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昔の新聞点検隊

スペインかぜ猛威 国会も欠席者続出

松本 理恵子

1919(大正8)年2月4日付東京朝日朝刊5面拡大1919(大正8)年2月4日付東京朝日朝刊5面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています。画像は一部加工しているものがあります

【当時の記事】

感冒除けの大笑ひ 委員室に暖かな大塊逓相
大臣代議士の病人調べ

論戦酣の議会にも西班牙感冒が攻め込んで大臣代議士の容赦なく片っ端から病床に追ひ込み始めた 昨日の如きは真白い雪を被って

◇身震ひする程冷たい院の内外は気味の悪い空咳が彼方此方でゴホンゴホンと来るので委員会を済ませた代議士連は控室の気焔を保留して孰れもサッサと帰宅して了ふ、就中お寒いのは大蔵省政府委員を向ふに廻す予算委員室でガランとした広い部に屋委員が処々に着席してゐるのだから冷たい風が遠慮なく吹き捲くる、是が原因でもあるまいが暖かさうな布袋蔵相高橋男を

◇真先きに神野次官も流行性感冒に罹って休んでゐる、一番暖かさうなのは狭い部屋一ぱいに大塊逓相の吹き上げる葉巻の紫煙を罩めて模糊 間に政府委員席を望見し得る第六分科会、船舶問題で突撃する正木代議士を向ふに廻して逓相は「貴方は局外、私は当局、従って見る所もそがしこ(それだけ)違ふワッハッハハハ」と云った調子でお里言葉の丸出しだから居列ぶ政府委員、代議士

◇傍聴者一同始終笑ひ続けで春風駘蕩と云ふ暖かさ漫画家一同又此処にスケッチブックと鉛筆を集中してゐる、只質問者正木照蔵氏のみは咽喉にハンケチを巻いてムッと怒って居る、扨先づ政府側から流行感冒に罹った人々を列挙すれば左の如し

 ◇内閣 原軍需局長
 ◇内務 小橋次官、添田地方局長
 ◇外務 内田大臣(重)幣原次官(軽)田中通商局長(軽)埴原政務局長(重)
 ◇陸軍 ナシ
 ◇海軍 栃内次官、久野主計大監
 ◇大蔵 高橋大臣、神野次官
 ◇司法 近藤会計課長
 ◇逓信、文部 ナシ

尚代議士側では開会前から

◇召集に応ぜざる者と誌されたのはヤハリ感冒から腸を冒された関直彦氏を筆頭に名野次として聞ゆる恒松隆慶翁外七名また開会後欠席せるは令嬢を失った政友会の村野氏は別とし古谷久綱川原茂輔氏等八名は感冒の為、憲政会では仙石貢柴四朗氏等七名新政会に五名、国民党に三名、無所属では臼井哲夫氏等孰れも病気の為欠席とある、因に関直彦氏は快方で中旬から出席の筈ださうな

 (1919〈大正8〉年2月4日付東京朝日朝刊5面)

【解説】

 11月になり、インフルエンザの予防接種をした方も多いのではないでしょうか。

 インフルエンザは例年日本では12月~3月ごろに流行し、各都道府県で定点あたりの患者数が流行の注意報・警報レベルを超えたとニュースになります。

 毎年少しずつ変化しながら流行する季節性インフルエンザのウイルスなら、免疫がある人も多く、予防接種も効果があります。変異が大きく、人から人に感染する「新型インフルエンザ」が現れると、ほとんどの人が免疫を持っていないために感染が急速に拡大してしまうおそれがあります。

 記憶に新しいところでは、2009年に新型インフルエンザが世界的に流行し、日本でも混乱が起きました。空港では旅客機内での検疫が行われ、国内での感染者の初確認や疑い例のニュースが連日続きました。「パンデミック(大流行)」という言葉もあちこちで耳にして、不安が募ったものです。

 今回は大正時代にあった「スペインかぜ」の大流行、つまりインフルエンザのパンデミックの記事を見ていきます。

 スペインかぜは、1918~20年に世界中で大流行し、第1次世界大戦(14~18年)の戦死者よりも多い犠牲者が出ました。全世界で患者が6億人(世界保健機関<WHO>によると当時の世界人口の25~30%)、死亡者4千万~5千万人、日本でも患者2300万人、死亡者38万人余りと推計されています。

2009年1月12日付東京朝日朝刊8面拡大記事① スペインかぜで肺炎などを起こした遺伝子が特定されたことを報じる記事=2009年1月12日付東京朝日朝刊8面
 18年3月ごろから、米国やヨーロッパの兵営地で感染が広がりましたが、各国は兵士の士気の低下などを懸念して情報を出さなかったのに対し、大戦中立国のスペインでの流行は報道されたために、「スペインかぜ」の呼び名が定着したと言います。当時の紙面では「西班牙(スペイン)風邪」「流行性感冒」などと書きました。

 今でこそ「インフルエンザウイルス」が原因だとわかっていますが、当時は正体がわかっていませんでした。インフルエンザウイルスが発見されたのは33年、スペインかぜで肺炎などを起こした遺伝子を特定したと発表されたのは、つい最近の2008年のことです=記事①

1918年5月8日付東京朝日朝刊5面拡大記事② 「相撲風邪」が流行し、「力士枕を並べて倒る」と報じる記事=1918年5月8日付東京朝日朝刊5面
 日本では1918年5月に、感染症で休場する力士が続出して「相撲風邪」という言葉も生まれます=記事②

 10月になると、各地で短期間に患者が増え、死者数も増加。11月には劇作家の島村抱月が亡くなり、大きなニュースになりました。

 年を越しても流行は続きます。

 冒頭の記事はちょうどそんなころ、1919年2月4日付の記事です。国会議員や政府高官にも感染者が続出している様子を伝えています。

 いつものように記事を現在の校閲記者の視点で点検しましょう。

 議院の内外では「気味の悪い空咳(からせき)」が聞こえ、議員たちは普段なら控室でも議論を戦わせるのに、今は皆さっさと帰宅してしまうと書いてあります。

 なかでも予算委員会は人が少なく、「広い部に屋委員が処々に着席」。意味不明の文章だと一瞬思いましたが、正しくは「広い部屋に委員が」ですね。「に」と「屋」がひっくり返っています。活版印刷では、このように活字を拾う順番を間違えるミスがよくありました。パソコンで記事を書く現代ではそんなミスはない……こともありません。文章を直しているうちに挿入場所を間違えることは今でもあります。漢字の変換ミスのような新たなタイプの誤りも頻出しています。機械は進化しても校閲記者として油断できないのは変わりません。

 さて、予算委員会では大蔵省の「布袋(ほてい)蔵相高橋男」、そして神野次官も流行性感冒にかかって休んでいるとあります。高橋蔵相は高橋是清のこと。かっぷくがいいので、七福神で太鼓腹の「布袋」というわけですが、今の紙面では愛称で書くことはほとんどありませんね。

 一方、船舶問題を審議する第6分科会は笑い声も響いてにぎやか。逓信省の「大塊逓相」は葉巻をふかしながら、質問する議員に対して「貴方(あなた)は局外、私は当局、従って見るところもそがしこ(それだけ)違ふワッハッハ」と答弁し、傍聴する人たちも「一同始終笑ひ続け」て楽しそうです。

 ただ、大塊逓相の答弁を「お里言葉の丸出し」と書いているのはひっかかります。まず、「お里言葉」といっても出身地が書かれていないので、どこの方言かわかりません。また、「丸出し」というのは方言で話すことを揶揄(やゆ)するニュアンスが感じられませんか? 内容を見ると、方言より、のらりくらりと答弁する大臣の姿勢が面白かったのではと思えます。そのあたりが伝わるように表現を変えてはどうかとアピールしましょう。

 「大塊逓相」は、福岡県出身で商工大臣も務めた野田卯太郎のことです。詩人としても有名で、用いた号が「大塊」。当時は紙面でもしばしば「大塊さん」としていましたが、今なら本名で「野田卯太郎逓相」とします。

 見出しに「大臣代議士の病人調べ」とあるように、記事では省ごとに病気になった人の名前を列挙しています。大臣や次官、局長の名前がずらりと並んでいますね。

 外務省は、「内田大臣(重)幣原次官(軽)田中通商局長(軽)埴原政務局長(重)」。かっこ内に「重」「軽」とあるのはおそらく、重症、軽症を指しているのでしょうが、何も説明がないのは不親切。注釈をいれるよう指摘します。

拡大記事③ 「感冒猛烈 千三百の死亡」と報じる記事=1919年2月3日付東京朝日朝刊5面
 同じ時期の紙面を見ると「感冒猛烈 最近二週間に府下で千三百の死亡」(1919年2月3日付)と、感冒が猛威をふるっていることを報じています。医者や看護師も倒れて人手が足りず、入院を断る病院も出ました。また、郵便の配達や鉄道の運行にも遅れが出たりしました=記事③

1920年1月11日付東京朝日朝刊5面 拡大記事④ 流感への注意書きが並ぶ=1920年1月11日付東京朝日朝刊5面
 次の冬も流行は止まりません。紙面には「この恐しき死亡率を見よ 流感の恐怖時代襲来す」(20年1月11日付)。見出しに「咳一つ出ても外出するな」「風邪除けマスクを忘れるな」「一刻も早く予防注射をせよ」と注意書きが並びます=記事④。今ならば、恐怖をあおるだけでなく、冷静な対応を呼び掛ける書き方も心がけますが、いつ収束するのかわからず不安が社会を覆っていたのでしょう。1月からは「東京市内の流感」として1日の死者、新患者数を紙面に掲載しました。

 スペインかぜから約1世紀がたった現代でも、新型インフルエンザは恐ろしく、警戒の対象です。ただ、1920年の記事にあるように、せきなどの症状がでたら外出を控えたり、マスクをしたりして、各人が感染を広げないように努めることや、人が多く集まる場所には行かないなどの対策が大事なのは今も変わりません。心構えはしっかりとしつつ、パニックにならないようにしたいものです。

【現代風の記事にすると…】

国会もインフルエンザで多数の欠席者 野田逓相の答弁では笑い声も

 新型インフルエンザ(H1N1型)の影響は国会にも出ており、欠席する議員が増えている。院の内外ではせきをする人が多く、議員は委員会が終わったらすぐに帰宅するなど、予防に気を使っている。

 3日の衆院予算委員会は広い部屋に議員と政府側の官僚の姿がまばらで寒々しい様子だった。高橋是清蔵相、神野勝之助大蔵次官らもインフルエンザで欠席している。

 一方、第6分科会は欠席者が少なく、3日も船舶問題の審議が通常通り行われた。憲政会の正木照蔵議員の質問に対して、野田卯太郎逓相は「あなたは局外、私は当局。従って見るところもそれだけ違う」と答弁し、その名調子に傍聴者から笑い声も聞こえた。

 省庁ごとの主な感染者は以下の通り。

 ◇内閣 原軍需局長
 ◇内務 小橋次官、添田地方局長
 ◇外務 内田大臣(重症)、幣原次官(軽症)、田中通商局長(軽症)、埴原政務局長(重症)
 ◇陸軍 なし
 ◇海軍 栃内次官、久野主計大監
 ◇大蔵 高橋大臣、神野次官
 ◇司法 近藤会計課長
 ◇逓信、文部 なし

 議員では、会期前に体調を崩したのが関直彦氏ら7人、また開会後にインフルエンザで欠席しているのは政友会が8人、憲政会7人、新政会5人、国民党3人で、無所属も数人いる。関氏は快方に向かっており、中旬には出席できそうだという。

(松本理恵子)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください