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昔の新聞点検隊

拡大1937(昭和12)年7月16日付 東京朝日 朝刊10面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています
【当時の記事】

あすの花火代 ザッと一万円
豪華な川開きの一夜

夏の景物詩両国の川開きは愈明十七日午後三時から挙行されるが仕掛け花火三十台のうち呼物は「大江戸広重情調両国夕涼」「防空セレナーデ」「オリンピック」「万国博」等でこれらはいづれも金一千円也と云ふ豪勢さで打揚げ花火と共に当夜煙となる花火代はザッと一万円――この豪華な一夕のため花火屋さんは四月頃から製作にかかってもういつでもポンポンやれる準備は出来上ってゐるが「家伝」と「火薬の配合」とさうして乾かすための天日の良否如何によってその出来栄が左右されるものだけに当夜打揚げて見て始めてその出来栄が識別されるといふ頗るデリケートなものであると

(1937〈昭和12〉年7月16日付 東京朝日 朝刊10面)

【解説】

 もう7月も終わり。いよいよ夏本番です。4年に1度のオリンピックも開幕し、いつにも増して熱い日々が続きますね。

 夏は花火の季節です。線香花火やねずみ花火、ロケット花火など種類は様々ですが、花形と言えばやはり打ち上げ花火でしょう。腹に響く爆発音とともに、夜空に開く大輪の花。その迫力と華やかさは、夏の暑さを忘れてしまうほどです。

 この季節、全国各地で花火大会が競い合うように開かれます。昨年は東日本大震災の影響で、開催の自粛を決めた大会もかなりありましたが、今年はすでに見に行かれた方も多いのではないでしょうか。東京では毎年この時期になると、隅田川沿いで大きな花火大会が行われます。今年も、2万発の花火を見ようと95万人が足を運んだそうです。

 今回の記事に登場する「両国の川開き」は、この隅田川花火大会の前身となった花火大会です。その歴史は古く、江戸時代にまでさかのぼります。1732年、日本は飢饉(ききん)と疫病に襲われ、多くの人が犠牲となりました。翌年、幕府が隅田川で慰霊祭を行い、それに合わせて花火を打ち上げたのが両国花火の始まりだと言われています。

 当初は20発ほどの小規模なものだったそうですが、徐々に規模を拡大。川の汚染や交通渋滞を招くと批判を浴びて1961年を最後に中止されるまで川開きは続きました。その後、1978年に隅田川花火大会と名前を変えて復活し、現在に至ります。

 さて、川開きを翌日に控え、記事ではさまざまな仕掛け花火が紹介されていますね。

 記事から3年後の1940年は、初代天皇である神武天皇の即位2600年にあたる記念の年でした。日本政府は国を挙げて祝賀するために国際的イベントを開こうと考え、オリンピックや万国博覧会の招致に成功します。「オリンピック」「万国博」という名の花火は、両イベントへの「祝砲」だったのでしょう。

 しかし、川開きの数日前に、中国の盧溝橋で日中両軍が衝突するという事件が起きたことで雲行きが変わります。日中戦争の引き金となった盧溝橋事件です。川開き当日も、日本が中国側に「中国軍が行動を起こせば、我々も相応の処置をとる」と通告するなど、厳戒ムード。そんな背景から、「防空セレナーデ」という物騒な名前が花火に付けられたりしたのでしょう。

 開戦を機に、日本でオリンピックや万博を開催することに世界各国から批判が集まります。国内からも、戦局に対処すべきだとして反対の声が高まっていきました。こうして、川開きから1年後の1938年、両イベントは中止へと追い込まれます。

 記事の時点ですでに200年の歴史を持つ伝統行事となった両国の川開き。記事にある通り、まさに「夏の景物詩」です。さて、この「景物詩」。耳慣れない言葉ですよね。「四季折々の風物」という意味で、今なら「風物詩」の方がしっくり来ます。このままでも間違いというわけではありませんが、違和感を少なくするという意味で、今の時代に合った「風物詩」にしてもらってもいいかもしれません。

拡大冒頭の記事の2日後の紙面。花火を見るために47万人が繰り出したという。1937年7月18日付東京朝日朝刊12面
 ついでに、もう一つ直してもらいましょう。「打揚げて見て始めてその出来栄が識別される」というくだり。打ち上げることで、はじめて花火の出来栄えが分かるということですから、「始めて」は「初めて」の方がいいでしょう。当時は「初」「始」の使い分けの基準がありませんでしたが、今では使い分けるのが一般的です。

 大金をかけて打ち上げる花火、失敗は許されません。当時の小学校教員の初任給が50円ほどだったことを考えると、1万円は途方もない金額です。さらには、戦争突入で緊縮が求められる時代。「煙となる花火代」なんて元も子もないことを書かれてしまうぐらいですから、そもそもイベント自体に反対の人もいたことでしょう。

 出来栄えが心配された花火は川開き当日、無事に見事な花を咲かせました。47万もの人が川沿いに押し掛けた様子が、大きな写真とともに伝えられています。せっかくの色鮮やかな花火なのに白黒なのが少し残念ですね。

【現代風の記事にすると…】

1万円の花火の出来は? あす、両国川開き

 夏の風物詩、両国の川開きが17日午後3時から行われる。仕掛け花火30台のうち呼び物は「大江戸広重情調両国夕涼」「防空セレナーデ」「オリンピック」「万国博」。いずれも1千円する豪華さだ。当日使われる花火の費用は、打ち上げ花火などを合わせると総額1万円にもなる。

 花火は、火薬の配合や天日の下での乾燥の加減によって、出来栄えが左右される。打ち上げて初めてその出来栄えが分かるのだという。花火師たちは年に1度のイベントのために4月ごろから製作に取りかかり、もういつでも打ち上げられるよう、準備は整っているという。

(永川佳幸)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

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  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

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