昔の新聞点検隊
(2014/02/11)
水入れ最中の濠に 出たぞ〝お城の主〟
珍らし巨大な山椒魚ノソリ 錦城に・またも話題
深山幽谷の渓流にのみ棲息してゐるはずのわが国特産の珍動物山椒魚、しかも長さ一メートルに余るでっかい怪物みたいなのが場所もあらうに渇水異変の大阪城外濠から生捕られ、これこそ「大阪城の主」だと猟奇の話題をばらまいてゐる
五日午前九時半ごろ、てうど今日から渇水のお濠に城内貯水池の洗ひ水を落しこむといふので市公園課の人夫たちが濠底の雑草や雑物さらへに従事してゐると艮櫓
真下の比較的水の残ってゐるところに見たところ四尺ほどもある魚とも獣ともつかぬ奇妙な怪物が浮きつ沈みつ游弋してゐるのを発見 「凄いものが出たゾ」と数人の人夫が船を浮べて近づくと頭は円く四本足、膚はチョコレート色に艶々と輝いてみるからに凄い怪物、最初は「これが噂の大阪城の主様だらう」と恐る恐る手網の柄でチョイと触れてみるとヒャー、大口をガバと開いて今にも跳びかからんばかり物凄い挑戦、人夫たちは勇を皷して大網をさし出し浅瀬に追ひ込んでやっとこさ生捕った
お濠の上ではこの怪物狩りを見物してゐた多勢の群衆が「淀君の化身だ」「お濠の主だ」と恐いものみたさに鉄条網を乗り越えて忽ち黒山の人垣を築いたが、この怪物を大かごに移して六十尺の
石垣を数人がかりでエンサエンサと吊り上げ城内の公園事務所に移した、急報によりかけつけた天王寺動物園西出獣医が鑑定するとなんとこれはわが国特産の両棲動物山椒魚と判明、しかも相当老いたものらしく右手の五指が全部欠除し右足も指一本を失ひますますもってグロテスク味を増してゐる
同獣医の指図でとりあへず城内泉水に入れて元気を回復させたが、長さ実に一メートル一〇、目方十八キロ(約三貫五百目)頭の幅が二十センチもある大物で、大阪でははじめて、全国でも珍らしい巨山椒魚である、山椒魚は岡山、鳥取、兵庫各県の山間渓流に多く産するもので、その他深山幽谷の清流や大阪附近では箕面、能勢、金剛山などの山深き清流に時折棲息し、それもせいぜい大きくて一尺五寸くらゐのもので
今回のごとき大物は実に珍らしく、しかも他所から水の流入せぬ大阪市内お城のお濠に棲息してゐるなどとは全くもって珍らしがられてゐる
(以下略)
(1937〈昭和12〉年7月6日付大阪朝日夕刊2面)
【解説】
今回は戦前の大阪城外堀でオオサンショウウオが見つかった事件をご紹介します。不思議な生き物に出合って興奮する人たちの様子が生き生きと描かれた楽しい記事です。とりあえずこれから新聞に載る記事のつもりで校閲してみましょう。
まず見出しから。お城の「ほり」が「濠」になっていますが、今の朝日新聞では国の常用漢字表にある「堀」を使います。「山椒魚」も「椒」が漢字表にないので、「漢字が使えない動植物名は片仮名」という決まりに従い、長いですが「サンショウウオ」。現在の和名はこれに「オオ」が付きます。「錦城」は大阪城の別名で、「金城」とも書かれます。全国的にはあまり知られているとは思えませんが、大阪で読まれる紙面ならこれでよいのかもしれませんね。
本文に移りましょう。城内貯水池の「洗ひ水」とありますが、この意味が分かりませんでした。古い辞書にも載っていませんし、インターネットでも洗剤の商品名や、モルタルや生コンクリートを洗ったあとの廃水以外に使用例が見当たりません。この記事の場合、「貯水池を洗うために使った水」という意味かもしれません。いずれにせよ、誰が読んでも分かる言葉に換えてもらいます。
怪物を捕まえた市公園課の「人夫」……なんだか古めかしい響きです。今なら「作業員」などと書くでしょう。獣医師が鑑定するくだりには「右手の五指」とありますが、動物なので「右前脚」や「右前肢」が正確ですし、図鑑などを調べてみるとオオサンショウウオの前脚の指は4本です。人間にたとえて「五指」としてしまったのかもしれませんが、直してもらいましょう。
怪物は「目方十八キロ(約三貫五百目)」もあったといいます。わざわざ換算した数字を添えているのですからまさかとは思いますが、必ず検算するのも校閲記者の仕事です。1貫は3.75キログラム。目(め)は匁(もんめ)のことで、貫の千分の一を表す単位だから1目=3.75グラム。これで計算すると3貫500目は……13.125キログラム! 「目方十八キロ」と一致しません。この換算値が定められたのは1891年で、この時代は今と違う換算値だったというわけでもありません。思わず「十三キロ」に直すよう指摘したくなりますが、「十八キロ」が正しく「三貫五百目」が間違っている可能性もあります。「どちらかが間違いでは?」と聞くのが校閲記者の正しいやり方です。
……チェックはこれくらいにして、この事件の背景を探ってみましょう。
オオサンショウウオ発見から3カ月前の記事=①=には、「前年6月に減水が気付かれてから4尺(約1.2メートル)も水面が下がっている。原因調査の結果、工場やデパート、ビルなどにくみ上げられて地下の水位が低下していることが分かった」とあります。
2カ月前の記事には本丸のやぐらの下を掘って水脈を探ったとも書かれていますから、「他所から水の流入せぬ」大阪城の堀は、底から湧く地下水を水源としていたことがうかがえます。
地下水に以前のような水量が期待できなくなった以上、どこかから水を引いて補うしかありません。その前に堀をきれいにしておこうとして人が入った結果、静かに暮らしていたオオサンショウウオが見つかってしまったということのようです。
発見が報じられてから6日後には、怪物が30年前によそから持ち込まれたものだったことが判明します。「俺が放したんぢゃ」とお年寄りが名乗り出てきたのです=記事②。
淀川下流に仕掛けた網に1尺2寸ほど(約36センチ)のオオサンショウウオがかかっていたのを堀に投げ込んだ、と証言。なぜ街中の下流にいたのかについては、「豪雨のため上流から流されてきたものらしい」と説明したのでした。
それから15年後の1952年、オオサンショウウオは国の特別天然記念物に指定されます。岐阜県以西の西日本に生息し、世界最大の両生類と言われています。飼育下で51年生きた記録がある一方、何が根拠か「寿命は100年以上に及ぶ」と断定する百科事典もあり、人間と同じかそれ以上の長寿であることは間違いなさそうです。
今回紹介した記事の「大阪城の主」は全長110センチでしたが、昨年5月に死んだ兵庫県の水族館のオオサンショウウオは150.5センチもありました。今は滋賀県の博物館にいる137センチのものが国内最大とみられています=記事③。
【現代風の記事にすると…】
お堀のヌシ!? オオサンショウウオ、大阪城で発見
山奥の渓流にしかいないはずの希少な両生類オオサンショウウオが、なぜか大阪城の干上がりかけた外堀で捕らえられた。長さ1メートルを超す大物で、これこそ「大阪城のヌシ」だと話題になっている。
5日午前9時半ごろ、城内貯水池からの給水に備えて大阪市公園課の作業員たちが堀の底の雑草やごみをさらっていると、比較的水の残っている所に1メートル以上もありそうな奇妙な生き物がうごめいているのが見えた。舟で近づくと、丸い頭で脚は4本、肌はつやつやとしたチョコレート色だ。手網の柄で触れてみると大口をがばっと開く。作業員たちは大網を差し出して浅瀬に追い込み、やっと捕まえた。
堀の上でこの怪物狩りを見物していた人たちが「淀君の化身だ」「お堀のヌシだ」と鉄条網を乗り越えて大勢集まる中、怪物を大かごに移して高い石垣を数人がかりでつり上げ、城内の公園事務所に連れて行った。
天王寺動物園から獣医師を呼んで見てもらったところ、怪物は日本固有種のオオサンショウウオと判明した。右前脚の指が全部なくなり、右後ろ脚の指も1本欠けていて、相当長い間生きているらしい。獣医師の指示でとりあえず城内の泉に入れて元気を回復させた。
体長1.1メートル、体重18キロ、頭の幅は20センチもあり、これほどの大物は大阪では初めてで、全国でも珍しい。オオサンショウウオは岡山、鳥取、兵庫各県の山間渓流に多く、大阪付近では箕面、能勢、金剛山などの山深い清流で時折目撃されるが、せいぜい大きくて50センチくらい。今回のような大物はきわめてまれだ。しかもそれが大阪市内の、よそから水が流入しない堀にいたというので大変不思議がられている。
(板垣茂)
原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から
等の手を加えています。ご了承ください