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昔の新聞点検隊

拡大1909(明治42)年12月31日付東京朝日朝刊3面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています。また、個人情報に配慮し、容疑者名は伏せています

【当時の記事】

●水筒の中に九千円 ▽彦根城の石垣より贓金出づ

東京高輪警察署の手に捕はれたる懸賞犯人●●の拐帯したる金の所在に就き彦根城山天主閣を捜索し天井裏より三千五百円の一包みを発見したるは昨報の如くなるが二十九日彦根に出張したる高輪署の米丸部長は同署に打電して●●を彦根へ護送を要求したれば三十日朝八時同署の西森部長は川村巡査と共に●●を護送して彦根に着し直に彦根署の斎藤警部と共に城山天主閣に赴き現場に就て●●を訊問したる上坂を登り詰めて右手の方十間程奥に行きたる所即ち天主櫓下に当る石垣の間を探りたるに石と石との間奥深く一束の油紙包を隠しあるを発見し之を開き見たるに軍人持の鉄葉製水筒二箇の中に金九千百八十円を入れありたり 之に廿九日発見したる三千五百六十円を合せて一万二千七百十円を発見したる訳なれば出張中なる米丸部長及び巡査二名は三十日夕刻●●を護送して帰京したり(彦根電話)

(1909〈明治42〉年12月31日付東京朝日朝刊3面)

【解説】

拡大事件を初めて報じた記事=1909年9月2日付東京朝日朝刊5面
 古今東西、盗んだお宝の隠し場所にはいろいろありますが、今回は大胆にも、お城という非常に巨大で誰でも知っているようなところに隠したという記事です。

 ではいつもどおり校閲していきましょう。

 黒丸でぬりつぶした部分には容疑者の名前が書かれているのですが、姓名の名しか書かれていません。

 この事件はこの年の8月30日に起きており、9月2日付の朝刊で初めて報じられています。その後、12日付朝刊で人となりなど、12月28、29日付の朝刊で捕まったこととその経緯、30日付朝刊で彦根城天守閣の天井裏から金の一部が発見されたことを報じており、それを受けた今回の記事となります。(9月2日付、12月30日付の記事画像)

拡大彦根城天守閣の天井裏から金の一部が発見されたと報じる記事=1909年12月30日付東京朝日朝刊3面
 これで4日連続の報道となり、「もう読者の皆さんも知っているでしょう」と言わんばかりに姓を省略していますが、現在はどれだけ毎日登場していても、記事中の初出は原則フルネームです。

 さらに、この容疑者は何の容疑で捕まったのかということについても省略されています。これまでの記事を確認すると、大阪で株券などの取引をしていた「外海商店」の店員で、店主から引き出してくるように言われたお金をそのまま持ち逃げしてしまった疑いがあるということが分かります。これを簡単に補うのがよいでしょう。

 また「拐帯」は「人から預かったお金を持ち逃げすること」という意味ですが、今ではあまり聞き慣れない言葉です。「持ち逃げ」や「盗んだ」としてはどうかと提案します。

 現在の取り決めでは、逮捕されても犯人と決めつけないようにしています。まして、9月12日付のように、逮捕前にその人の詳しい経歴などを掲載することもありません。あくまでも容疑がかかっている人。名前も呼び捨てにせず、「容疑者」という呼称をつけています。

 6~8行目に、高輪署の「米丸部長」「西森部長」「川村巡査」の計3人の警察官が登場していますが、終わりから2行目では「米丸部長及び巡査二名」となっていて、西森部長を巡査と数えているようにも読めます。前日の記事で、28日に高輪署の巡査が1人彦根に到着したとあるので、川村巡査とこの巡査の2人のことかもしれません。いずれにしても分かりにくいので、誰のことか明記するか、「米丸部長ら3人」などとした方がすっきり読めます。

 なお、現在では特段の事情がない限り、捜査員の個人名を書くことはありません。

 さて肝心のお金についてですが、ここにこの記事最大の間違いがあります。

 「30日に9180円が見つかり、29日の3560円と合わせて1万2710円」と書いていますが、ちょっと待ってください。足し算をしてみると1万2740円になってしまいます。前日30日の記事を見てみると、天守閣の天井裏から発見されたのは3530円としています。これは確認しなければいけません。

 また、お金が入っていた水筒の大きさがはっきりしません。「軍人持(軍人用)の鉄葉(ブリキ)の水筒」と言えば、当時は大体想像できたのかもしれませんが、城の石垣のすきまという特殊な隠し場所であることがこの記事の大きな話題ですから、縦・横・厚さの大まかな数字がほしいところです。

 ちなみに、当時の1円の価値は現在の1千円ほど。つまり被害額は今のお金にして1500万円。大金です。

拡大彦根城の天守=2010年1月、日比野容子(大阪本社校閲センター)撮影
 お金が隠されていた彦根城は現在、江戸時代の天守が残る「現存天守」の一つとして有名です。城郭全体が非常に広大であるわりに、天守はやや控えめ。しかし天守がある本丸までの高低差は50メートルもあるので、下から見上げた時の姿には迫力があります。記事で「坂を登り詰めて」としているのが納得できます。

 天守の石垣は「牛蒡(ごぼう)積み」という積み方です。胴長の石を使っており、表面に見えているのは面積の小さな面。内側に向かってゴボウを突きさしたような形で、堅固な積み方とされています。自然石をそのまま用いているので、目地は碁盤のようにはならず隙間ができます。

 たしかにお金は隙間に入れられそうですが、今なら城の隅から隅まで見たがる私のような城好きもたくさん訪れますから、隠してもあっという間に見つかってしまいそうです。現在は管理も厳重ですし、隠すこと自体が不可能かもしれないですね。

【現代風の記事にすると…】

彦根城の石垣から9千円発見
大阪・1万5千円盗難事件 容疑者の供述通り

 大阪市西区の証券会社、外海商店の金1万5千円を盗んだ疑いで同店員が逮捕された事件で、30日、行方が分からなかった残りの約9千円が滋賀県彦根市で見つかった。

 29日、●●●●容疑者(26)の供述通り同市の彦根城天守閣の天井裏から約3500円が見つかったため、警視庁高輪署などは●●容疑者を現場に同行させて残りの金の所在について調べ、天守閣下の石垣の隙間から油紙の包み一つを発見した。ブリキ製の水筒2個が包まれており、その中に9180円分の紙幣が詰め込まれていた。

(森ちさと)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください