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昔の新聞点検隊

氷上のB級スポーツ? なぞの「第一歩」

森 ちさと

1936(昭和11)年12月21日東京朝日朝刊8面拡大1936(昭和11)年12月21日東京朝日朝刊8面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています。画像は一部加工しています
【当時の記事】

パスボール

 ▽山王スケート場では二十日午後六時から氷上カーニバルを催し、学生フィギュア選手長谷川、渡辺、有坂、東郷のフリー・スケイティング、東郷、山村、野沢諸嬢のグループ・スケイティングを始め片足はスケート片足は普通の靴でステックは帯といふ珍アイス・ホッケーや人間カーリング、氷上三段跳、スパイラル氷上第一歩などの珍競技を催して盛会であった


(1936〈昭和11〉年12月21日東京朝日朝刊8面)

【解説】

 あけましておめでとうございます。本年も昔の新聞点検隊をどうぞよろしくお願いいたします。

 さて、ソチ五輪まであと3週間ほどとなりました。みなさんはどの競技に注目していますか? 日本の有力種目の一つにスケートが挙げられますが、今回は約80年前に行われた氷上の珍競技についての記事を取り上げます。

 まずいつも通り校閲していきましょう。

 冒頭の「山王スケート場」は、東京都千代田区永田町にあった山王ホテルの屋内スケート場だと思われます。1932(昭和7)年開業ですので、当時としては近代的で最先端の施設だったのでしょう。地名をつけなくても通じるほどの知名度だったのかもしれませんが、現在は所在地を入れることにしています。ちなみに山王ホテルは、この記事の10カ月前、2・26事件で反乱軍によって占拠されています。現在は山王パークタワーが立っており、NTTドコモの本社などがテナントとして入っています。

 フィギュアスケートの選手が6人登場しますが、すべてフルネームを記してもらいます。五輪代表や全日本選手権優勝者など、そうそうたるメンバーですが、記事で初めて登場する時には原則フルネームとしています。

長谷川次男選手拡大①長谷川次男選手。1938年1月の全国学生氷上選手権
 なお、6人のうちシングルの演技を披露した4人についての簡単なプロフィルは以下の通りです。

 ・長谷川次男:慶応大、この年2月のガルミッシュパルテンキルヘン五輪代表=
 ・渡辺善次郎:慶応大、同五輪代表、22歳
 ・有坂隆祐:明治大、19歳。後に日本初のアイスショーを行う
 ・東郷球子:この年の全日本選手権優勝。前年の全日本は2位で惜しくも五輪代表をのがす。20歳

 グループスケーティングを披露した3人のうち、山村、野沢は残念ながら誰か分かりませんでした。彼女たちについて「諸嬢」と表現していますが、今なら「各選手」などとするでしょう。先の4人は「選手」としているのに女子だけの時は「諸嬢」とすると、女子はアスリートとして認めていないようにも取れますし、そもそも今では複数の女性を「諸嬢」と言うことはめったにありません。

2001年12月17日付秋田版拡大②2001年に秋田市で行われた人間カーリング=2001年12月17日付秋田版
 なお、この「パスボール」というコーナーは昨年10月29日の記事でも取り上げました。野球で投手の投げた球を捕手がそらしてしまう失策から、「こぼれ球」→「こぼれ話」ということで名付けられたのだと思います。現在は「ハーフタイム」という名前になっています。「パスボール」は野球用語。これをこぼれ話全般に用いたのは、日本の代表的スポーツと言えば野球、というイメージが現在よりも強かったことが表れているのかもしれません。

 この記事は前半だけを読むと、現在盛んに行われているプロフィギュアスケーターによるアイスショーのようですが、後半部分は一転、不思議な競技が続出します。

2013年8月6日付秋田版拡大③2013年8月に秋田市で行われた人間カーリング。うまく止まれないとお堀へ!=2013年8月6日付秋田版
 スケート靴と普通の靴を片方ずつはき、スティックは帯という珍アイスホッケー。帯と一言で言っても、かなり硬いものからふにゃっとしたものまであります。硬い帯で本物と同じ大きさのスティックを作ったとするとなかなか本格的で、「珍」というよりも、足元だけ不安定な危険な競技です。柔らかい帯スティックだとすると、パックにまともに当たりそうもありません。人の動きも何もかもがぐにゃぐにゃの、かなり面白い光景が想像できます。

 人間カーリングは、現在でもスケート場のイベントなどで見かけます。大きなおけや鍋の中に座って、的に向かって押し出してもらうものや==、どこまで遠くに行けるか距離を競うものもあるようです。秋田市では昨年8月、うまく止まれないとお堀にドボン!という珍しい人間カーリングも行われたそうです=

 氷上三段跳びを含めて、これらはなんとなく競技の様子が想像できますが、最後の「スパイラル氷上第一歩」だけはなかなか想像できません。

浅田真央選手のスパイラル拡大④浅田真央選手のスパイラル。2013年11月のNHK杯フリー=飯塚晋一撮影
 「スパイラル」は現在ではフィギュアスケートの技の名です。片足を腰より高く上げて、バランスを保ったままらせんを描くように滑っていくもので、ソチ五輪代表の浅田真央選手のスパイラルは非常に美しいと定評があります=。ペアには「デススパイラル」という技もあり、体をまっすぐに伸ばした女性と片手をつないだ男性が円の中心軸となって支え、コンパスのようにくるくると回ります。

 もしこのスパイラルだとしても「第一歩」がいったい何者なのかが分かりません。「氷上」とわざわざつけていることを考えると、本来は陸上で行われるものなのかもしれませんが、現在陸上競技でこのような名前のものはないですし、通称として呼ばれているものもないようです。

 そうなると、正式な競技ではなく、子ども遊びのようなものだったのかもしれません。私がまず思い付いたのは「だるまさんがころんだ」でした。遊びのはじめに「はじめの一歩」と言うところからですが、この遊びを「はじめの一歩」と呼ぶことはあっても「第一歩」と呼ぶという話はきいたことがありません。

 次に思い付いたのは、スパイラルでどこまで滑れるか距離を競うもの。しかしこれだとわざわざ「氷上」とつける意味がありません。

 結局よく分からないままですが、1936年当時は「『第一歩』といえばこれ」と分かるものだったのでしょう。数十年後の読者が読んでも分かるような記事を、というのが校閲作業で日々気をつけていることの一つですが、思わぬところに落とし穴があるという良い例でした。

 もし「第一歩」をご存じの方がいらっしゃいましたら、ぜひことばマガジンまでお知らせください!


【現代風の記事にすると…】

パスボール

 東京都千代田区の山王スケート場で20日夕、氷上カーニバルが催された。大学フィギュアの長谷川次男、渡辺善次郎、有坂隆祐、東郷球子が演技を披露し、東郷と山村●●、野沢●●によるグループスケーティングもあった。

 その他、片足にスケート、もう一方には普通の靴をはき、帯で作ったスティックを持って行う珍アイスホッケーや、人間カーリング、氷上三段跳び、スパイラル氷上第一歩などの珍競技も催され、多くの人でにぎわった。

(森ちさと)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください