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昔の新聞点検隊

口語体の憲法、誕生!

松本 理恵子

1946(昭和21)年4月18日付朝日新聞東京本社版朝刊1面。画像をクリックすると大きくなります拡大1946(昭和21)年4月18日付朝日新聞東京本社版朝刊1面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています
【当時の記事】

劃期の憲法案正文 平仮名で口語体 民主日本の性格を示す

政府は去る三月六日憲法改正草案要綱を発表し、主権在民と戦争抛棄を主眼とする劃期的な改正案を明示したが、その後法制局でこれが条文化を急ぎ漸く成文を得たので十六日の定例閣議に附議、入江法制局長官より説明してこれを決定、幣原首相は直ちに参内、上奏し、さらに十七日枢密院に御諮詢の手続をとるとともに十七日午後一時内閣よりその全文を発表した

憲法改正草案は前文と本文十一章百条から成り、その内容は大体草案要綱と変りはないが、条文の体裁、用語等若干変更された点もある、政府は枢密院の御諮詢を経てこれを特別議会に提出する方針で進み、さらに検討を重ねて必要があれば枝葉の点についても修正する態度で臨んでをり、議会提出までの間に国民の充分な論議が行はれることを望んでゐる

憲法改正草案のとくに注目されることは全文を口語体でしかも平仮名で表現してゐることで、これは、憲法が国家の基本法であり、民主主義日本の性格を現はす根本法規であるので、国民のすべてが理解できることを建前とし、とくに平易な表現を用ひたものである

(1946〈昭和21〉年4月18日付朝日新聞東京本社版朝刊1面)

【解説】

 7月の参院選では争点の一つになりそうなこともあって、「憲法」への関心が高まっているようです。関連本の売れ行きが伸びたり、憲法の「超・口語訳」がネット上で話題になったり。

 憲法は国の最高法規。でも、今まであまり意識せずに過ごしてきたという人も多いのではないでしょうか。

拡大憲法の「超・口語訳」がネットで話題になっていることを紹介した記事=2013年5月2日付東京本社版夕刊11面

 今回は今の憲法が制定される過程の紙面を見ていきます。

 戦後、それまでの「大日本帝国憲法」(1889年制定)を改正することになり、連合国軍総司令部(GHQ)の監督の下、憲法起草の作業が進められました。

 1946年4月17日、政府は「憲法改正草案」を発表。翌18日付の朝刊では「劃期の憲法案」の見出しで、1面に草案の全文を載せて大きく扱っています。何が画期的かというと、「口語体でひらがな」だったこと。当時の法律は「文語体でカタカナ」で書かれていたのです。文語体とは文語で書かれる文章の形式のことで、文語とは「文章を書く時に用いる、日常の話しことばとは異なった特色を持つ言語体系。特に、平安時代の語を基礎にして独特の発達をとげた書きことば」(小学館・日本国語大辞典)をいいます。

 見出しの「劃期の」は今なら「画期的な」とするのが普通ですね。また、記事画像を見ていただくとわかりますが、口語体の「体」が本文では新字の「体」、見出しでは旧字の「體」になっているので、新字で統一するように指摘しましょう。

 これより前の3月6日に、政府は「憲法改正草案要綱」を発表しました。この時の条文はまだ「文語体でカタカナ」。前文からして「日本国民ハ、国会ニ於ケル正当ニ選挙セラレタル代表者ヲ通ジテ行動シ、……」と読みにくいものでした。それが、1カ月後には平易な文章になっていたのです。しかもこの間「口語化」の作業は極秘に行われたといいます。4月に発表された「草案」は、人々に驚きを持って受け止められたことでしょう。

 当時、法制局の内部では新しい憲法にふさわしく形式の上でも民主化を、ということで憲法の「口語化」の話が一部で出ていました(佐藤達夫「日本国憲法成立史」)。同じ頃、国語の平易化運動を進めていた「国民の国語運動」が「法令の書き方についての建議」という意見書を幣原喜重郎首相あてに提出します。その内容は以下のようなものでした。

 1)文体は口語体とすること
 2)むずかしい漢語はできるだけ使わぬこと
 3)わかりにくい言いまわしを避けること
 4)漢字はできるだけへらすこと
 5)濁点、半濁点、句読点をもちいること
 6)仮名は平仮名を使うこと
 7)行をあらためる時は書き出しを一字下げること

 戦後、「わかりやすい言葉」を待望する声が強まっていたようで、45年10月4日付の社説「良き国語の普及を計れ」では「口に称へて滑らかに、耳に聞いて快く、その上、読み書きするに不便不自由のないやうな新時代にふさはしい新国語の普及がこの際、特に望ましい」とあります。ただ、「憲法の口語化」が決まった背景には、憲法の民主化という志のほかに、GHQ案の英文を下敷きにした前文など「草案の翻訳臭を少しでも消したい、という気持ちがあったことも否定できない」(「日本国憲法成立史」)そうです。

 ともかく、GHQの了承も得て、4月2日に「憲法の口語化」は閣議決定され、広く国民に親しまれる言葉遣いの憲法にすることが決まりました。

 記事では、草案について「国民のすべてが理解できることを建前とし、とくに平易な表現を用ひたものである」と書いています。ここで気になるのが「建前」の使い方。「本音と建前」と言うように、今では「建前」は「表向きの方針」という意味合いが感じられる言葉です。本音では違うのかな?と深読みしそうにもなる表現です。ここは「理解できることを原則とし」にしてはどうかとアピールしましょう。

 また、「用ひた」の「た」が列からはみ出していますね。当時の新聞は活字を1字ずつ手作業で置いていたので、このように文字がずれたり、ひっくり返ったりしていることがありました。

 この憲法の口語化に尽力したのが「路傍の石」などで知られる作家の山本有三です。「国民の国語運動」のメンバーだった有三は、法制局の依頼を受け、前文と1~9条の口語化の原案を作成。これを参考に、法制局では条文の口語化をすすめたのです。有三は国語審議会の委員として、46年11月16日に告示された当用漢字表の制定にも取り組みました。翌47年の第1回参院選には無所属で全国区から立候補し、9位で当選します。参院の文化委員長などを務め、国語問題にかかわりました。

拡大1947年第1回参院選の当選者を報じる紙面の一部(中間集計段階)。右の得票順の一覧では本名の「山本勇造」、左の顔写真付きの一覧では「山本有三(勇造)」とある。この時は得票数1~50位の当選者が任期6年、51~100位の当選者が任期3年だった=47年4月23日付東京本社版朝刊1面

 では、文語体の「草案要綱」と口語体の「草案」、どんな違いがあったのでしょう。

 第3条を見てみましょう。

・草案要綱(文語体)  「天皇ノ国務ニ関スル行為ハ凡テ内閣ノ輔弼賛同ニ依リ内閣ハ其ノ責ニ任ズルコト」
・草案(口語体)  「天皇の国務に関するすべての行為には、内閣の補佐と同意を必要とし、内閣がその責任を負ふ」

 カタカナや言い回しのほかに、用語も少し変わっています。要綱にある「輔弼(ほひつ)」は、大日本帝国憲法下で、天皇の権能行使に対して意見を上げる行為を指します。難しい言葉なので平易な言葉にしようと、草案では「輔弼賛同」は「補佐と同意」に言い換えられました。

 でもGHQ側と議論になったといいます。「天皇」と「内閣」の関係に神経を使っていたGHQ側からは、「同意」は同等の者の間で使われる、「補佐」は下の者が上の者に対する関係にのみ使われる、という指摘があり、英和辞典や和英辞典も引っ張り出して話し合ったそうです(「日本国憲法成立史」)。最終的には、今の憲法で使われている「助言と承認」という言葉になりました。同義語でも言葉のニュアンスまで考えて言い換えるとなると、かなり大変そうですね。

 4月18日付の朝刊4面には口語体の「草案」を見た有三のコメントも載っています。その一部を抜粋します。

 「憲法がかうなることは、その他すべての法令の文章が平易になることで、影響は大きい、憲法さへかうなったのだから官庁の文章なども、今よりずっと易(やさ)しくなるだらう、その点からいっても劃期的なことである、ただし慾(よく)をいへば、この憲法でも、もう一歩進んでもらひたかった」

 有三も言っているように、この後の法律や公文書は口語体で作られました。ただ、それ以前からある法律の口語化は容易ではなく、たとえば1898年施行の民法の全文が口語化されたのは2005年の改正によってでした。

 草案は帝国議会での修正などを経て、46年11月3日に「日本国憲法」として公布されました。

 第3条はこう変わりました。

 「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ」

 ところで、3月に草案要綱を発表したのは「憲法」を4月10日投開票の戦後初の総選挙の争点にする狙いもあったからだとか。でも、当時はメーデーで「憲法より飯」のスローガンが登場するなど食糧問題に関心が集まっており、憲法は大きな争点にはならなかったようです。

 今回の参院選、憲法について多くの人が考える機会になるといいですね。

【現代風の記事にすると…】

憲法改正草案を発表
平仮名で口語体 日本の民主化を示す

 政府は17日午後1時、憲法改正草案を発表した。16日の閣議で入江俊郎法制局長官から説明があり、草案が閣議決定された後、幣原喜重郎首相は直ちに参内、天皇陛下に報告した。17日には枢密院にも意見を求めた。政府は枢密院の意見を聞いた上で、特別議会に提出する方針だ。特別議会でさらに検討して必要があれば細かい点について修正する態度で臨んでいる。議会提出までの間に草案について国民の間でも十分議論されることを期待しているという。

 草案は前文と本文11章100条からなり、内容は3月6日に発表された草案要綱とほぼ変わりはないが、条文の体裁や用語など変更された点もある。

 草案は全文が口語体・平仮名で表記されている点が画期的だ。憲法は国家の基本法であり、日本の民主主義を表すものなので、国民のすべてが理解できることを原則とし、平易な表現を用いることになった。

(松本理恵子)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください