メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

昔の新聞点検隊

内定ください! 上司に服従しますから

永川 佳幸

拡大クリックすると大きくなります

【当時の記事】

郵船の入社試験

◇郵船会社では本月十九日から廿七日まで九日間に亙って明年四月入社せしむべき新入社員の口頭試験をやった、処で本年の応募者は帝大百二名、早稲田四十五名、商科大学三十七名、慶応七名その他二十九名合計二百二十名で採用人員は僅かに二十名だから学校の卒業試験よりも骨が折れる

◇試験の結果成績の優良なのは比較的早稲田でこれに亜いで商大、帝大と慶応は理論が多くて答弁に中心がはづれて突拍子の事を述べる、然し郵船では人格素行の点に於て殊に注意を払ふべく社長からの命令であったので試験委員もこの点に留意した

◇応募者は申し合せたやうに入社した以上は会社のために最も忠実なる社員として上席の命令に服従し与へられたる事務に対し責任を完うしますとまでは好いとして仮令退社されても社長以下重役の御恩は忘れませんといふに至っては委員も採点の取り様がないと頭を悩ましてをった

(1922〈大正11〉年12月30日付 東京朝日 朝刊4面)

【解説】

拡大大勢の学生が集まった合同企業説明会=2011年12月1日午前、東京都新宿区
 最近では「シューカツ」なんて呼ばれるようになりましたが、来春卒業予定の大学生たちの就職活動が本格化してきました。4月に入って面接や筆記試験などの「選考活動」が解禁され、そろそろ内定を勝ち取る人が出始める時期ですね。

 世間では花見のシーズンが盛りを過ぎたところも多いですが、就活生たちはまだ見ぬ「春」を追い求めて忙しい日々を送っていることでしょう。リクルートスーツに身を包んだ、緊張の面持ちの学生を街中でよく見かけます。90年前の就活生はどんな勝負服を着て、試験に臨んでいたのでしょうか。

 さて、実際にシューカツ事情を取材するとなれば、取材したいのは、注目企業や人気企業。そこで当時、押しも押されもせぬ人気企業だった日本郵船を取り上げたのでしょう。

 現代の就職活動といえば、会社説明会やセミナーに参加するなど、3年生のころから始めるのが「常識」。選考の長期化で、学業に専念できないという批判を受け、昨年は、会社説明会などの広報活動の解禁を経団連が2カ月遅らせました。朝日新聞社が主要100社に実施したアンケートによると、企業側はこの2カ月の遅れで「学生の企業研究が進んでいるか心配」なんだとか。

 そんな現代に比べると、当時の選考は4年生が卒業を目前にした冬の時期に行われ、かなりの短期決戦。これでは、企業研究どころではなかったのではないでしょうか。

 古い時代の話だけに、企業と社員の上下関係がはっきりと記事に表れているのが分かります。たとえば、3行目の「入社せしむべき新入社員」。いくら会社側が学生を選ぶ立場とはいえ、両者の関係は対等であるはずです。「入社させるべき」という表現は現代ではなじまないので、やめてもらいましょう。

 90年前の日本は、第1次世界大戦後の不況による空前の就職難にあえいでいた時代。働き口が見つからずに、自ら命を絶ってしまう学生もいました。「大学を卒業して就職できるのは、例外的と言っても過言ではない」とさえ言われていたそうです。

 そんな中、目指すは夢の優良企業への就職。当時は同じ大卒の新入社員でも、出身大学によって初任給に大きな差をつけていたケースもあるようで、名だたる大学に通う学生たちが試験に臨んでいます。帝大、早稲田、商科大学、慶応……。細かいところではありますが、大学名の末尾が「○○大」だったり「××大学」だったりと、バラバラなのは不格好ですね。体裁をそろえてもらいましょう。ちなみに商科大学は東京商科大、今の一橋大です。

 今回の記事は、日程や受験者数の基本データに加え、試験での裏話が添えられているのが特徴です。とはいえ、「裏」すぎるのも考えものです。「成績の優良なのは比較的早稲田」はまだ許せる範囲。その後がいけません。「これに亜いで商大、帝大と慶応は理論が多くて答弁に中心がはづれて突拍子の事を述べる」。書いてあること自体は、筆者が会社側に取材したもので事実なのでしょう。しかし、少し赤裸々に書きすぎです。実際に試験に臨んだ学生や大学関係者がこの記事を読んだら、いい気はしないはず。今であれば、個別の大学についての寸評はまず掲載しないでしょう。書き方にもっと配慮してもらうべく、記者と交渉する必要があります。

 記事からは、なんとしても内定を得ようという学生たちの切実さが伝わってきます。

 「最も忠実な社員として上司の命令には従い、責任を全うします!」

 「退社された後も、社長以下重役の方々のご恩は忘れません!」

 そうとう肩に力が入っていますね……。いまでいうマニュアルが存在していたのでしょうか?  本心からの言葉だとしても、その熱意に聞く方は一歩引いてしまいます。案の定、試験官も採点しようがないと頭を悩ませていますね。まじめすぎるのはかえって逆効果のようです。

 私が就活生だったころの目標は「面接官を3回笑わせる」でした。おじさんたちと楽しくおしゃべりして、普段の自分をさらけだした方がアピールになるのでは――。自分をよく見せようとして無理に着飾るのは、性に合わなかったのです。まあ、もともと誇れるようなエピソードがなかったのもありますが……。おっと、筆が滑りました。

 気楽に行こう! 就活生

 という私から学生へのエールで最後を締めまして、今回はこの辺で失礼します。

(画像には主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています)

【現代風の記事にすると…】

日本郵船が入社試験 220人が参加

 海運大手の日本郵船は19日から27日まで、来年4月入社の採用に向けた面接試験を行った。

 応募者は東京帝大102人、早大45人、東京商科大37人、慶大7人など計220人。採用予定者数はわずか20人なので、内定を勝ち取るのは大学の卒業試験に合格するよりも難しそうだ。

 採用に当たっては、まず学生の人格や素行を重視して欲しいという方針が経営トップから示されていたが、厳しい就職事情を反映してか、学生たちは示し合わせたように「入社させていただければ忠実な社員として上司の命令に従い、与えられた仕事は責任をもって全うします」とアピール。なかには「たとえ引退されたとしても社長以下、役員の方々のご恩は忘れません」とまで言う学生もいて、これには採点のしようがないと採用担当者も頭を抱えていた。

(永川佳幸)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください