メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

昔の新聞点検隊

終わらぬ水俣病

1957〈昭和32〉年4月1日付 朝日新聞東京本社版朝刊7面拡大1957〈昭和32〉年4月1日付 朝日新聞東京本社版朝刊7面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています

【当時の記事】

奇病 治っても〝廃人〟 熊本県に 厚生省で調査

熊本県水俣市月ノ浦、湯出などの部落に、病名をつけようがない奇病が発生、厚生省も調査にのり出した。症状は、日本脳炎のような高熱が出る。手足がしびれる。中枢神経がおかされ、運動機能障害を起す。だんだん言語障害、視聴力障害も起って〝廃人〟同様になってしまう、というこわいもの。死亡率は非常に高く、約三〇%。熊本大医学部、同県衛生部、地元医師会と国立予防衛生研究所、公衆衛生院が共同調査を行っており、感染には土地の海からとれる魚介類が一役買っているという見方が強い。

昨年四月ごろから水俣市郊外に手足が利かなくなったり、言語障害を起す病人が多く、同年五月一日、同市新日本窒素工場付属病院から水俣保健所に「日本脳炎の疑いのある患者」として報告された。同保健所で調べたところ、同じような病気は二十八年ごろから同市近郊の数部落にあることがわかったが、二十八年十二月から昨年十一月までに五十四人が発病、十七人が死んでいる。完全に治ったのは三人だけで、その他は後遺症が残って〝廃人〟同様だという。

病人は漁師が圧倒的で、発生地域は水俣市の恋路島(こきしま)内海湾に面した海岸地方が大部分、他所でかかったものも、この湾に魚をとりに来る者がほとんどだ。ネコもかかり、けいれんを起したり、海へ飛込んで死んでいる。茂道部落では、ここ数年間に約百匹が死んでネコが全滅したという。さらに豚や犬にも似た症状で死んだのがあるという。またこの湾にはボラ、エビ、タコ、カニなどが多く、これらを、たくさん食べる人ほど、かかりやすい。

関係当局の調査では、有毒物が海水に溶けこんでいて、これに汚染された魚介類を食べるためと推定している。また病原体は細菌やビールスではなく、重金属による中毒説が強い。さらに水俣市の新日本窒素水俣工場から出る化学製品の廃液の中に有毒金属が含まれているか、どうかも調査している。

(1957〈昭和32〉年4月1日付 朝日新聞東京本社版朝刊7面)


【解説】

 今回は水俣病に関する初期の報道から。さっそく、現代の基準で、冒頭の記事を校閲してみます。

 「言語障害、視聴力障害も起って〝廃人〟同様になってしまう」の「廃人」はどうでしょうか。

 辞書には「疾病や障害で通常の生活を営むことができない人」とあります。言葉の意味としては間違っていないかもしれませんが、病に苦しむ当事者は、好きこのんで病気にかかったわけではありません。「廃人」と書かれたら、どんな気持ちがするでしょう。違う表現にすべきだと指摘します。

 「感染には土地の海からとれる魚介類が一役買っているという見方が強い」の「一役買っている」も要注意です。

 「一役買う」は、自分から進んで役目や役割を引き受けること。通常は肯定的な意味で使います。病気の原因についての話なので、「一役買う」はおかしいでしょう。ここも別の表現にしてもらいます。

 「病原体は細菌やビールスではなく」の「ビールス」は、いまの朝日新聞の基準では使いません。10年ほど前まで、「ビールス」の使用も認めていましたが、文部省の学術用語集にのっとり、いまでは「ウイルス」を使うことにしています。

◇  ◇  ◇

 水俣病の公式確認は1956年。59年には、熊本大医学部が、有機水銀説を発表します。しかし、原因企業チッソは否定。対策を求める厚生省に対し、通産省はチッソ寄りの立場をとりました。水俣工場からの有害排水は、なんと、68年まで続いたのです。

 石牟礼道子氏の「苦海浄土―わが水俣病」(講談社、69年刊行)には、次のような患者の言葉が登場します。

2013年12月23日付東京本社版朝刊3面 拡大熊本県知事は水俣病認定のあり方をめぐり国の対応を批判。国から委託を受けている認定業務の返上を表明した=2013年12月23日付東京本社版朝刊3面
 「銭は一銭もいらん。そのかわり、会社のえらか衆の、上から順々に、水銀母液ば飲んでもらおう。上から順々に、四十二人死んでもらう。奥さんがたにも飲んでもらう。胎児性の生まれるように。そのあと順々に六十九人、水俣病になってもらう。あと百人ぐらい潜在患者になってもらう。それでよか」

◇  ◇  ◇

 90年には、問題の渦中にいた一人の官僚が、死を選びました。当時、環境庁で水俣病問題の責任者を務めていた企画調整局長。53歳でした。

 厚生省出身。「福祉のしごとを考える」という本を記すなど、福祉に対して強い使命感を持っていたそうです。国の責任を問い、早期解決を求める患者。裁判所の和解勧告を拒否する国。板挟みに苦しみました。

◇  ◇  ◇

 昨年末、水俣病認定のあり方をめぐり、熊本県知事が「環境省は十分な責任を果たしているとは言えない」と批判。国から委託を受けている認定審査業務の返上を表明しました。

 今月中旬、動きがありました。環境副大臣が熊本県知事に会い、国が審査を代行できるように準備を始める方針を伝えたのです。熊本県知事は評価しましたが、熊本と同じように認定審査の委託を受けている新潟県知事は「今までと何も変わらないんじゃないか」と疑問を呈しました。「今の基準よりも認定されにくくなる」と反発する被害者団体もあります。

 水俣病の公式確認から58年。一時金給付などの救済策を受けられなかった人たちが、国や県、チッソに損害賠償を求める訴訟が、続いています。

 企業の無責任と行政の不作為で多くの人生を破壊した問題は、いまだ、解決していません。


【現代風の記事にすると…】

熊本の漁村で奇病 死亡率30%
中枢神経障害 汚染の魚介類が原因?

 熊本県水俣市の漁村で、病名のつかない奇病が発生している。中枢神経がおかされ、運動や言語機能に障害がでる。寝たきりになるケースもあり、死亡率は約30%。有毒物に汚染された周辺海域の魚介類が原因との見方がある。厚生省が調査に乗り出した。

 水俣湾付近の月ノ浦、湯出地区などで発生。昨年5月、同市の新日本窒素水俣工場付属病院から水俣保健所に報告された。

 保健所によると、奇病は1953年ごろから同市の複数地区で発生。約3年間で54人が発病し、17人が死亡。完治は3人だけで、後遺症のため寝たきりになる人も多い。

 関係当局は、海水に溶けた有毒物で魚介類が汚染され、それを食べて奇病が起きたと推定。細菌やウイルスではなく、重金属による中毒説が強い。新日本窒素水俣工場から出る廃液の中に、有毒金属が含まれているかどうか調べている。

 奇病にかかった猫がけいれんを起こし、海に飛び込んで死ぬケースも。茂道地区では、ここ数年で約100匹が死んだ。豚や犬でも似た症状で死ぬことがあるという。

(高島靖賢)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください