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昔の新聞点検隊

拡大1906(明治39)年10月25日付 東京朝日 朝刊4面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています

【当時の記事】

小売業の革命(上) (デパートメント、ストアの組織)

なに、デパートメント、ストアは欧米では新しく起った事業でもなければ珍らしい問題でもないとナ、無論のこと無論のこと、欧米でもトラストよりは新しい問題ではあるが今更に気付いて驚く程の血の廻りのウトい人間はあるまい、ジャが我国では確かに新しい問題で是から起らうとする商業界の一革命ぢゃで充分注意すべき問題サ、三越呉服店ではモウ其の組織をデパートメント、ストアに改める積りで、第一着に西洋小間物を営業して居るが、今回市区改正で日本橋通の西側が取払ひとなるから、其序に其建物迄デパートメント、ストアに倣って改築するにつき、専務理事日比翁助氏は其営業振りと建物とを視察する為め洋行中だが、其一行は多分来月頃帰朝するだらう、斯く我国のデパートメント、ストアは三越呉服店に先鞭を着けられさうぢゃが、欧米諸国のやうに近き将来に東京にも大阪にも或は田舎には田舎相応のデパートメント、ストアが現はれて愈小売商業に根本的大改革を起すこととなるかも知れぬ、全体社会は益進歩するに従って人は益忙はしく殆ど目が廻る程であるのに、小売商の分業は頗る不便極まる旧式の組織ぢゃテ、仮りに茲に新に世帯を張る人があるとして、之に必要な家具類一切を買求むるには幾多の商店をアサらねばならぬ、単に台所道具丈でも二三の商店丈で用が弁ぜぬ有様だ、斯く少しづつの買物の為めに十軒も廿軒も買廻るのは此忙はしい時代に随分厄介千万の噺ぢゃ、ソコで欧米にはデパートメント、ストアなるものが起って、市民をして最も短き時間に最も簡便に最も廉価に又最も多くの種類を購求せしむるやうになった、単に斯く謂へばデパートメント、ストアは勧工場と同じやうに考へらるるが勧工場は単に多数小売商店の一建物内に集合した丈のもので、其間に少しも統一的組織もなく又結合的勢力もないのである、然るにデパートメント、ストアは有力なる一資本家の下に結合統一された組織的の一大勧工場で、薄弱な小商店の集合でもなければ又内部に重複した数箇の同一店が置かれたのでもない、商品の種類に従ひ部門を分って美術品、化粧品、宝石類、家具、食料品、呉服類、書籍、文房具、玩具、金物、革細工、竹細工、外国特産品、馬車、自働車、自転車類其他有らゆる種類の商品を陳列し、殆ど人生の需用を一手で供給する有様である、されば米人は揚言してデパートメント、ストアに無いものは賭博場と遊廓のみであると謂って居る、

(1906〈明治39〉年10月25日付 東京朝日 朝刊4面)

【解説】

 海外から新しい概念が日本に入ってきたとき、それを新聞でどう書くかは、いつの時代も記者が頭を悩ませる古くて新しい問題です。目新しく、読者になじみのない現象を、どうわかりやすく説明し、どこがニュースのポイントなのかをいかに紙面にまとめるか。記者の腕の見せどころです。

 今回取り上げたのは、デパートが海外から日本に入ってきて、営業を始めた頃の紙面。当時の読者にとって斬新なデパートという商店を理解してもらうため、外国の例を紹介したり、それまで日本国内にあった商売との比較をしたりと、工夫をこらした記事になっています。全部で3回連載されたうち、1回目の記事です。

 百貨店は、日本国語大辞典によると「多種類の商品を大きな売場の中で各部門に分けて販売する大規模な小売店」のこと。広いお店にたくさんの種類の商品を並べて売るお店です。

拡大朝日新聞1905年1月3日付朝刊8面に掲載された全面広告
 欧米で生まれた販売形態で、英語の「デパートメントストア」の「デパートメント」は「部門」を意味します。服や家具など商品の種類(部門)ごとに分かれた売り場で、大量に陳列されたものの中から、お客さんが自由に手に取って、商品を選ぶことができる陳列販売が大きな特色です。

 今でこそ当たり前の風景ですが、江戸時代までの日本の商店では、「座売り」が中心でした。座売りとはデパートの前身に多い呉服屋さんの販売スタイルのことです。時代劇でおなじみですが、お客は店に行くと、まず下履きを脱いで畳にあがり、番頭さんの前に座って、希望を伝えます。すると、店の奥から商品を出してくるので、その中から選ぶというやり方でした。

 日本のデパートの草分けとして知られる三越も前身は三越呉服店です。その三越がデパートとして営業を始めるにあたって出したのが「デパートメントストアー宣言」。朝日新聞にも1905年1月3日付の紙面に全面広告が出されています=画像

 この広告では「当店販売の商品は今後一層其種類を増加し凡そ衣服装飾に関する品目は一棟の下にて御用弁相成候様設備致し結局米国に行はるるデハートメント、ストーアの一部を実現可致候事」などと宣言しています。「商品の種類を増やして、一つの店舗で衣服の用立てができるような店にします」ということです。

 実は、デパートより一足早く陳列販売という手法をとった施設があります。明治のスーパーとも呼ばれる勧工場(かんこうば)です。同じ建物の中に多数の商店が入居し、それぞれに生活用品を陳列・販売していました。1878(明治11)年に東京にでき、その後、都市部で次々に誕生し人気を集めるのですが、安売り合戦が過熱するなどしてまもなく衰退。代わりに座売りから陳列販売へと大きくかじを切った呉服店が高級志向のデパートとして都市小売業の主役となっていったのです。

 さて、デパートの登場にあわせて、department storeをどう表記するか。最初は英語を単純に「デパートメント、ストアー」とカタカナにすることが主流でした。外来語の表記では、原語の区切りの位置に点を入れて、どこで言葉が分かれるのかを見た目で表す方法が現在でもよく用いられます(今なら「、」ではなく「・」ですが)。それ以外にも「デバァトメント」(1918年3月6日付5面)、「デパートメンストワ」(1901年3月1日付3面)などの表記もありました。長音やアクセントの置かれる母音をどう表記するかは、今でも難しい問題です。

拡大1904年12月14日付朝刊4面の記事。三越の読み方が「みこし」になっています。今だったら訂正記事を出すところですが、明治のおおらかな世相では問題にならなかったのでしょうか、訂正記事は出なかったようです
 日本国語大辞典によると「大正時代には後部要素を省略した『デパートメント』の形が出現したが定着せず、さらに短縮した『デパート』の語形が用いられるようになり、昭和初期にかけて普及した」「訳語として登場した『百貨店』も大正時代には定着し、今日に至るが、話し言葉としては一般に『デパート』の方が使用されている」としています。実際、紙面でも1920年ごろから「百貨店」が登場し、徐々に定着していったようです。

 カタカナ表記の字数の多さが嫌われたり、概念が知られたりしていくうちに、なじみやすい漢字での表記が促されたのでしょう。初田亨さんの「百貨店の誕生」(筑摩書房)によると、「百貨店」を最初に用いたのは、商店経営研究家で、雑誌「商業界」を主宰した桑谷定逸という人だったそうです。

 ただ、定着までには曲折があったようで、紙面でも百貨商店、百貨会社などの言葉が使われ、「百貨商店」に「デパートメントストア」と読みを入れたこともありました。「百貨店の誕生」では、「雑貨陳列販売所」や「小売大商店」などの訳語も使われたと書かれています。

 この記事は事実と記者の主観をまぜこぜにして、語り口調のおもしろさで読ませるようなつくりになっています。両者を厳密に書き分ける現代の記事では、ありえない構成ですが、それはさておき、現代風の記事では語り口調ならではの、おもしろさを優先して度の過ぎた表現に感じられる部分(「血の廻りのウトい」「田舎相応」など)を直しましょう。

 また、字数の多い外来語を書くとき、字数の節約や読みやすさなどを考慮して初出以外は略称を使います。今回の場合は読者にあまりなじみがない上に、どこで区切るか、考え方が分かれるようなケースなので難しかったのかもしれませんが、1回目だけ全体を入れて、2度目以降に出てくるところでは省略してはどうかと指摘しておきましょう。

【現代風の記事にすると…】

小売業の革命(上) (デパートの組織)

 デパートメントストアは欧米では新しく起こった事業でもなければ珍しい問題でもない。ただ確かに新しい話題だとは言え、これから日本でも起こるであろう商業界の革命として、動きを見守る必要がある。

 三越呉服店は組織をデパートに改める方向で準備を進めている。今は西洋小間物を販売しているが、今回の市区改正で日本橋通の西側が取り払いとなるのに合わせ建物も改築する。同店の日比翁助・専務理事らは海外の営業活動と建物を視察するために洋行中で、来月には帰国する予定だ。

 日本のデパートは三越呉服店が先駆けとなりそうだ。近い将来には日本でも欧米諸国のように、東京や大阪などの大都市はもちろん、地方にもデパートができ、小売業界に抜本的大改革を起こすことになるかも知れない。

 社会が進歩するに従い、人々は目が回るほど忙しくなったのに、小売業が相変わらず商品によって店が分かれているのは非常に不便だ。新生活を始めるために必要な家具類一式を買い求めようとすると、商店を何軒も回らなければならない。台所道具を探すだけでも2~3店回っただけでは買いそろえられない。このような買い物のために10軒も20軒も回るのは、この忙しい時代に手間のかかる話だ。

 そこで欧米ではデパートが開業し、短時間で、簡単に、安く、多くの種類の商品を買うことができるようになった。

 このように言うとデパートは勧工場と同じと思われるかもしれないが、勧工場は単に多数の商店が一つの建物に集まっただけ。商店の間に統一的な組織も連携もない。デパートは有力な一資本家の下につくられた組織的な一大勧工場で、小商店の集合でもなければ似たようなものを売っている店がいくつもあるのでもない。

 商品を種類ごとに分類し、陳列して販売する。美術品、化粧品、宝石類、家具、食料品、呉服類、書籍、文房具、玩具、金物、革細工、竹細工、外国特産品、馬車、自動車、自転車など、人生に必要なものはほとんど手に入る。アメリカでは、「デパートに無いものはカジノと風俗店ぐらいだ」とまで言われている。

(市原俊介)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください