メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

昔の新聞点検隊

拡大1884(明治17)年8月2日付大阪朝日朝刊1面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています

【当時の記事】

当地の各小学校は皆昨日より暑中休業を始めたれば北区幼稚園に於ても一昨日事務委員より其旨を保姆及び生徒に告げたるに生徒の中に之を聞て先生中途で休みましたら従来教へてもらふた事を皆忘れてしまひますと言ふあり又私は休む事はいやでおますと言出すもありければ一統の生徒は異口同音に私も私もと賛成したるにぞ委員は即時府庁学務課へ伺を経て暑中休業なしとなり昨日も登園の生徒は依然四十五六人ありて皆励み居りしといふ

(1884〈明治17〉年8月2日付大阪朝日朝刊1面)

【解説】

 8月も終わりに近づきました。地域にもよりますが、もうすぐ夏休みが終わるというお子さんも多いでしょう。

 子どもの頃を振り返ると、この時期は焦って宿題をやりながら、夏休みがもっとあればいいのに~と思っていたものです。でも、明治時代には「夏休みはいりません!」という幼稚園児がいたとか。ちょっと信じがたいのですが、どういうわけでしょう。

 記事によると、暑中休業(夏休みのことですね)が始まると言われた幼稚園児たちの中に、「中途で休んだら、これまで教わったことを全部忘れてしまいます」「休むのは嫌です」などという子がおり、「生徒は異口同音に私も私もと賛成した」のだそうです。

 なんとも感心な幼稚園児がいたものです。そんなことを言われて先生もびっくりしたかもしれません。

 今の校閲記者の視点で読むと、この記事の用語の使い方が気になります。今と違っているところがあるのです。

 一つ目は「幼稚園の生徒」。今の紙面では「生徒」は主に中高生のことを指し、幼稚園に通う子は「園児」などとします。ほかにも小学生は「児童」、大学や高専で学ぶ人は「学生」などと、学校教育法の条文などに基づいて使い分けています。

拡大記事1 1884年8月10日付大阪朝日朝刊1面

 また、「保姆(ほぼ)」は「保母」に似ていますが、幼稚園で幼児を保育する女性のこと。1947年の学校教育法によって幼稚園が学校になると、「保姆」は「教諭」に改められ、男性も幼稚園教諭になれるようになりました。今の話なら「教諭」「先生」などとするところです。

 一方「保母」は保育所などで児童の保育に従事する女性の職名でしたが、77年から男性も従事できるようになったことから、99年には児童福祉法の改正により「保育士」に改められました。今でも俗称として「保母さん」などと日常会話で話すことはあると思いますが、紙面では通常「保育士」にしています。

 さて、ちょうど同じころ、夏休みを「廃止」されてしまった小学校の話も記事になっていました=記事1。休み中には「無益な遊びに日を費し」「悪ふざけなどして家人にいやがられる」ばかりか、「学校で覚えたことも忘れてしまい教師の労を水の泡に」してしまうから、と理由が挙げられています。ひどい言われようですね。でも、うなずく親御さんもいらっしゃるかも? 子どもたちの反応は書かれていませんが、今だったら大ブーイング!ですよね。

拡大私も学校に行きたいなあ……
 当時は全国に小学校や大学などの近代的教育制度が整備されつつあるころでした。江戸時代は寺子屋や藩校などでそれぞれに勉強していましたが、明治政府は「国民皆学」を目指して1872(明治5)年に学制を公布。全国的な教育制度の構築に着手しました。さらに1886年の「小学校令」ですべての保護者に対して子どもを就学させる義務を明記しました。

 冒頭の記事は「小学校令」が出る2年前。当時の子どもたちは「学校で勉強できること」を心から喜んでいたのかもしれません。そういえば東日本大震災の後、学校に行けなくなった子どもたちの「早く学校に行きたい」という声がいくつも紙面に載りました。

 「学校で勉強できるのが当たり前」というのは、そう考えるととてもありがたいことなのですね。そう知ると、学校に行くのが楽しみに……なるといいのですが。

【現代風の記事にすると…】

「夏休みはいりません!」 大阪の幼稚園

 大阪市の各小学校は1日から夏休みに入った。北区幼稚園でも先月末に事務員が教諭と園児に夏休みが始まると伝えたところ、園児から「先生、途中で休んだら教わった事を全部忘れてしまいます」「私は休むのは嫌です」などという声が出て、他の園児たちは口々に私も私もと賛成した。これを見て、事務員はすぐに大阪府の学務課へ問い合わせ、夏休みをなしにすることが決まった。

 1日も登園した園児は四十数人もおり、みな元気に歌ったり運動したりして過ごしたという。

(松本理恵子)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください