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昔の新聞点検隊

アメリカ大統領選挙のいまむかし

上田 孝嗣

拡大1936(昭和11)年11月5日付東京朝日夕刊1面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています

【当時の記事】

ニューディールに凱歌【紐育通信局→本社国際電話】
ル氏圧倒的大勝 次期大統領に再選さる 共和党全く顔色なし

ルーズヴェルト氏は圧倒的多数で再選された、三日午後十一時四十分(日本時間四日午後一時四十分)現在ルーズヴェルト氏獲得のエレクトラル・ヴォーツ(大統領選挙人数)は総数五百三十一のうち四百八十乃至五百、両候補の得票の差は一九三二年のルーズヴェルト、フーヴァ両氏の差よりも大となる見込みである、なほニューヨーク、ペンシルヴァニア、イリノイス、オハイオ諸州でも断然リードし米国四十八州のうちランドン氏がリードしつつある州はニューハンプシャ、カリフォルニア、モンタナ、アイダホ、メイン、ヴァーモント、ロードアイランド、ワイオミング、ミネソタの九州に過ぎずまことに鎧袖一触、ル氏の圧倒的大勝利である、なほ同時に行はれた上下院の改選でも民主党が多数を制した

(1936〈昭和11〉年11月5日付東京朝日夕刊1面)

【解説】

 世界中の注目を集めた米大統領選挙は、民主党の現職、オバマ氏(51)が、共和党のロムニー前マサチューセッツ州知事(65)を破り、再選を決めました。選挙期間中、大嵐「サンディ」の来襲もありましたが、争点の経済問題でロムニー氏の批判をかわして、大接戦を制しました。国内の選挙報道と同等の手厚い報道は、米国との関係の重要性を示すものです。

 さて、今回は1936年のフランクリン・ルーズベルトの再選の記事を取り上げます。まずは今の校閲記者の目で点検していきましょう。

 最初に気になるのは見出しにも記事にも「米大統領選」の文字がないこと。これではどこの国の大統領選挙かわかりにくいですね。それに「圧倒的大勝」も、今なら「圧勝」などとするでしょう。見出しの1字は貴重なので、だぶり感が強い言葉はあまり使いません。

 「ル氏」は「ルーズヴェルト氏」を略したものですが、名前は略さない方が分かりやすいですね(とはいえ、見出しなどでは字数制限があるので今でもやむなく略すことがあります)。また、今の紙面では「ヴ」の表記は原則として使いません。「ルーズヴェルト氏」も「ルーズベルト氏」とします。

 指摘はこのぐらいにして記事に戻りましょう。

 ルーズベルトは、1929年の株価大暴落(暗黒の木曜日)に端を発した大恐慌のさなか、ニューヨーク州知事として実績を示し、1932年に当時現職だったハーバート・フーバーを破って第32代大統領に就任します。ニューディール政策で大型公共事業による景気てこ入れを図り、その実績で共和党のアルフレッド・ランドンらを大差で破り、再選を果たしたのです。

 いまもむかしも米国大統領の選挙は、衆目の関心事だったのでしょうか。フランクリン・ルーズベルトの義理の伯父で第26代大統領だったセオドア・ルーズベルト再選を伝える1904年の記事を見てみましょう。

拡大セオドア・ルーズベルトの大統領再選を報じた記事=1904年11月10日付東京朝日朝刊1面

●米国大統領再選

昨日紐育より横浜生糸合名会社へ入電によれば米国大統領選挙の結果は現大統領ルーズベルト氏の再選に帰したりと

(1904〈明治37〉年11月10日付東京朝日朝刊1面〉

 

●米国大統領選挙結果

去る八日米国に於て行はれたる米国大統領選挙の結果は予想の通り共和党の勝利に帰し昨九日其筋に着したる華盛頓(ワシントン)駐箚高平公使よりの電報には現大統領ルーズベルト氏非常の大多数を以て再選せられたりとあり又米国公使館に着したる情報に拠れば紐育州に於る民主党候補者パーカー氏の得点は遥に同党のブライアン氏の下に在りしといふ 民主党の特にパーカー氏を候補としたるは同州の投票を収めんこと其の一理由なりしに拘はらず今此の結果を見る同党の非運は是れにてもほぼ推察するを得べし

(1904〈明治37〉年11月11日付東京朝日朝刊3面〉

 

拡大ガーフィールド当選を報じる記事=1880年11月9日付朝日新聞(大阪)朝刊1面
 セオドア・ルーズベルトは、日露戦争の停戦調停(1905年)などに尽力し、1906年にアメリカ人として初めてノーベル平和賞を受賞した人ですが、当時の日本では米国の元首選びはそれほど関心が強くはなかったようです。

 さらにさかのぼると、1880(明治13)年には第20代大統領のジェームズ・ガーフィールド当選を報じていますが、たった3行で終わっています。

 明治、大正と徐々に米国との関係が深まり、世界恐慌の影響は日本にも及んでいました。その大嵐が吹くなかで、当時のフランクリン・ルーズベルトの大統領再選を、号外を発行したり、5日付夕刊(発行は4日)では前述の1面記事のみならず、選挙結果・解説・現場の雑観記事など多数を掲載したりして報じています。これまでとのニュースの扱いの差は驚くばかりです。

拡大フランクリン・ルーズベルトが大統領再選したことを報じる号外=1936年11月4日付東京朝日号外

民主党に凱歌(がいか)あがり ル大統領の再選確定 米国大統領選挙結果

【ニューヨーク特電三日発至急報】米国大統領選挙の結果は目下続々開票中であるが民主党は既に全選挙人数五百卅一の過半数三百十一以上を獲得しここに同党候補者現大統領ルーズヴェルト氏の再選は確定した【写真はルーズヴェルト氏】

(1936〈昭和11〉年11月4日付東京朝日号外)

 

 当時、両国間には暗雲が漂い始めており、翌年、日本が日中戦争を始めると関係はさらに悪化、太平洋戦争に突き進んでいくのです。戦時下という事情もあるのでしょうが、1944年に4選を果たした後に病に倒れるまで、ルーズベルトは12年もの間、その職にありました。今でこそ、合衆国憲法修正22条によって大統領職の3選禁止が明文化されていますが、明文化される前も含めて、オバマ氏で44代を数える歴代大統領で、2期8年を超えて、その職にあったのはルーズベルトただ一人です。

 この規定によって、オバマ氏にとっても、この4年間が最後の任期になります。1981年に就任したレーガン大統領からオバマ氏まで、この30余年での米国の大統領は5人です。うち、1期4年で退いたのは41代のブッシュ大統領(父)だけで、オバマ氏を含め4人が再選を果たしています。

 一方、日本はといえば、当時の鈴木善幸首相からはじまって、野田佳彦首相が19人目の首相となります。総選挙が近いと言われますが、オバマ氏が最後の4年間におつきあいする日本の首相はいったい、何人になるのでしょうか。

【現代風の記事にすると…】

米大統領選、ルーズベルト氏再選 ランドン氏に圧勝

 米大統領選は3日、米各地で開票され、現職のルーズベルト氏が圧倒的多数の得票で再選された。3日午後11時40分(日本時間4日午後1時40分)現在、ルーズベルト氏が獲得した大統領選挙人は、総数531のうち480~500人。共和党のアルフ・ランドン候補との得票差は1932年のルーズベルト氏とフーバー元大統領の差よりも大きくなりそうだ。ルーズベルト氏はニューヨーク、ペンシルベニア、イリノイ、オハイオの各州でもランドン氏を引き離している。全米48州のうちランドン氏がリードしているのはニューハンプシャー、カリフォルニアなど9州に過ぎず、ルーズベルト氏の圧勝となった。同時に行われた上下両院の選挙でも民主党が多数を制した。(ニューヨーク)

(上田孝嗣)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください