性があるとした上で、「特定された場合に当人が甚大な不利益を被ることが考えられる。情報提供者をいかに守るかは、報道機関の信用にかかわる問題だ。読者の信頼を得て報道機関の使命を果たすため、取材源の秘匿は、守るべき基本ルールである」。

 また、「報道目的以外で使えば、取材された人はもちろん、読者にも不信を招き、報道機関への信頼を傷つける」として、取材結果を報道目的以外で使用することを禁じています。

 実は機密電文のコピーを入手した西山氏は逮捕の10カ月前、毎日新聞の朝刊3面で、電文の存在には触れずに疑惑に関する解説記事を書いていました。しかし、政府を追いつめることはできず、電文のコピーを横路議員に流したのです。機密電文の存在を、新聞紙上で直接報じる道はなかったのでしょうか。

 05年5月27日号の週刊朝日。西山氏は次のように語っています。

 「電信文が紙面に出れば、私の取材源に目が向けられ、責められたら耐えられないかもしれないと想定した。最終的に社会党に提供したのも悩んだ末、最善ではないけど、国民に知らせるためのやむを得ない次善の策と判断したんです」

 機密電文を紙面で直接報じていたら、どうなっていたのか。記者と外務省事務官に男女関係がなかったら、横路氏が電文の存在を国会で公にしなかったら……。歴史に「もし」はありませんが、逮捕から40年たった今でも、国家権力の壁や取材・報道の在り方、権力監視の意義について考えさせられる事件です。

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

外務省事務官と毎日記者逮捕 沖縄機密電文漏洩容疑 社会党への経路捜査

 沖縄返還協定にからむ機密電文漏洩(ろうえい)事件で、警視庁捜査2課は4日、国家公務員法違反容疑で外務省の□□□審議官付事務官●●●●●(41)=浦和市×××丁目=、毎日新聞政治部記者西山太吉(40)=東京都世田谷区△△△△丁目=の両容疑者を逮捕し、発表した。

 ●●事務官は公務員の守秘義務違反(同法第100条)、西山記者は秘密漏洩をそそのかした(同法第111条)疑い。

 同庁は2人の自宅と外務審議官室にある●●事務官の机やロッカーを捜索して、関係書類を押収。機密電文をコピーした日や受け渡し時期など具体的な詰めを急ぎ、コピーが社会党へ渡った経緯を調べる。

(高島靖賢)

 ※「記者と国家権力」がテーマの話を、5月1日公開の記事でもお伝えしています。法務・検察内部からガセネタ(うその情報)が仕掛けられ、新聞記者が名誉毀損(きそん)容疑で逮捕された事件についてです。

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください