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昔の新聞点検隊

卒業式、校長先生がカンニングのススメ!?

拡大1931(昭和6)年3月25日付東京朝日新聞夕刊2面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています
【当時の記事】

いい気持で――六代目校長
お免状を渡し妙な訓示 俳優学校の卒業式

菊五郎が校長となって昨年四月開校した日本橋茅場町の日本俳優学校では二十四日午前十一時から第一回の修業式を挙行した(略)

定刻校長菊五郎が例のモーニングに眼鏡で威儀を正して入場するとそれに続いて背広姿の彦三郎、紋付袴の三津五郎等々、それに交って松竹大谷社長の顔も見える

男女蔵が保証人席に知らぬ顔で頑張ってゐるとすぐ学校当局に見つかって「おい、お前は生徒だらう、あっちへお出で……」で追払われ、しぶしぶ生徒席に着席(略)

さて校長の訓示と一声高く呼ばれて六代目校長そのまま壇上に居残り「皆さん、けふはお目出たう」とぴょこんと頭をさげる、生徒一同、殿様を迎へた家来一同といふ形で「へへえ――」とばかり平伏「あたしは――ですね」と来た

「うれしいと思った事が一度あります、外でも御座んせんが、諸君も御存知の団十郎、あの人が相州茅ケ崎にゐた時、そこへ親爺から預けられたんです、言はば一人で寄宿舎に入った形でさア、団十郎といふ人は釣りと芝居の話より外に話をしない人で、特に芝居となると喧しい人でしたがある日「帰る雁」といふ踊りのけい古となったが、どうしても私が極りの形が出来ない 仕方が無いから団十郎が便所に立った留守にかも居の所へそっと紙をつばではりつけ、それを目印にして極りの形をつけると立派に極りがつく、団十郎も不思議がってどうしたんだといふから実はこれこれだと白状したんですが、今でいふとカンニングなんでさア それを聞いて団十郎涙を流した、よく出かしたテンデわっしァほめられた、うれしう御座んしたね」

かうなるとまるで世話物の舞台せりふだ

「こんなカンニングなら、私ァ大いにやって良いと思ひますネ」

菊五郎校長到頭カンニング奨励の訓示をやりだしたもんだ(略)

(1931〈昭和6〉年3月25日付 東京朝日新聞夕刊2面)

【解説】

 気がつけば2月ももうすぐ終わり。卒業式シーズンの到来です。今回の昔新聞は、ちょっと変わった卒業式風景を選んでみました。

 舞台は東京・日本橋茅場町の「日本俳優学校」の記念すべき第1回修業式。不世出の名歌舞伎役者として名高い六代目・尾上菊五郎さん(1885~1949)が歌舞伎界の将来のためにと設立したものです。現代の俳優養成所のようなものでしょうか。菊五郎さん自ら校長に就き1930年に開校。理事・講師陣には、女形として一世を風靡(ふうび)した六代目尾上梅幸さんや七代目坂東三津五郎さん、七代目松本幸四郎さんら、そうそうたる顔ぶれがそろっていました。ただ、数年後には経営事情などの問題で閉校するに至ったのですが、世襲で小さいころから芸を仕込まれる歌舞伎の世界で、まったくの素人でも入学できる俳優養成学校のさきがけとして、大きな足跡を残したことは間違いありません。

拡大日本俳優学校の入学試験の様子を伝える記事=1930年4月19日付東京朝日夕刊2面

 さて、記事を見ていきましょう。いきなり見出しが気になります。「六代目校長」のみで、「六代目」菊五郎さんのことだと読者に伝わるでしょうか? もしかして、その学校の6代目の校長先生と勘違いしてしまうのでは?と不安に思います。

 約80年前という時代状況を考えると、歌舞伎スターは国民の最大の関心事といっても過言ではないでしょう。この俳優学校の様子については、開校決定の段階から朝日新聞紙上でも頻繁に伝えていましたし、脇見出しに「俳優学校」とありますので、当時の読者なら「六代目=尾上菊五郎」とピンと来ているかもしれません。

 でも、「昔新聞」は現代の視点から過去の記事を点検していくコーナー。今では「六代目」だけで菊五郎さんと理解してもらうことは残念ながら難しいでしょう。これは編集者と相談して、「菊五郎」と入れてもらうことにします。

 また「妙な訓示」という言葉もひっかかります。訓示をした校長先生に失礼な気がしますが、これについては記事を読み終えてから考えることにしましょう。

 モーニング姿をはじめ、背広や紋付きはかまなど出席者の服装は様々。記事につく写真では当時の最先端・洋装の女性の姿も見えますし華やかですね。「男女蔵が保証人席に知らぬ顔で頑張ってゐると」とあります。「男女蔵(おめぞう)」とは四代目市川男女蔵さん(後の三代目市川左団次、1898~1969)のこと、「保証人席」は今でいう保護者席のことでしょう。そこに、生徒である男女蔵さんが、知らずに座ってしまったのか受け狙いでわざと座っているのか。「しぶしぶ生徒席に」とあるからにはわざとのようです。ここは男女蔵さんの名誉にもかかわる?ところなので、書き加えてもらいましょう。

 君が代をみんなで歌い修業証書の授与、優秀者や精勤者には特別な表彰と、現代の卒業式と変わらない情景が続いたところで、ついに見出しにもある「妙な訓示」を迎えます。モーニング姿の菊五郎校長は、どうやら芸を仕込んでもらった九代目市川団十郎さんとのエピソードを話し始めたようです。

 「どうしても私が極りの形が出来ない 仕方が無いから団十郎が便所に立った留守にかも居の所へそっと紙をつばではりつけ、それを目印にして――」。「極(き)まり」とは、歌舞伎の見えを切った時のポーズのことでしょうか。すると立派に極まりができるようになったので、団十郎さんが不思議がって尋ねたところ、菊五郎さんはあっさりと理由を話してしまいます。「今でいふとカンニングなんでさア」――目印を使ってしまったことを恥じ、たしなめられるのでは――と思ったようですが、団十郎さんはなんと涙を流し、「でかした!」と褒めた模様。芸のために思い詰めた菊五郎さんの心意気がうれしかったのでしょう。

 そこで訓示の締めは、「こんなカンニングなら、私ァ大いにやって良いと思ひますネ」。なんとカンニングの奨励と取られかねない言葉になったわけです。

 これが見出しの「妙な訓示」の真相。確かに一風変わったものではありますが、「妙な」とするよりももうちょっとコミカルさが欲しいところ。「カンニングのススメ!?」など、やわらかいけれども読者の興味を引きそうなものにできないか、編集者と相談してみましょう。

拡大試験点灯でライトアップされた東京・銀座の歌舞伎座。4月の開場を待つ

 菊五郎校長、この訓示で30分も話し続けたようです。私が通っていた学校ならば、校長先生に30分も話されると確実に眠ってしまう自信がありますが(先生ごめんなさい)、「演劇の神様」とまで言われた六代目尾上菊五郎の話ですから、聴いている生徒の方もきっと楽しかったのではないでしょうか。

 「六代目菊五郎評伝」(著・渥美清太郎、冨山房)によると、俳優学校の授業内容は踊りや三味線といった実技のほか、演劇史や地理、外国語まで多岐にわたりました。生徒は名門の師弟はもちろん、演技経験のまったくない素人もたくさんいました。入学に伴う口頭試問は菊五郎校長が自ら担当し、変わった質問の連続で、そばにいた関係者が思わず笑ってしまうこともあったそう。息子の丑之助(後の七代目尾上梅幸)に対してはことさらいかめしい様子で、「あなたはどういう気持ちでこの学校を選びましたか」と問いかける場面があったことを、当時の紙面でも伝えています。菊五郎さん本人も授業を担当し、本業の舞台に出るときは、観客から「校長先生!」とのかけ声が飛び出すこともあったそうです。

【現代風の記事にすると…】

六代目菊五郎「校長」、カンニングのススメ!? 俳優学校で卒業式

 六代目尾上菊五郎さんが校長を務める日本俳優学校(東京・日本橋茅場町)で24日、第1回の修業式が開かれた。式の終盤では菊五郎さんが芸を仕込んでもらった市川団十郎さんとの思い出のエピソードを引き合いに出し、「カンニング、大いにけっこう」とする名(迷?)訓示も飛び出した。(略)

 菊五郎さんはモーニングに眼鏡姿で堂々と登場。坂東彦三郎さんは背広姿、坂東三津五郎さんは紋付きはかまで参加、松竹の大谷竹次郎社長も列席した。こっそり保護者席に座っていた市川男女蔵さんが学校関係者に見つかり、「君は生徒だろう」とたしなめられ、しぶしぶ生徒席に座る一幕もあった。(略)

 君が代斉唱、修業証書授与が終わった後に菊五郎さんからの訓示があった。「皆さん、本日はおめでとう」と頭を下げると、生徒たちも殿様を迎えた家臣のように頭を下げた。

 菊五郎さんは芸を仕込んでもらった団十郎さんとの稽古の思い出を語り、どうしても極(き)まりの形ができず、団十郎さんが席を外した隙にこっそりと紙を鴨居(かもい)に貼り付け、それを目印にして極まりの形をつけたというエピソードを披露。急にポーズを決められるようになったことを団十郎さんが不思議がったので、菊五郎さんが事情を話したところ、団十郎さんは涙を流して「でかした!」と褒めたという。

 「今でいうカンニングだが、こんなカンニングなら私は大いにやっていいと思いましたね」と、カンニングを推奨するかのような珍訓示となった。(略)

(梶田育代)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください