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昔の新聞点検隊

「俺に従え」には従えない

永川 佳幸

拡大1933年10月13日付東京朝日朝刊11面。画像をクリックすると大きくなります。画像には主な直しだけ書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています。個人情報保護の観点から、一部名前を伏せました

【当時の記事】

「先輩の専断」 問題の五選手が声明書発表
早大庭球部の紛議

早大庭球部は去る七日○○○○選手の退部強要問題から△△、■■、●●、与▽の中堅四選手も呼応 退部を表明して内紛を暴露するに至ったが前記五選手は十二日夜協議の結果、左の如き声明書を発表、直に高杉部長を杉並区天沼の自宅に訪問、了解を求めると共に▲▲主将にこの声明書を提示した

一、現在の庭球部は事実上部員の庭球部にあらずして二、三の先輩に支配されたるものなり

一、主将の決定は先輩の指定にのみよるものにしてかかる不合理なることは他の運動競技部に例を見ざるところなり

一、主将は二、三の先輩の意見によって動き全部員の意志を全然無視するが如き状態なり

一、前記二、三の先輩の指導は各自の特徴を無視し個性を生さず同化せざるものを排撃す

右につき先輩の□□氏は語る

真に部の改革を期するならば踏止って部内だけで行ふべきでまた先輩に対する不服なら直接先輩と話をつければよい訳です

(1933〈昭和8〉年10月13日付 東京朝日 朝刊11面)

【解説】

 先日、社内で開かれたハラスメント研修を受けてきました。これまで、部下を指揮する立場にある社員や新入社員など一部を対象に開かれていたものを、この際、全社員に受講してもらおうと企画されたものだそうです。「相手が嫌だと思ったら、すべてアウト」。講師の言葉に、身の引き締まる思いです。

拡大早慶庭球戦で早大が惨敗したことを報じる記事=1933年9月18日付東京朝日朝刊3面
 「いじめ・嫌がらせ」を意味するハラスメント。性的な言動によるセクシュアル・ハラスメントから、職場の権力を利用したパワーハラスメント、飲酒を強要するアルコール・ハラスメント、受動喫煙によるスモーク・ハラスメントなど、状況によってその種類は多岐にわたります。

 今回は、内紛で揺れる早稲田大庭球(テニス)部に注目します。現代の新聞で、大学の一つの部の内紛が大きく取りあげられることは、まずありません。それだけ当時のスポーツ界では、学生スポーツの存在感が大きかったのでしょう。

 部員たちは正当な理由なく退部を強要されたと訴え、部の内情を暴露する声明書なるものを作って主将にたたきつけます。数人のOBが部を支配し、部員の意思を無視。従わない者は排除する……。

 現代であれば、ハラスメントだという主張も聞こえてきそうです。しかし、日本でハラスメントが問題視されるようになったのは1980年代に入ってから。当然ながら今から80年も前にそんな概念はありません。現代でも上下関係に厳しいとされる大学の体育会を舞台に、こうした不条理を訴える声が表に出て来るのはきわめて珍しいことだったのではないでしょうか。

 騒動の発端は、慶応大テニス部との早慶戦でした。1924(大正13)年春に始まった伝統の対抗戦ですが、問題の試合は1933年9月16、17日の2日間にわたって行われました。早大は初日のダブルス、2日目のシングルス計9試合のすべてで敗れてしまいます。

 惨敗に危機感を覚えたのでしょうか。部は「改革」を断行します。以下が、今回の騒動を初めて伝えた記事です。

早大庭球部 改造から紛糾

早大庭球部では去る対慶応定期戦に惨敗した所から部員一同を激励すると共に同部の伝統的精神に適せぬといふ理由を以て、二三選手を自発的退部の形式で除名したのが導火線となって●●、△△等諸選手も退部の意をほのめかすに至り紛糾を続けてゐる(後略)

(1933年10月11日付東京朝日朝刊3面)

 33年秋の早慶戦はちょうど20回となる節目の対戦でした。結果こそ史上初の9戦全敗に終わったものの、選手たちは一生懸命に戦ったはず。部の精神に合わないからなんて理由で除名されてはたまりません。

 新聞社では、第一報から事態が進展した場合、後日その内容を記事にすることがあります。続報と呼ばれるもので、今回冒頭で取りあげた記事はこれに当たります。

 第一報を読む限り、数人の選手が除名されたとはありますが、その選手の名前には触れられていません。今回の記事で冒頭のように「○○○○選手の退部強要問題」(原文は実名)と紙面で初めて登場した人の実名を挙げて、周知の事実であるような書き方をすると、読者に唐突感を与えてしまいます。改善してもらいましょう。

 除名された選手のもとには、部の横暴を許すなと複数の選手が集結します。その中で気になるのが、与▽選手。先の早慶戦に出場する選手を紹介する9月15日付の記事では、「余▽」となっていました。どちらも「よ」と読めるために間違ってしまったのかもしれません。この資料をもとに、筆者に確認を求めます。

 最後の段落で取材に答えている「先輩」についても直してもらいたいところです。記事の流れから、彼が今回批判されている「二、三の先輩」だとも読めます。無関係の一OBなのか、渦中の人なのか、どちらか分からないような書き方は本人の名誉はもとより、読者にも不親切ですので、改善するように指摘しましょう。

 騒動に関する記事は今回を最後に途絶えてしまいました。選手らがその後、どうなったのかは知る由もありません。静かにテニスに打ち込める環境を取り戻したことを祈るばかりです。その後の早慶戦では、部内の混乱が影響したのかどうかわかりませんが、しばらくは早大の黒星先行が続きました。最近はというと、今春まで早大が29連勝中で、対戦成績も91勝83敗と勝ち越しています。

 さて、話は戻って冒頭のハラスメント研修。「男性の上司が女性社員の肩をたたく」「営業目標を達成できず、上司に書類を投げつけられた」などの事例を挙げて、それぞれセクハラやパワハラになるかというクイズがありました。世代間で認識に違いがあるのは仕方ありませんが、「この中でアウトになるものなんてあるの?」と平然と言ってのけた受講者もいたことには、度肝を抜かれました。彼がこの研修で考えを改めてくれているといいのですが……。

【現代風の記事にすると…】

「OBが部を支配」 5選手が声明書 早大テニス部

 内紛が続いている早大テニス部では12日、除名処分を受けた○○○○選手とそれに呼応して退部を表明した4選手の計5選手が、部の方針を批判する声明書を公表した。高杉部長に了解を求めるとともに、主将に提示した。

 声明書の内容は以下の通り。

 ①現在のテニス部は部員のための部ではなく、2、3人のOBに支配されている②主将の決定はOBの指示によるもので、このような不合理なことは他の運動部には見られない③主将はOBの意見によって動き、他の部員の意思を無視している④OBは各部員の特徴を無視した指導をして個性を生かさず、従わない者を排除している。

 これに対して、同部のOBの一人は「真に部の改革を期待するなら、踏みとどまって部内で解決すべきだ。OBに対する不服なら、直接そのOBと話をつければいい」と述べた。

 同部では9月の早慶庭球戦で慶大に0-9と惨敗したのをきっかけに部が○○選手を「部の伝統的精神に合わない」として除名。これに反発した△△、■■、●●、与▽の中堅4選手も退部を表明し、内紛が続いている。

(永川佳幸)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください