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昔の新聞点検隊

ホカホカご飯を売る店、炊飯ステーション

市原 俊介

朱入り画像拡大1932(昭和7)年6月17日付 東京朝日 夕刊2面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています

【当時の記事】

尖端的新商売 御飯の店現る 生活改善実行会の会員が 乗出した台所改善

「お米の値段で御飯を売る店」といふ飯炊きを合理化した炊飯ステーションが出来た、生活改善実行会が会員数名で下谷、本郷、神田市外大井町に試験的に開店したのがそれである、今までの細民街の飯売りなどとは違って、お得意は一般家庭相手の組合組織

開店早々からなかなか成績がいい、このねらひ所は、或る方面の調査によると日本中で米とぎの際、溝の中に流し込む米粒が一ケ年で十六万六千俵に上るといはれ、家庭の主婦や女中君の飯炊きにつぶす時間は年に四百時間かかる、それをこの組合員的炊飯ステーションで合理化してやると三度々々温かい飯が食へてしかも大量炊事だからうまい、この相対性的ロジックが都会人に受けたか商店街の神田小川町の店など開店三ケ月で五十軒の得意と毎日五十人位づつのお客さんを迎へて一日三俵の飯を売るやうになった、白米は公設市場の上三等米の値段を

標準とし炊飯の手間、燃料代は一升一銭五厘位で毎日三度の配達料は金一銭也、これで一升分の温かい御飯が今の白米相場で二十六銭、これでは一向まうかりさうでないがなかなかもって「大商店など一度の食事に五升もあり大量配達ですからな」とある、そこで不景気をかっ飛ばす勢ひで乗りだした、この所職業開拓を理想とする組合長格の炊飯ステーション・マスターに数字的な意見を聞く

円タクのガソリンスタンドのやうに炊飯合理化が必要です、外国人の常食パンはみな家庭ぢゃ焼かんでせう、御飯だって共同の方が便利でうまくて、経済でせう(中略)将来は各町内に一ケ所位宛出来てやるやうになれば国家経済から見ても非常な節約です

そして一日と十五日には赤飯も炊き、一食買ひなら五銭均一で売ってゐるが台所の革命能率増進の時代色に乗ってこの尖端新商売の推移は注目されよう

(1932〈昭和7〉年6月17日付 東京朝日 夕刊2面)

【解説】

 今回紹介するのは、「お米の値段で温い御飯を売る店」と書かれた看板の写真を、記事につける見出しの代わりに使ったレイアウトが印象的な紙面です。

 スーパーやコンビニにパック詰めされたご飯が並び、冷たくなっても電子レンジで簡単に温めることができる現代ではあまりピンときませんが、当時は温かいご飯だけを売るというのは斬新な商売だったようです。

 記事の中身について見る前に、校閲的に気になったところを指摘しておきましょう。

 まず、炊飯ステーションをつくったという「生活改善実行会」がどんな組織なのか、という説明がほしいところです。記事では会員が数名いる、ということしか触れられていないからです。

 この団体が有名だったので説明を省いたのかと思って調べてみましたが、当時の紙面などでは詳しいことはわかりませんでした。ただ、大正時代に始まった、生活習慣を効率化しようとする「生活改善運動」と呼ばれる活動と関連しているのかもしれません。

 次に記事では「或る調査」でお米をとぐときに、たくさんの米粒がむだになっていることが明らかになった、とあります。これがどんな調査だったのか、今ならもっと詳しく書くでしょう。データの信頼性を高めるためです。いつ、どんな機関がどのように行った調査か、詳しく書くよう提案しましょう。

 同様の理由から、せっかく話を聞いた炊飯ステーションのマスターの名前も入れた方がよいでしょう。

拡大1939年2月16日付東京朝日6面。ちなみにガスコンロはガス七輪と言われていました
 「御飯だって共同の方が便利でうまくて、経済でせう」とあります。「経済」は「費用やてまのかからないこと。倹約」(日本国語大辞典)のことですが、最近ではこのような使い方はあまり聞かなくなりました。今なら「経済的でしょう」などとする方が一般的です。

 「飯」には「はん」と「めし」の二つの読み方があります。「めし」は元々「食べる」の敬語である「召す」が転じた形とされていますが、今では乱暴な言い方にも聞こえます。現代では「御飯」と言った方が丁寧な印象がありますね。

 では記事の中身をみていきましょう。

 炊飯ステーションでは、ガスで米を炊くのを売りにしているようです。

 ガスで米を炊く機械が生まれたのは1902(明治35)年。東京ガスが、ガスに関する器具で日本で最初の特許品として「ガスかまど」を売り出しました。当時の記事では「二升の米を焚(た)くとせんに一銭七八厘にて十七八分間に出来上り」と紹介されています(同年7月18日付東京朝日朝刊3面)。発売当時は一升炊きが7円40銭、五升炊きが10円50銭でした。

 その後、一般の家庭にガス調理器具が普及し始めたのは、大正に入ってからだといいます。ガス管が整備され供給量が増えていくとともに、薪や炭の価格が上がってガスの方が安い燃料となったことも原因でした。

拡大現代の電気炊飯器
 ガスで炊く炊飯器は一般の家庭ではあまり見られなくなりましたが、一度に大量に炊く必要のある業務用を中心に今でも使われています。

 一方で、今では主流の電気炊飯器。

 電気で米を炊く機械としては、1921年に「飯炊電熱器」が生まれました。ただ、これはおいしく炊くためには火力の調整が難しく使い勝手はよくなかったようです。

 現在も使われている方式の炊飯器が誕生したのは、戦後の1955年のことでした。

 今では温度や圧力を調節できたり、釜の底だけでなく全体に均一に熱が伝わっておいしく炊けたり……と当時では考えられないほどおいしいご飯が炊飯器で炊けるようになりました。

 今回の記事を書くために過去の紙面を見ていると、「おいしいご飯を炊くための工夫」といった記事がとても多いことに驚きました。スイッチを入れるだけでおいしいご飯が炊けることに感謝して、今日はご飯を炊いてみようと思います。

【現代風の記事にすると…】

お米の値段でホカホカご飯 「炊飯ステーション」登場 下谷・本郷・大井町に開店

 お米の値段で炊いたご飯を売る、調理を合理化した炊飯ステーションが東京に新しくできた。生活改善実行会が会員数名で下谷、本郷、大井町に試験的に店を開いた。一般家庭相手の組合組織だという。

 開店直後からなかなかの好評だ。ある調査では、日本全国で米をとぐ際にとぎ汁と一緒に流れてしまいむだになる米粒が1年で16万6千俵分に上るという。各家庭で炊飯に費やす時間は年に400時間になる。

 炊飯ステーションを利用すれば、時間も有効利用できる上に3食温かいご飯が食べられる。しかも一度に大量に炊いているため味も良い。

 こういった点が都会人に受けたか、神田小川町の商店街にある店には開店3カ月で50軒の常連客と毎日50人ほどの新規客が訪れ、1日3俵のご飯をさばいている。

 白米は公設市場の上3等米の値段を標準にしていて、炊飯の手間や燃料代は1升で1銭5厘、毎日3度の配達料は1銭。これらを合計して、1升の温かいご飯が現在の白米相場で26銭となる。

 これでは全くもうからないように思えるが、一度に5升の大量注文が入ることもあり、利益は出ているという。

 起業家の炊飯ステーションのマスター○○さんは「円タクのガソリンスタンドのように、炊飯の合理化が必要です。外国の主食であるパンは、家庭では焼かないでしょう。ご飯だって共同の方が便利でおいしくて、経済的です。(中略)将来は、各町内に1カ所ずつできるようになれば国家経済から見ても非常に効率的です」と語る。

 毎月1日と15日には赤飯を炊き、1食分だけ買うなら5銭で売っている。台所仕事の効率化の流れに乗って、この最先端の事業の成否が注目される。

(市原俊介)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

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