メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

昔の新聞点検隊

おじいさんも大はしゃぎ? 外に飛び出したラジオ体操

松本 理恵子

拡大1932(昭和7)年7月20日付東京朝日夕刊2面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています
【当時の記事】

尖端切った浅草ッ子 けさ隅田公園でラヂオ体操

△AKでは今度始めての試みとしてスタヂオ外進出を行ふこととなったがその手始めに十九日午前六時から冷やっとした川風を受けながら隅田公園野球場で大衆的ラヂオ体操を行った、何しろこのかけ声が全国に中継放送されるといふので、浅草区では大変な騒ぎ、池園区長や青年団の勧誘が利いてまだ薄暗い午前四時といふに嬢ちゃん坊ちゃんが早くも公園を走り騒ぎ回る

△おなじみの江木アナウンサーがニコニコして放送台へ姿を見せる頃、お爺さん、お婆さんも浴衣姿若々しく列に入りはしゃぎ回ってゐたがさすがに浅草だけあって列を作る階級が小僧さん、ルンペン、女中さん、出前持ち等々々、文字通り大衆的体操会となってアナ君の第一声を待つ

△定刻六時江木君が「皆さん、お早うございます」と例の懐しい挨拶をマイクの前へ述べると数万の大衆「それっ」と緊張、やがて晴れやかな号令につれて大衆の腕が首が、足が、まるで風になぶられる花しゃうぶといった形で左に右に動く、動く、約三十分で終ったが池園浅草区長は「これで、浅草ッ子のりう飲が下った」と大喜び

ラヂオ体操は国民保健運動として全国的に一斉に行はるはずである【写真はラヂオ体操の大衆と壇上の江木アナウンサー】

(1932〈昭和7〉年7月20日付東京朝日夕刊2面)

【解説】

 もうすぐ夏休みも終わり。宿題が終わってない!と焦っていた小学生の頃が懐かしく思い出されます。

 先日、近所の公園で「ラジオ体操の日程」の張り紙をみかけました。ラジオ体操も夏の思い出の一つ。寝ぼけ眼で公園に行って体操し、終わって出席のハンコをもらって帰る頃には頭がすっきりとしていて、早起きっていいな~と思ったものでした。翌日の朝はまた嫌々起きる、ということの繰り返しではありましたが……。

 そんなことを思い出していたらタイミングよく、「夏期巡回ラジオ体操・みんなの体操会」が近くで行われるという情報を入手。せっかくなので早起きして、十数年ぶりにラジオ体操をしてきました。

 「夏期巡回」のラジオ体操会とは、7月20日から8月31日の夏休み期間中に全国40カ所程度を巡回して体操会を開くというもの。この時期は各地の体操会の様子がNHKラジオ第1で全国に生中継されるのです。

 昔はラジオのかけ声に合わせて体操していましたが、中継される側の会場に行くのは初めて。会場のグラウンドには家族連れ、野球のユニホーム姿の中高生、近隣のラジオ体操会の人たち、と文字通り老若男女が大勢集まっていました。約2千人来ていたとか。体操指導の女性が壇上で説明してくれた後、午前6時30分におなじみの音楽が流れていよいよ中継開始です!

 十数年ぶりに聞く「あたらしい朝がきた」のラジオ体操の歌も、つい昨日聞いたかのよう。子どもの頃にやっていたラジオ体操、体が覚えているんだと実感しました。

拡大東京都内で行われた夏期巡回ラジオ体操。約2千人が集まったという

 今回はそんなラジオ体操の長い歴史を感じさせる記事を紹介します。

 ラジオ体操は1928(昭和3)年11月、昭和天皇の即位を祝う記念事業として始まりました。国民の体力増進をはかろうと、米国の例を参考に、「国民保健体操」という名で旧逓信省の簡易保険局が中心となってつくったのです。39年にかけて第3までつくられました。

 終戦直後の46年4月には新しいラジオ体操の第1~第3ができました。でも、戦後の混乱に加え、ダンスの要素が入っていてちょっと難しかったので、あまり普及しなかったとか。翌年の47年にはいったん放送が中止されてしまいます。

 現在のラジオ体操第1ができたのは51年、翌年には職場向けとしてややテンポが速く運動量が多い第2もできました。3代目となる今のラジオ体操、もう60年も踊り継がれているんです。第3があったのは2代目までですが、57年から始まったテレビ体操では、第1、第2のほか、高齢者や身体が不自由な人がいすに座ったままでも行うことができる「みんなの体操」ができ、99年から放送されています。

 開始当初は家庭などで各自がラジオを聞いて体操をしていましたが、31年ごろからは夏に皆で集まって体操する「ラジオ体操の会」が全国的に開かれるようになりました。夏休みに皆で集まるのはここからきているのですね。これを受けて、日本放送協会もスタジオを飛び出して、屋外での中継を試みるようになったのです。その様子を取材したのが今回の記事というわけです。

 見出しには「尖端切った浅草ッ子」。東京の浅草・隅田公園が全国の先頭を切って中継場所に選ばれました。「尖端」は今では「先端」と書きます。「今度始めての試み」も「初めて」が一般的です。

拡大11年間、朝の体操の顔だった江木理一アナウンサーが休んだことがニュースになった。この翌月、佐々野利彦さんにバトンタッチする=1939年4月27日付東京朝日朝刊11面
 「AK」は当時の日本放送協会の東京放送局のこと。アルファベットは無線局識別のためのコールサイン(呼び出し符号)で、大阪はBK、名古屋はCKです。朝の連続ドラマでは製作が東京(局)だ、大阪(局)だなどと話題になることはありますが、今の紙面ではNHKと表記しています。初代の体操指導者は江木理一アナウンサーでした。放送開始から39(昭和14〉年まで11年間担当しました。軍楽隊仕込みの、元気な号令でも親しまれたそうです。

 会場の隅田公園では、まだ薄暗い午前4時から小さい子どもが走り回り、「お爺さん、お婆さんも浴衣姿若々しく列に入りはしゃぎ回ってゐた」そうです。みんな自分たちの掛け声が全国に流れることにわくわくしていたのですね。

 気になるのは「さすがに浅草だけあって列を作る階級が小僧さん、ルンペン、女中さん、出前持ち」という書き方。庶民の町・浅草、と言いたいのかもしれませんが、少し見下した感じがしませんか? 「階級」は人に身分の差があると感じさせます。「小僧さん」「出前持ち」なども商店で働いていた少年や出前の飲食物を届ける人たちのことを指していますが、ここでは職業というより、色々な人が集まったことを伝えたいのですから、「~の老若男女が並んで」などとしてはどうか提案してみましょう。

  

 いよいよ定刻の午前6時、江木アナウンサーが壇上に立つと、「数万」の大衆は緊張の面持ちに。ん? 朝のラジオ体操といえば午前6時半からのはずですが……。実は、当時は季節によって時間が違っていたのです。夏季(6~8月)は同6時から、春季(4・5月)と秋季(9・10月)は同6時半から、そして日の出も遅く、寒い冬季(11~3月)は同7時からでした。身体は少し楽そうですが、時間を覚えるのは大変ですね。

 「NHK年鑑」によると2010年度の「夏期巡回」ラジオ体操会の参加者は42会場で計7万403人。もしこれが今の記事ならば、1会場だけで参加者が「数万人」というのは多すぎるように思います。「千人」ではなく「万人」でいいか、筆者に確認したいところです。ズバリのデータを調べられる時はいいのですが、資料がない時はこんな考え方をして、校閲から念押しすることもあります。単位間違いはこわいので念には念をいれるのです。

 ただ、この当時の記事では、ラジオ体操中継が一大イベントだったようですし、「数万」の人が集まったということでよいのかもしれません。

 会場の大勢の人がラジオ体操をすると、腕や首が「風になぶられる花しゃうぶ」のように動いたとあります。「風になぶられる」は今なら「風に揺れる」「風になびく」などと書くでしょう。「なぶる」は「弱いものを面白半分にもてあそぶ」という意味がまず思い浮かびます。同じことばでも使い方やニュアンスが変わっているのかもしれません。 

 昭和の初めから今に至るまで、みんなに親しまれてきたラジオ体操。おなじみの掛け声を「お国言葉」でする、「ご当地ラジオ体操」も生まれています。鹿児島・奄美の「奄美島口ラジオ体操」は、伴奏曲に伝統楽器の三線(さんしん)とチヂン(太鼓)を取り入れ、掛け声は島口バージョンで「ウディバ ヌバシンショリー(腕を伸ばしてください)」。宮城・石巻の「おらほのラジオ体操」の掛け声は「イズ、ヌー、サン、スゥ!」。一味違ったラジオ体操が楽しめます。いずれもCDも販売されています。

 使う人が減ってきている方言に親しみを持ってもらい、若い世代に伝える役目にぴったりなのは、みんなが知っているラジオ体操だからこそ。

 高齢者の体力維持に役立てられたり、美容にいいと女性誌で取り上げられたり、最近さらに注目を浴びています。日本の健康作りの文化として、今後も各地で受け継がれていくことでしょう。

【現代風の記事にすると…】

浅草からラジオ体操中継 全国に先駆けて

 NHKは19日、東京・浅草の隅田公園からラジオ体操を中継で放送した。スタジオからではなく、屋外から中継するのは初めての試みだ。

 会場にはまだ薄暗い午前4時から大勢が集まり始め、子どもたちは公園の中を走り回っていた。ラジオ体操の号令でおなじみの江木理一アナウンサーが笑みをたたえながら壇上に姿を見せると、浴衣姿も若々しい年配の男女もうきうきした様子で列にならび、老若男女が体操が始まるのを今か今かと待つ。

 定刻の午前6時、江木アナウンサーが「みなさん、おはようございます」とおなじみのあいさつをして、いよいよラジオ体操がスタートだ。公園に集まった数万人の人々は号令に合わせて腕や首、足を左右に動かし、その光景はまるで花しょうぶが風になびくようだった。

 体操を終えて、池園哲太郎・浅草区長は「浅草で大々的にラジオ体操の中継をできたのは本当にうれしい」と話した。ラジオ体操は国民保健運動として8月末にかけて全国で行われる予定だ。

(松本理恵子)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください