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昔の新聞点検隊

仕組まれたガセネタ 恐るべき権力闘争

拡大1957年10月26日付東京本社版朝刊11面。クリックすると大きな画像が開きます。画像には主な直しだけ朱を書き入れました。個人情報に配慮し、人名は一部伏せ字にしています

【当時の記事】

読売新聞記者を逮捕 売春汚職 名誉棄損の疑い

東京高検は二十四日夜、読売新聞社社会部▲▲▲▲記者(三四)を名誉棄損の疑いで逮捕した。読売新聞は去る十八日付朝刊に、売春汚職容疑事件にからみ「●●●●●、■■■■両代議士の召喚必至」との記事をのせたが、これに対して●●●、■■両代議士は「事実無根」として同社小島編集局長、担当記者ならびに花井検事総長、野村東京地検検事正、担当検事を即日東京地検に告訴した。地検では検事正らも被告訴人となっているため東京高検に事件を移送、高検で取調べが進められていたが、その結果、筆者といわれる▲▲記者が「証拠をかくすおそれがある」として逮捕されたもの。

なお同社原編集総務は二十五日、同高検に岸本検事長を訪ね、「逮捕は不当だ」と抗議した。

東京高検岸本検事長の話 関係者の供述に重大な食違いがあったため逮捕せざるを得なかった。記事のニュース・ソース(取材源)を明らかにしなかったことも一つの理由だ。検察庁としては真実を明らかにしなければならない立場にあり、このためには「ニュース・ソースを語らない」という新聞記者の道義も尊重するわけにはいかない。

不当逮捕と思う

読売新聞景山社会部長の話 ▲▲記者の逮捕は正当な理由がない。不当逮捕だと思う。事件は、問題の記事が名誉棄損であるかどうかという極めて単純な性質のものだ。それなのに筆者を逮捕したことは、単に名誉棄損ではなく、他にネライがあってのことではないかと疑わざるを得ない。岸本検事長は逮捕理由について「ニュースの出所をかくしているからだ」といっているそうだが、新聞記者としてはニュース源をもらすことのできないのはもちろんで、出所をかくしたことと名誉棄損の成否とは、おのずから性質を異にする。

(1957〈昭和32〉年10月26日付 東京本社版朝刊11面)

【解説】

 3月20日更新のこのコーナーでは「外務省機密漏洩(ろうえい)事件」を取り上げました。外務省の女性事務官に機密漏洩をそそのかしたとして、毎日新聞記者が逮捕・起訴された事件です。

 今回お伝えするのも「国家権力と記者」をめぐる話。取材・執筆に関わった記事によって、読売新聞記者が名誉毀損(きそん)容疑で逮捕された事件です。なぜ記者は逮捕されたのか。過去の朝日新聞記事などをもとに振り返ります。

 その前にまず記事の点検を。今の記事とあまり違いはありませんが、「棄損」は今なら「毀損(きそん)」とします。当時は「毀」の字が常用漢字になかったため、同音で似た意味の「棄」で代用し、「棄損」と書いていました。2010年の常用漢字表改定で「毀」が常用漢字に入ったので、それ以後は「毀損」としています。

 そのほか今ならば、「ニュース・ソース」は「・」を入れない▽名前は最初に出たところをフルネームにする(「現代風にすると……」では不明の名前は○○としました)▽数字は原則洋数字、などとします。

きっかけは贈収賄事件

 1957年秋、「売春汚職事件」が発覚します。売春防止法の成立を阻むため、業界団体の幹部が有利な活動をしてもらおうと、国会議員にカネを配った事件です。58年に売春防止法が全面施行され、国会議員側では2人が有罪判決を受けました。

 事件が発覚した直後に話を戻します。57年10月18日。読売新聞朝刊に「特ダネ」が載ります。見出しは「売春汚職 U、F両代議士 収賄の容疑濃くなる」。実際の紙面では2人の実名と顔写真が載り、「召喚必至」と書かれていました。

 議員2人は事実無根として、読売新聞の編集局長と担当記者、検事総長、東京地検の検事正と担当検事を、名誉毀損で東京地検に告訴しました。東京地検は検事正らが告訴されたため、上級庁の東京高検に事件を移送。東京高検は10月24日、読売新聞の記者を逮捕します。数々のスクープを放ってきた社会部記者でした。

情報源を守り通す

 読売新聞は東京高検の岸本義広検事長に「逮捕は不当」と抗議。日本新聞協会、司法記者クラブ、新聞労連も「報道の自由の侵害」などと抗議します。

 東京高検は「身柄拘束のまま取り調べる必要がある」として記者の拘置を請求しますが、東京地裁は「証拠隠滅のおそれはない」と却下します。釈放された記者は語りました。

 「ニュースソースを明らかにさえすればよいとしつこく詰めよられたが、新聞記者のモラルとしてニュース源を話すわけにはいかないという線を守り通した」

誤報認め休職処分に

 「特ダネ」掲載から2カ月後、読売新聞朝刊にこんな見出しが載ります。「U、F両代議士 事件には全く無関係」。金銭授受の事実はなく、地検の召喚もなかったと伝え、「特ダネ」が誤りだったと認める内容でした。

 同じ日の午後、議員2人は告訴を取り下げます。読売記者を含む全員が不起訴になりました。しかし、記者は「会社の信用を傷つけた」として、休職処分になりました。

 休職が解けると社会部に復帰しますが、以前のような活躍の場は与えられませんでした。誤報から5年後、記者はこの世を去りました。

拡大売春汚職事件について触れた伊藤栄樹元検事総長の連載の13回目=1988年5月20日付東京本社版朝刊4面
元検事総長の回想

 記者の死から26年後、驚くべき事実が判明します。

 88年5月4日付の朝日新聞朝刊で、ある連載が始まりました。「秋霜烈日 伊藤栄樹の回想」。その年の3月まで検事総長だった伊藤氏による手記で、32回続きました。

 連載の13回目は「売春汚職事件」に関する手記でした=画像。一部を抜粋します。

 売春汚職の捜査においては、初期からしばしば重要な事項が読売新聞に抜け、捜査員一同は、上司から疑われているような気がして、重苦しい空気であった。
 そのうち、読売新聞に抜ける情報は、どれも赤煉瓦(あかれんが=法務本省)へ報告したものであることがわかってきた。だんだんしぼっていくと、抜けた情報全部にタッチした人は、赤煉瓦にも1人しかいない。
 そこで、思い切ってガセネタを1件、赤煉瓦へ渡してみた。たちまちそれが抜けたのが、例の記事だったのである。事の反響の大きさにあわてはしたが、犯人がわかってホッとした気分がしたのも正直なところであった。
 あれから30年余、赤煉瓦にいた男の名前も、捜査員の中でガセネタを仕掛けた男の名前も、すっかり忘れてしまった。

 

主導権をめぐる暗闘

 「不当逮捕」というノンフィクションがあります。読売新聞の後輩だった本田靖春氏が、逮捕された記者の生涯を描いたものです。

 同書によると記者が逮捕された当時、法務・検察内部では主導権争いが繰り広げられていました。戦前からの思想検事の流れをくむ岸本義広・東京高検検事長と、戦後に力をつけてきた経済検事の代表である馬場義続・法務事務次官の2派による暗闘です。

 記者は馬場派の検事たちと親しい関係にありました。伊藤元検事総長の手記に出てきた「読売新聞に抜けた情報全部にタッチした赤煉瓦の人物」は記者のネタ元の一人。馬場派の直系でした。

 つまりは、こういうことです。法務・検察内部で意図的にガセネタが流された▽記者が馬場派の検事からガセネタを仕入れた▽ガセネタをもとに記事を書いて逮捕され、馬場派と対立する岸本派からネタ元を吐くよう迫られた▽岸本派は馬場派のネタ元を、捜査情報を漏らした国家公務員法違反に問うことで、馬場派に打撃を加えようとした。

 岸本検事長は議員2人による告訴の対象外だったので、記者の逮捕を指揮することができました。検事総長と東京地検の検事正が名指しで告訴されたのに、間に立つ東京高検の検事長が抜けているのは不自然です。どんな裏があったのでしょうか。

起訴された元検事長

 この話には続きがあります。岸本氏は検事総長になることなく、東京高検検事長のまま定年退官。自民党の公認を得て、60年衆院選に当時の大阪5区から立候補し、当選します。法務大臣を目指したとも言われますが、61年に公職選挙法違反(買収)で起訴されました。

 検察ナンバー2まで務めながら、古巣から調べを受け、裁かれる立場になったのです。対立していた馬場派が大阪地検に徹底的に捜査させ、起訴に追い込んだといわれています。

 岸本氏は次の総選挙で落選。一審で禁錮1年3カ月執行猶予3年の判決を受けます。大阪高裁で控訴審が続く65年、静養先の山梨県で亡くなりました。

 一方、ライバルだった馬場氏は61年、岸本氏から2代後の東京高検検事長に就任。64年から約4年間、検事総長を務めました。

【現代風の記事にすると…】

読売記者を逮捕 記事で名誉毀損の疑い 売春汚職事件

 東京高検は24日、読売新聞社会部記者の▲▲▲▲容疑者(34)を名誉毀損(きそん)の疑いで逮捕し、発表した。

 読売新聞は18日付朝刊で、売春汚職事件にからみ「●●●●●、■■■■両代議士の召喚必至」とする記事を掲載。●●●氏と■■氏は同日、「事実無根」として同社の小島○○編集局長と担当記者、花井忠検事総長、東京地検の野村佐太男検事正と担当検事を、東京地検に告訴していた。

 東京地検は検事正らが告訴されたため、東京高検に事件を移送。高検は記事を書いたとみられる▲▲記者から事情を聴いていた。証拠隠滅の恐れがあるとして逮捕したという。

 読売の原○○編集総務は25日、東京高検に岸本義広検事長を訪ね、「逮捕は不当だ」と抗議した。

 岸本義広・東京高検検事長の話 関係者の供述に重大な食い違いがあったため逮捕せざるを得なかった。記事のニュースソース(取材源)を明らかにしなかったことも一つの理由だ。検察庁としては真実を明らかにしなければならない立場にあり、このためには「ニュースソースを語らない」という新聞記者の道義も尊重するわけにはいかない。

不当逮捕と思う

 景山○○・読売新聞社会部長の話 ▲▲記者の逮捕は正当な理由がない。不当逮捕だと思う。事件は、問題の記事が名誉毀損であるかどうかという極めて単純な性質のものだ。それなのに筆者を逮捕したことは、単に名誉毀損ではなく、他に狙いがあってのことではないかと疑わざるを得ない。岸本検事長は逮捕理由について「ニュースの出どころを隠しているからだ」と言っているそうだが、新聞記者としてはニュース源をもらすことのできないのはもちろんで、出どころを隠したことと名誉毀損の成否とは、おのずから性質を異にする。

(高島靖賢)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください