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昔の新聞点検隊

防犯の心得を説く「説教強盗」

菅野 尚

1928〈昭和3〉年9月17日東京朝日朝刊7面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています。個人情報保護のため一部伏せ字にしてあります拡大1928〈昭和3〉年9月17日東京朝日朝刊7面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています。個人情報保護のため一部伏せ字にしてあります
【当時の記事】

又現れた説教強盗 元満鉄理事の宅へ押入って くどくどと親切振り

十六日午前二時半落合町下落合●●●●元満鉄理事■■■■氏方便所くみ取口から覆面の強盗が忍びこみ奥八畳で金品を物色中、主人に眼を覚まされると、居直って「お静かに願ひます 奥様やお子供様にお怪我があるといけません 少々お金を拝借致したいので」とやんわり脅迫してまづ仏壇の抽斗から八円を盗み「もう少々」と脅して隣室のタンスから百十円を盗みだし「まだ時間もありますから」とて「お宅には夜は電気がついてゐませんし、犬がをりませんから、強盗に入るには大変都合がようございます、是非犬はお飼ひになる様に」と説教を始め、丁寧にお礼をいって二時間程居て逃走した、この説教強盗は(中略)昨年中高田、池袋、板橋方面で三十件 今年になって中野杉並方面で五十件、巧みに警戒網をくぐって活躍するので警視庁の出口係長、多田羅警部を始め高田署で躍起となって行方捜査中である

(1928〈昭和3〉年9月17日東京朝日朝刊7面)


【解説】

 「このごろ都にはやるもの」の落書ではありませんが、昭和の初め、民家に押し入って金銭を奪いながら、「庭は明るくした方がよい」などと防犯の心得を説く一風変わった強盗が東京周辺の各地に出没しました。その名も説教強盗。主に裕福な家庭を狙ったことから「昭和のねずみ小僧」とはやしたてる向きもありましたが、手口をまねた模倣犯が続出するなど世間を騒然とさせました。

 朝日新聞に「説教強盗」の見出しが登場したのが冒頭の記事です。1928(昭和3)年9月のこと。朝日新聞社史は「この記事ではじめて『説教強盗』の呼び名をつけ、やがて各社もこの呼称を使い、はげしい報道合戦になった」としています。記事の中から手口を見てみましょう。

 「便所くみ取口から(中略)忍びこみ(中略)金品を物色中、主人に目を覚まされると、居直って『お静かに願います 奥様やお子供様にお怪我(けが)があるといけません 少々お金を拝借致したいので』とやんわり脅迫」したそうです。

 確かに強盗にしては丁寧な口調です。刃物を持っていたのでしょうか。何で脅したのかが書いていないのが少し気に掛かります。

 手口は被害者から聞いたのか、警察からの情報なのかは不明ですが、現代の記事は、ここまで詳しく書くことはないように思います。警察は容疑者を逮捕した際、犯人しか知り得ないこと(秘密の暴露)を重視するそうですから、このように新聞に書かれては捜査がしにくくなる可能性もありそうです。

 記事に戻ります。強盗は、当初「仏壇の抽斗(ひきだし)から八円を盗み『もう少々』と脅して隣室のタンスから百十円を」手にしたそうです。人々がどこにお金を隠しているか把握していますね。かなり手慣れた様子です。

説教強盗は犬を飼うことをすすめたという拡大説教強盗は犬を飼うことをすすめたという
 その後「お宅には夜は電気がついていませんし、犬がおりませんから強盗に入るには大変都合がようございます、ぜひ犬はお飼いになるように」と説教をし「丁寧にお礼を言って2時間ほど居て逃走した」といいます。

 紹介した記事の見出しに「くどくどと親切振り」とありますが、現代風にするなら「居直り 防犯指南」などでしょうか。「くどくど」とは主観的な表現が過ぎますし、「親切振り」は親切な振りをしての意味でしょうが、省略しすぎてわかりにくくなっているためです。記事中に強盗が「警戒網をくぐって活躍するので」とあるのは「警戒網をくぐって犯行を重ねるので」くらいに直したいですね。新聞が犯罪を肯定するような表現はいただけません。

 この後、犯行はエスカレートしていきます。10月末には1日で2カ所に押し入りました。当然、警察は容疑者逮捕に必死になりますが不思議と捕まりません。新聞は、逮捕を免れている理由について「犯行後、落ち着いた物腰で強盗予防の説教をするなどして(被害の)届け出時間を遅らせ、夜明けに乗じ人出の多くなるころを見すまし姿を消す」と解説。「この犯人がもっとも用意周到なところは常に警察署の境界線付近にある家を選んで出没すること。届け出により警察が非常線を張った場合はすぐに別の警察の管内に逃げ込む」と巧妙さに舌をまいています(10月30日付東京朝日朝刊7面)。

1929年4月28日付東京朝日夕刊2面拡大犬の品評会の記事に「説教強盗が宣伝したためでもあるまいが犬は大流行」とある=1929年4月28日付東京朝日夕刊2面
 この強盗は多額の現金を手にしながら、豪遊することもなく、奪ったものを質に入れて現金化することもなく、逮捕につながる手掛かりも少なかったようです。

 余談ですが、防犯のため犬を飼うのもはやったそうです。翌年の29年4月に上野で犬の品評会が開かれた様子を紹介した記事で「説教強盗が宣伝したためでもあるまいが(中略)犬は大流行」と書かれています。

 当時の記事で、事細かに手口を紹介したためか、模倣犯も続出しました。ただ、本物の説教強盗と違い、手がかりを残しすぐに捕まっています。28年12月6日には「偽説教強盗 王子署に捕わる」との記事。この強盗は王子(現在の北区)周辺を荒らしましたが、逃走した際、押し入った民家の庭先に周旋状(職をあっせんする紹介状のようなものか)を落としていったためすぐ足がついたそうです。

1929年1月10日付東京朝日朝刊7面拡大1929年1月10日付東京朝日朝刊7面では、広いスペースを割いて説教強盗の記事を載せた
 一方、本物の説教強盗の被害は年が改まっても止まりません。29年1月10日付の紙面では、広いスペースを割いて「怪賊はなぜ捕まらぬか 犯行実に58回を数えて 風のごとき説教強盗」などの記事を載せています。「捜索熱の低下が最も主なる原因 刑事部永年の積弊」と警察に対する批判もとうとう飛び出しました。「各署の刑事は捜査上の材料を自分の虎の子にして(中略)抜け駆けの功名を博しようと」すると断じています。

 やまぬ強盗被害と頼りにならぬ警察の捜査に業を煮やしたのか、朝日新聞もある行動に出ました。詳しくは6月3日に更新の記事でご紹介します。お楽しみに。


【現代風の記事にすると…】

説教強盗また出没 元満鉄理事宅に押し入る 居直り防犯を指南

 16日午前2時半ごろ、東京府落合町下落合の元満鉄理事■■■■さんの自宅に強盗が入り、現金118円を奪ったうえ「防犯のために犬を飼うように」などと説教をして逃走した。警視庁高田署は捜査本部を設置し、捜査を進めている。

 捜査本部によると、午前2時半ごろ、■■さん方に覆面をした強盗が忍びこんだ。目を覚ました■■さんが金品を物色している強盗に気付くと、居直って「お静かに願います。奥様やお子様におけががあるといけません。少々お金を拝借したいのです」と脅迫。まず仏壇の引き出しから8円を盗み、「もう少々」とさらに要求。隣室のタンスから110円を奪った。その後も「まだ時間もありますから」として居座り、「お宅には夜電気がついていませんし、犬がおりませんから、強盗に入るには大変都合がようございます。ぜひ犬はお飼いになるように」と説教をするなど2時間ほど過ごした後に礼を言って逃走した。

 この説教強盗は、昨年は東京府内の高田、池袋、板橋方面で30件、今年になって中野、杉並方面で50件、警戒網をくぐって犯行を重ねている。

(菅野尚)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください