メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

昔の新聞点検隊

エベレスト、登ってみせますわよ

拡大1975(昭和50)年1月30日付朝日新聞東京本社版朝刊17面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています
【当時の記事】

登ってみせますわよ 女性エベレスト登山隊 元気に羽田を出発

 今春、世界で女性として初めてエベレスト(八、八四八メートル)にいどむエベレスト日本女子登山隊の久野英子隊長(四一)ら十三人が二十九日夜、東京・羽田発のタイ航空機でネパールへ向かった。同じ便でヒマルチュリ(七、八六四メートル)をめざす専修大パーティーの先発隊も出発し、いよいよ一九七五年度の「ヒマラヤ・オリンピック」の開幕となった。

 エベレスト日本女子登山隊一行は、すでにカトマンズ入りしている田部井淳子副隊長(三五)ら二人と合流して装備の点検などをすませたあと二月九日、カトマンズからベースキャンプへ向かう。順調にいけば、五月上旬に、まだ女性が踏んだことのない山頂に達する予定。ルートは二十二年前、英国隊のヒラリー卿(ニュージーランド)とシェルパのテンジンが初登頂した通常コースの東南稜(りょう)。

 川越市の渡辺百合子隊員(三一)の長男研ちゃん(六つ)と長女早苗ちゃん(五つ)にとっては、六カ月間のお別れ。空港で二人は「エベレストは富士山より大きなお山だけど、ママは大丈夫」と、無邪気そのもの。まだ、登山の恐ろしさなど、何も知らないらしい。心配そうなパパの斉さん(三四)とは対照的だった。(略)

(1975〈昭和50〉年1月30日付 朝日新聞東京本社版朝刊17面)

【解説】

 お正月に大学の後輩から、「ボルネオ島のキナバル山に登頂!!」と報告を受けました。キナバル山といえば4千メートル峰。昨年から週末はほぼ国内の山に登ることに費やし、トレーニングを積んだたまものだったようです。

 この「登頂成功!」の報告をみてふと思い出したのが、昨年スポーツ面の校閲をしている時に偶然出会った一つの記事。1975年、世界最高峰・エベレスト(8848メートル)の女性初の登頂者となった田部井淳子さんとともに山頂に立った、ネパール人登山ガイドのアン・ツェリン・シェルパさんが亡くなったというもの。ベタ(=新聞用語で、紙面上、段をまたがずに1段で収まっているもの)の短い記事だったのですが、なぜかとても印象に残りました。恥ずかしながら、女性初のエベレスト登頂者が日本人だったことも知らなかった私。当時のことをもっと知りたいと、つい昔の新聞の海に潜ってしまったのです。

 冒頭の記事は、田部井さんが副隊長を務めた日本女子登山隊がエベレストに向かうため、羽田空港を出発する様子を伝えたもの。この時は、田部井さんは先遣隊としてすでにネパールに入国していたようです。さっそく点検していきましょう。

 まず見出しが「登ってみせますわよ」。記事の中にこのような話し方をした人が出てくるのでしょうか? いないですね。おそらく編集者は、女性が最高峰に挑戦することを強調するために「わよ」といういわゆる「女性ことば」を使ったのでしょう。しかし、これぞまさに女性の話し方に対する固定概念といえます。脇見出しには「女性登山隊」とあり、これ以上強調する必要もないように思います。ここは編集者に表現を変えてもらいましょう。

 普段は戦前の記事を取り上げることが多いため突っ込みどころ満載なのですが、今回は1975年と比較的新しい記事なので、そこまで気になる表現は少なめです。しかし、やはりところどころひっかかる表現が。3段落目には「川越市」がいきなり出て来ますので、ここは「埼玉県」を入れてもらいます。

 この段落には気になる箇所がもう一つ。隊員の子ども2人が「ママは大丈夫」と明るく話したことについて、「まだ、登山の恐ろしさなど、何も知らないらしい」とあります。母親の無事を信じて疑わない無邪気な子どもに対して「上から目線」の表現のような気がしませんか? ここは逆に心配する夫の斉さんのコメントを入れてはどうでしょう。記者に提案してみます。

 また第1段落の「ヒマラヤ・オリンピック」という言葉は耳慣れないですね。おそらく各国の登山隊が8千メートル峰を目指していたことを指すのではないかと思うのですが、現代風にする時は説明を加えてもらいましょう。

拡大田部井さんのエベレスト登頂を伝える記事=1975年5月17日付東京本社版夕刊1面
 田部井さんは登頂成功当時35歳。2歳の娘を持つ母でした。登山隊は15人で構成され、世界で初めての女子のみのエベレスト登山隊として注目を集めていました。ネパールに到着後、高山病などで仲間が離脱する危機を乗り越え、少しずつ頂上に近づいていた5月4日には、なんと6500メートル地点で雪崩に巻き込まれます。田部井さんを含む13人が重軽傷を負い、朝日新聞でも「女性初登頂は絶望的」と報じました。特に田部井さんは「重体」とされています。

 しかし田部井さんは見事に16日、アン・ツェリン・シェルパさんとともにエベレストの山頂にたどり着きました。この世界初の快挙を報じた紙面では、「重体」と伝えられていたことについて「たいしたけがではなかったと見られている」と事実上の軌道修正。ここも「たいしたけが」などとすると配慮のない表現なので、「軽傷だった」などとするところですね。また冒頭でも、まず名前の前に「一児の母親」という言葉が。名前より先に来るなんて、いくらなんでも強調しすぎでは……とも思いますが、小さな子どもがいる母親が働くこと、ましてや世界最高峰に到達することなど考えられなかったのでしょう。「一児の母」という言葉が田部井さんの代名詞だったことがわかります。

 75年は15の登山隊がヒマラヤに入山し、登頂成功は7隊。田部井さんが快挙を果たす一方、遭難が相次ぎ14人もの死者・行方不明者が出たそうです。田部井さんの著書「エベレスト・ママさん」(山と渓谷社)を読むと、当時の資金繰りや周囲との協力態勢など、体力や山の厳しさだけでなく様々な困難を乗り越えてきたことがひしひしと伝わってきます。

 田部井さんはもちろんその後も登山を続け、今年の本紙の新年別刷り特集でも元気にお顔を見せておられます。山の厳しさに思いをはせながらもがぜん登山にチャレンジしてみたくなった私。まずは、日本で一番低い山と言われる天保山(大阪市港区、標高4.5メートル)から始めてみますか。

【現代風の記事にすると…】

登ってみせましょう! 女性エベレスト登山隊、元気に羽田を出発

 今春、世界で女性として初めて世界最高峰・エベレスト(8848メートル)に挑むエベレスト日本女子登山隊の久野英子隊長(41)ら13人が29日夜、東京・羽田からタイ航空機でネパールへ向かった。同じ便でヒマルチュリ(7864メートル)を目指す専修大パーティーの先発隊も出発し、世界の登山隊が競うように8千メートル峰の登頂を目指す「ヒマラヤ・オリンピック」が、今年も始まった。

 エベレスト日本女子登山隊一行は、すでにカトマンズ入りしている田部井淳子副隊長(35)ら2人と合流して装備の点検などをすませた後の2月9日、カトマンズからベースキャンプへ向かう。順調にいけば、5月上旬に、まだ女性が踏んだことのない山頂に達する予定。ルートは22年前、英国隊のヒラリー卿(ニュージーランド)とシェルパのテンジンが初登頂した通常コースの東南稜(りょう)。

 埼玉県川越市の渡辺百合子隊員(31)の長男研ちゃん(6)と長女早苗ちゃん(5)にとっては、6カ月間のお別れ。空港で2人は「エベレストは富士山より大きなお山だけど、ママは大丈夫」と笑顔。夫の斉さん(34)は心配そうな表情で妻の出発を見送った。

(梶田育代)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください