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昔の新聞点検隊

こっそり名人になってました?!(上)

森 ちさと

拡大1900年5月16日付東京朝日朝刊4面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています
【当時の記事】

●名人披露会 将棊の道に有名なる京橋区築地一丁目十九番地の小野五平氏は先年某貴顕の勧誘により名人に昇進したるも今日まで之を発表せざりしがいよいよ今回斯道有力者の勧めに従がひ来る廿七日両国中村楼に於て昇段の披露会を催ほすに決し当日は左の手合せある由

六段平手{熊谷三邨
六段土佐斎藤雅雄
五段角落{大橋宗金
  飯塚鉄次郎
六段平香交{平岩米吉
五段横浜矢島新太郎
五段香落{小松定吉
三段黒川徳三郎
五段香角交{小林鹿次郎
二段真野隆春
 (中略)
三段香落{豊島太郎吉
初段加藤紫軒
 (中略)
西洋将棊{飯塚
幸田露伴
{大河内 某
西洋人 某

(1900〈明治33〉年5月16日付 東京朝日朝刊4面)

【解説】

 今年も将棋名人戦七番勝負が行われています。森内俊之名人に羽生善治二冠が挑戦しており、現在森内名人の2勝1敗。名人、挑戦者の立場は変わりましたが、昨年の激闘と同じ顔合わせで、名人制400年の節目の年にどんな戦いが繰り広げられるか、注目です。

 さて今回は今から112年前の名人についてです。十二世名人に昇進した小野五平(1831~1921)のお披露目会(現在の就位式)が開かれることと、その会で行われる対局を案内しています。

 校閲作業をしていきましょう。まず気になるのは、小野の住所がかなりこまかく書かれていることです。現在の紙面では、個人の住所をここまではっきり掲載することは原則ありません。当時将棋の有力者は大体東京か大阪にいましたので、東京にいることが分かれば十分と思われます。

 次に、紹介されている対局のうち、西洋将棋(チェス)の「大河内某」「西洋人某」です。他の人たちはきちんとフルネームで記されているのに、この2人だけぞんざいに扱うのは平等ではありません。特に「西洋人」という表記は人種差別の点でも問題です。他の対局者と同様にしてもらいます。

 なお、日本将棋連盟によると、名人披露会で西洋将棋の対局が組まれたのはこれが初めて。小野がチェスをたしなんでいたためと考えられます。森有礼から習い、これがなかなか強かったらしく、対局者に名前がある作家・幸田露伴の師匠だったともいいます。

 対局者の名前の上に「角落」「平香交」などと書かれているのは、段位に差がある場合のハンディです。これを「手合割」(てあいわり)と言います。現在のプロ棋士の対局ではハンディ戦は存在しませんが、当時は高段者同士でも、名人との対戦でも、段位に差があれば必ずハンディがつきました。ちなみに「平手」は「段位が同じなのでハンディなしの対局」です。角落ちは5段差、平香交じりは1段差のハンディでした。平香交じりとは平手と香落ちを1局ずつ行うもの。香落ちが2段差のハンディなので、平手(±0)と香落ち(2)を足して対局数2で割ると平均して1段差になる、という具合です。

 この手合割と同じ場所に「土佐」「横浜」という地名も書かれています。これは出身地を示していますが、何にかかる地名なのか分かりにくいので名前の後ろなどもっと分かりやすく書いてもらうようにします。

 また、他のほとんどの対局者は東京出身のようですが、1902(明治35)年の将棋番付によると、上段五つ目の対局にある真野隆春は「野州」(栃木県)、七つ目の加藤紫軒は大阪の出身としています。地名がない人は東京出身であることと、2人の出身地も載せるべきではないか、と提案します。

 ちなみに、現在就位式で対局が行われることはありません。当時は他にタイトル戦がなく(そもそもタイトルという考え方がありません)、名人が唯一無二の存在だったので、披露会を華やかに盛り上げるため対局が組まれ、勝ち負けをつけることなく終えていました。

 全体を通してみると、本文が一文で構成されていることも気になります。当時はこのような書き方が普通でしたが、今では読みにくいので、せめて二つに分けてもらいます。

 最後は、この記事の根幹にかかわる部分です。なぜ小野の名人就任はすぐに発表されなかったのでしょう。このなぞについては次回に。

【現代風の記事にすると…】

27日に名人披露会

 将棋の十二世名人への就任が決まっていた小野五平八段の名人披露会が、27日に東京・両国の中村楼で行われることになった。小野八段の就任は1898年に決まっていたが、これまで正式に発表されていなかった。当日行われる対局は以下の通り。

{六段 平手熊谷三邨  西洋将棋 {飯塚
六段斎藤雅雄(土佐)幸田露伴
{五段角落大橋宗金{大河内○○
  飯塚鉄次郎○○○○○(△△△)
{六段平香交 平岩米吉
五段矢島新太郎(横浜)
{五段香落小松定吉
三段黒川徳三郎
{五段香角交小林鹿次郎
二段真野隆春(野州)
 (中略)
{三段香落豊島太郎吉
初段加藤紫軒(大阪)
 (中略)

 名前の後ろの地名は出身地。明記していない人は東京

(森ちさと)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください