メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

昔の新聞点検隊

クリスマスパーティーは日本風の装いで

上田 孝嗣

拡大1888(明治21)年12月12日付東京朝日新聞朝刊2面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています
【当時の記事】

●クリスマスの日本風 桜咲く桜の山の桜花咲く桜あり散る桜あり、世はさまざまにて真似るもあれば、真似らるるもあり 日本人が西洋風に現を抜かすかと思へば西洋人は日本風に涎を流す 「思ひ思ひの人心ぢゃわいな」とは墨染の金言宜なる哉 来二十五日は年に一度のクリスマス祭日ゆゑ横浜居留地の各商館及各銀行は孰れも休業して思ひ思ひに祝祭をなし又二十番グランドホテルに於て夜会を催す筈なるが本年は此夜会に列なるもの其男たると女たるとを問はず総て日本風の装ひをなし黒紋付に仙台平、白襟裾摸様に博多の丸帯、髪も栄螺や馬の尻尾を廃めて丸髷または文金高髷、櫛笄に紙入等日本風も日本風 殊に古風を真似るよしにて夫々注文なしたりとぞ

(1888〈明治21〉年12月12日東京朝日新聞朝刊2面)

【解説】

 総選挙も終わり、きょう25日はクリスマス。せっかくですので、クリスマス余話と参りましょう。

 今回はクリスマスの聖誕祭を祝うパーティーの紹介記事を取り上げます。記事はクリスマスによる横浜居留地の休業と、グランドホテルでの夜会を報じています。明治時代の紙面なので言い回しなど当時の風俗を反映しており、そのままではわかりづらいと思います。今の校閲記者の目で点検していきましょう。

 冒頭の「桜咲く桜の山の桜花咲く桜あり……」と、遊女「墨染」の金言「思ひ思ひの人心ぢゃわいな」はいずれも常磐津の舞踊の長編で、歌舞伎の演目である「積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)」、通称「関の扉(せきのと)」のセリフから引用しています。今よりも歌舞伎・常磐津などが人々の生活に密着していたことの表れでしょう。明治期の洋装女性の髪形「栄螺(さざえ)」「馬の尻尾」は、今なら結い上げ髪(結い上げた形がサザエの貝殻に似ていたのでしょう)やポニーテールとするところです。

 今ではなじみの薄い言葉について補足しますと、「仙台平(せんだいひら)」は仙台地方名産の絹織物で作った男物の袴(はかま)のこと。櫛笄(くしこうがい)は女性が髪をすいたり飾ったりするのに使う物。笄は女性の髷(まげ)などに挿す髪飾りです。

 さて、点検はこのぐらいにして記事に戻りましょう。

 グランドホテルは横浜居留地内にあった明治初期に開業した外国人向けホテルです。最盛期には客室数200を超える横浜を代表するホテルでしたが、1923(大正12)年の関東大震災で焼失してしまいました。その後、近接地に外国人向けに建てられた新ホテルが、現在のホテルニューグランド(本館)です。グランドホテルではこの記事の数年前から毎年クリスマスシーズンに夜会を開いていました。

 江戸末期から明治初期には、外国人居留地や教会でクリスマスを祝っていたようですが、一般にも広がり始めたのは明治政府が1873(明治6)年に「異教徒帰籍の事」 として「キリシタン放還令」を出したあとです。

 明治時代の庶民のクリスマス風景は、「100年前のクリスマス」(2010年11月30日更新)を読んでいただければ、よくおわかりいただけると思います。

 クリスマスに思い思いに意匠を凝らすのは古今東西、変わらないようです。この記事では欧米の外国人が、和装の礼服を着てクリスマスの夜会を楽しもうとしていることを伝えています。いわゆる仮装パーティーですが、礼服などを注文して夜会の準備をしたそうですからずいぶんな熱の入りようだと思います。

 クリスマスを祝うイルミネーションやプレゼントは、いずれも明治期から商業的なイベントとしても定着していきます。イルミネーションは、銀座の明治屋の装飾が始まりとされています。プレゼントも貧しい人々への救世軍の救済活動がもとのようです。関東大震災のあった年の暮れにはアメリカの少年少女から贈り物が贈られる記事もあります。

アメリカの少年少女から 日本のお友達へクリスマスの贈物 地震で痛めた幼い胸を慰めに

米国で太平洋に面してゐる諸州の少年赤十字が一致して今度の震災で可哀想に小さい胸を痛めた日本の少年少女を何とかして慰め度いと云ふ可愛い美しい心から皆でクリスマスの贈りものを集め、之れを米国の汽船が無賃で来月中頃までに日本へ持って来ることになって目下カリフォルニア、ワシントン、オレゴン、ネヴァダ、ユータ等の各州の少年少女赤十字がそれぞれ協議中だといふが聞くところによると右贈りものの大きさと数量とを制限してその一つ一つに小さい贈り主の住所姓名学校名とが記され正月元旦を期して一斉にわが少年少女赤十字の手で罹災地域に住む少年少女の手に分配される筈だと云ふことである

(1923〈大正12〉年11月19日東京朝日新聞朝刊2面)

 

拡大クリスマス用のポインセチアの鉢植えを取りあげた記事=1954年12月5日付朝日新聞東京本社版地域面東京版
 クリスマスを彩る定番の観葉植物ポインセチアも明治時代に入ってきています。19世紀前半にメキシコから米国に持ち込まれて広まり、その色合いから和名は「ショウジョウボク(猩猩木)」。猩猩の赤い顔ということでしょうが、欧米ではキリストの血の色、赤を飾る習慣から定着していました。

 日本では外国人を中心に需要があったようですが、朝日新聞では1954(昭和29)年12月にクリスマスの鉢植えとしての記事が載っています。

拡大昨年のサンタマラソンin京都=2011年12月24日付朝日新聞大阪本社版地域面京都市内版
 時代とともに華やかでにぎやかな催しとなっていったクリスマスですが、昨今はさらに趣向を凝らした催しも登場しています。京都・鴨川の河川敷をサンタクロースの衣装で走る市民団体主催のサンタマラソン大会。2002年に始まり、毎年100人以上が参加する冬の風物詩になっているそうです。

 皆さんはどんなクリスマスを過ごすのでしょうか。家族、友人、おひとり様の方も心温まる日であることを祈ります。

【現代風の記事にすると…】

●日本風のクリスマス

 世の中には様々にまねるものもあれば、まねをされるものもある。日本人が西洋風のものに夢中になるかと思えば、西洋人が日本風のものをうらやましがってまねることも。

 来る12月25日は年に一度の祭日、クリスマス。横浜居留地の商館や銀行はいずれも休業して思い思いに祝う予定だ。また、横浜市山下町20番のグランドホテルでは毎年恒例の夜会を催すが、今年はこの夜会の参加者は男女を問わず、全員日本風の装い、和服の礼装をすることとなった。

 男性は、黒紋付きに仙台平のはかま、女性は、白襟裾模様に博多の丸帯、髪形も西洋風のものではなく、丸髷(まげ)または文金高島田。櫛(くし)や笄(こうがい)、紙入れなども用意して日本風、できるだけ古風な装いをするように、とのこと。参加者はそれぞれ注文したりして準備したという。

(上田孝嗣)

 1月1日、8日の更新は休ませていただきます。次回は1月15日に更新します。

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください