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昔の新聞点検隊

無能じゃなかった? 警察犬が復活!

松本 理恵子

拡大1929(昭和4)年3月2日付東京朝日朝刊7面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています
【当時の記事】

探偵いぬ 警視庁の復活案
生首事件に欲しい一匹
昔の功を挙げて――是非にと希望

 説教強盗、新渡戸邸のピストル事件、杉並の生首事件等と頻発する捜査困難事件に暫くトント忘れられてゐた探偵犬の必要が又唱へられだし、警視庁当局も昨今飼育方について頻に講究中であるひは近くこれが

 実現を見るかも知れないやうになって来た かつてこの警察犬がどんな活躍したか聞いて見ると警視庁では大正七年頃一度飼育した事があったが間もなく廃止してしまった当時の事情を聞くと人が余りに探偵犬探偵犬といって犬に刑事以上の働きを期待し過ぎた結果遂に廃止するやうになったさうであるがそれでも

 当時新聞の社会面をにぎはした大森のお春殺しの時など現場を踏んだ刑事の間では犯人の逃走方向が問題になり議論の末、踏み破られてあった現場の垣根から犯人は侵入してまたそこから逃走したと衆論一決したところが犬は破られてあった垣根には一向振り向きもせず他の方向に向ってクンクン走って行った、「何だい、探偵犬が聞いてあきれらア……」 刑事連はまったく自分達が想像しない逃走方向に犬が走ったのを見て、スッカリ馬鹿にしてしまったものだ 所が犯人が挙がってその自白によると矢ッ張り犬がかぎつけてゐた方向に逃げてゐたことが後になって判った

 上野の駅でお上りのおかみさんが懐中物を強奪された時犯人は駅の構内へ一本の手ぬぐひを落してしいった 利口な探偵犬はこの手ぬぐひに残された犯人の体臭をかぎかぎ地をはふやうに上野の森を目差して進んで行った 程なく犬は異様なうなり声を上げて敵対行動の姿勢に移った、その森の中には怪しげな男がたたずんでゐて直ぐ捕へられた

 警視庁でいよいよこの復活案が実現したら大いにこの探偵犬を飼って以前の不名誉を回復して見たいといってゐる、それにこの探偵犬の外、夜間密行の際巡査に随伴する巡査犬、犯人捕縛に向ふ刑事の補助者として犯人をけん制して逃走を防ぐ猛烈な補助犬、その他溺死せんとする者を救助する任務の救助犬、また犯人や物件を看守する看守犬も養成したいとその実現を待ってゐる

(1929〈昭和4〉年3月2日付東京朝日朝刊7面)

【解説】

 私たちの生活で身近な動物、犬。ペットとして愛されているほか、猟犬、盲導犬や介助犬など頼りになる存在です。

 事件解決のため、現場で捜査に参加する警察犬の姿をテレビで見たことがある方も多いと思います。警察犬といえば、嗅覚(きゅうかく)が優れていて、人の指示を聞き分ける、そんな賢いイメージがあります。でも、過去の記事をみると警察犬が「無能」扱いされた時代もあったようです。どうしてでしょうか。

 1930年頃、物騒な事件が続発していました。見出しの「生首事件」は刺激的な表現で、今の紙面では見かけない書き方です。センセーショナルな取り上げ方をして人目をひこうとする感じもします。深刻な事件を面白おかしく書くべきではないので、「○○町の死体遺棄事件」など、どの事件かわかるような簡潔な書き方にするよう指摘します。

 「説教強盗」は大正末期から昭和の初めにかけて東京を騒がせた連続強盗のこと。侵入した家で、家の人に「戸締まりは厳重にしなさい」「泥棒よけに犬を飼いなさい」などと「説教」したのです。なかなか犯人が捕まらず、世の中には不安が広がっていました。

 このような難事件の解決に役立てようと警視庁で持ち出されたのが、警察犬の「復活案」。警察犬はフランスやドイツなどで成果をあげていたことから、日本でも1912年頃から訓練して捜査で使われたことがありました。しかし、当時は「人が余りに探偵犬探偵犬といって犬に刑事以上の働きを期待し過ぎた」そうで、思ったほどの成果はあげられなかったといいます。経費がかかることもあり数年後には廃止されてしまいました。

 今は「警察犬」と呼ぶのが一般的ですが、当時は「探偵犬」とも呼んでいたようです。1カ所だけ「警察犬」で表記がばらけているので、そろえてもらいましょう。

 この記事では、「無能」だと決めつけてしまったけれど、警察犬はやっぱり優秀だったのだ、という事例が挙げられています。

 例えば、新聞をにぎわした殺人事件では、犬が見当違いの方向を嗅ぎ回っていると思って、刑事たちは「探偵犬が聞いてあきれらア……」と馬鹿にしました。しかし、その後犯人がつかまってみると犬が嗅いでいた方向に犯人は逃げていたとわかったのです。間違っていたのは人間の方だったというわけ。また、上野駅の強奪事件では犯人の落とした手ぬぐいのにおいを嗅いで「地をはふやうに」見事に犯人を追いつめたそうです。

 ここで「手ぬぐひを落してしいった」と余計な「し」が入っているので抜くように指摘します。読み飛ばしてしまいがちですが、校閲作業では一字ずつ確認することが欠かせません。

拡大鈴ケ森の女性殺害事件の捜査に警察犬が出動したが、「警察犬無能」「送り返せり」としている=1915年5月1日付東京朝日朝刊5面

 記事には「探偵犬の外、巡査犬、補助犬、救助犬、看守犬も養成したいとその実現を待ってゐる」とあり、犬に対する期待のほどがうかがえます。

拡大「日本犬を軍用犬として訓練することに成功した」と報じる記事=1934年6月15日付東京朝日朝刊13面
 この後、犬種や訓練法などの検証も進めた結果、1937年3月には「手初めに六頭 探偵犬近く捜査戦線へ」という記事で、警視庁が警察犬の訓練を開始する、と報じられています。こうして警察犬は復活することになったのです。

 現在、警察犬には、都道府県警が飼育・管理している「直轄警察犬」と、一般の人が飼育・管理している「嘱託警察犬」があり、全国の警察で広く捜査に用いられています。警察犬になるには「服従」「臭気選別」「警戒」「足跡追及」などの科目をクリアしなくてはいけません。

 警察犬ときいて思い浮かぶのはどんな犬たちでしょうか? ジャーマンシェパードやドーベルマン? 警察犬には作業意欲の旺盛な犬種がむくとされ、この2犬種のほかにエアデールテリア、コリー、ボクサー、ラブラドルレトリバー、ゴールデンレトリバーの全7犬種が指定犬種になっています。

 最近はチワワやトイプードルなどの「小さい」警察犬や、「初の日本犬」の警察犬など、他の犬種のことも耳にしますね。日本犬では2011年に柴犬の二葉が初の警察犬となり話題になりました。

 日本では事件現場で犯人追跡をする犬を「警察犬」、警備現場で爆発物の捜索、犯人の制圧、災害救助を担う犬を「警備犬」などと呼んでいます。警察犬と警備犬では鼻の使い方が違い、警察犬は現場の物証のにおいを覚えて「地をはうように」特定の犯人のにおいを追いますが、警備犬は「鼻を上に向けて」空中のにおいをかぎ行方不明者の手掛かりを捜すのだとか。鼻を生かしてと一口にいっても任務に適したように訓練を積んでいるんですね。

拡大これが現代の警察犬……ではなく、警官風の服を着た犬
 警視庁の歴史のなかでも「名警察犬」として語り継がれているのが1970年代に活躍したアルフ号(シェパード)です。鉄砲強奪事件の犯人を捜しあてたり、連合赤軍の浅間山荘事件では雪の降る中、隠されていたダイナマイトや爆弾を発見したり、多くの事件解決に力を発揮しました。警視総監賞2回、警察庁刑事局長賞2回、警視庁刑事部長賞9回など合計109回も表彰され、初めて警視総監室に入った犬、なんだそうです。

 ほかにも、2004年の中越地震では警視庁の警備犬レスター号(シェパード)が地震発生から92時間後に土砂崩れの現場で2歳の男の子を見つけたり、東日本大震災でも海外からも含めて多くの災害救助犬が出動したり。無能と思われたのはすっかり昔の話。たくさんの犬が私たちのくらしの安全を守ってくれています。

【現代風の記事にすると…】

警察犬の復活案 事件解決に欲しい一匹
大正初期にも活躍

 警視庁で、近いうちに警察犬が復活するかもしれない。説教強盗、新渡戸邸の発砲事件、杉並の死体遺棄事件と捜査が難航する事件が頻発していることから、警視庁では警察犬を再び導入することを検討している。飼育方法の研究や以前導入した際の効果の検証を進めている。

 警視庁では1918(大正7)年頃に警察犬を飼育したが、期待に応える成果を出せず、経費もかかるとして間もなく廃止された。だが改めて過去の例をみると、警察犬の能力がなかったわけではなかった。

 当時新聞の社会面で大きく扱われた大森の女性殺害事件では、踏み破られた垣根が犯人の侵入・逃走ルートだと捜査員たちは考えていたが、現場を嗅ぎ回った犬は垣根には全く見向きもせず別の方向に走っていった。捜査員たちは警察犬が追跡を失敗したと思い、犬は捜査には役立たないとしたが、その後逮捕された容疑者の供述によると、犬が嗅ぎつけていた方向に逃げていたとがわかった。

 また、上野駅で上京してきた女性が荷物を強奪された事件では、犯人が駅の構内に落としたタオルに残っていた体臭を手掛かりに、警察犬は地をはうように上野の森を目差して進んでいき、森の中に隠れていた男が容疑を認めて逮捕された。

 このような例から、警視庁では警察犬は捜査に役立つとして、「復活が実現したら以前の『役に立たない』という汚名を返上したい」としている。事件現場で捜査にあたる警察犬のほか、夜間パトロールの巡査に随伴する巡査犬、犯人逮捕に向かう刑事を支援して犯人を制圧して逃走を防ぐ力強い補助犬、おぼれている者を救助する救助犬、犯人や物件を監視する看守犬も養成したいとしている。

(松本理恵子)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください