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昔の新聞点検隊

説教強盗に朝日新聞が懸賞金

菅野 尚

1929〈昭和4〉年1月19日東京朝日朝刊7面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています拡大1929〈昭和4〉年1月19日東京朝日朝刊7面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています
【当時の記事】

金一千円の懸賞 説教強盗の捕縛者に 本社より贈呈

三年越しの長期に渡り犯行約六十回に上り、帝都の内外に出没してゐるいはゆる説教強盗は警官隊の不眠不休の努力にも拘らず今もって捕縛されません、それのみか最近は幾多の模はう者さへ出て市民の生活は極度に脅かされ、殊にこの怪盗の頻出する郊外一帯の住民は全く不安に打ちをののいてゐます。本社はこの社会の公敵を一刻も早く取り除きたき趣旨からここに警視総監の諒解を得て左の懸賞を発表することにしました。

誰人でも(警官と然らざるとを問はず)いはゆる第一世説教強盗を本日より二週間以内(二月一日まで)に捕へた者に金一千円を贈呈す

一、 第一世説教強盗とは本紙でしばしばその旨報道した強盗を指し、捕縛した場合にその当人であるか否かの判定は警視総監に一任す

一、 警官と一般住民とを問わず二人以上で協力した場合の賞金の配分方法は警視総監に一任す

一、直接捕縛のことに当らざるも犯人と察知して当局者に密告しそれがため捕縛し得た場合はこれを有力なる協力者と認め同じく賞金三百円を呈す(ただし密告者は本人の希望によっては絶対にその氏名を秘す)

(1929〈昭和4〉年1月19日東京朝日朝刊7面)


【解説】

 昭和の初め、民家に押し入って金銭を奪いながら、「庭は明るくした方がよい」などと防犯の心得を説く一風変わった強盗が東京周辺の各地に出没しました。その名も説教強盗。100件近い犯行を重ねながらも捕まらず、模倣犯も現れるなど世間は騒然。そこで朝日新聞社もある行動に……というところまでは5月20日公開の「防犯の心得を説く『説教強盗』」で紹介しました。今回はその続編です。

 朝日新聞社が取った行動とは、説教強盗を捕まえた者に千円の懸賞金を出すことでした。そのお知らせが冒頭の記事です。

 まずは校閲の視点から点検。説教強盗を「怪盗」と呼んでいるところは「強盗」などにそろえましょう。「怪盗」は今ではマンガや小説などのフィクションの世界では使いますが、現実の強盗事件ではまず使いません。記事の末尾近くにある「当局者に密告」も、今なら「当局者に通報」などとするでしょう。

 ところで懸賞金の千円は今にするとどのくらいの価値でしょうか。「値段史年表」(週刊朝日編)によると、当時はそば1杯10銭(もり・かけ、1934〈昭和9〉年)、新聞購読料90銭(30年、大阪朝日、月ぎめ)。公務員の初任給75円(37年)、総理大臣の給料800円(31年、月額)とあります。千円は現在の数百万円くらいにはなりそうです。

説教強盗逮捕を報じる紙面。2面(1面は全面広告)と社会面がほぼ全面関係記事で埋まった=1929年2月24日付東京朝日朝刊2面(個人情報保護のため、一部文字を伏せています)拡大説教強盗逮捕を報じる紙面。2面(1面は全面広告)と社会面がほぼ全面関係記事で埋まった=1929年2月24日付東京朝日朝刊2面(個人情報保護のため、一部文字を伏せています)
 悪運はいつか尽きるもの。逮捕のきっかけはやはり地道な捜査でした。当初、警察は「強盗に入られた後、説教をされた」という被害届から、1927(昭和2)年9月に説教強盗が始まったとみていました。だがこの強盗は用心深く、数十回に及ぶ犯行で指紋や遺留品をほとんど残しておらず、捜査は手詰まり状態。立て直しのため、警察はそれ以前の強盗事件を洗い直し、説教強盗と体つきや侵入手口が似た事件をつきとめました。その事件は犯人が逮捕されていませんでしたが、幸い指紋が残っていました。この指紋を警視庁の鑑識課の記録と照合。「鑑識課は7日間ぶっ通しで40万の指紋を調べ上げた」といいます。ここで合致した指紋があり、これをきっかけに1929年2月23日に逮捕されました。

 逮捕されたのは20代後半の左官の男。1920(大正9)年、奉公先で金をくすね、窃盗罪などで一度刑務所に入り、ここで指紋をとられていました。出所後は心を入れ替え、左官の仕事につき妻子も得ました。だが家が火事にあったり病に悩まされたりして生活に困窮し、悪事に手を染めたようです。

 「説教の手口」は、強盗を重ねるうちに落ち着いた口調で話しかけて多額の金銭を得たことに味をしめ、続けるようになったといいます。犯行は100回を超し、現金総額4900円と多くの貴金属を奪ったことが、逮捕後の供述や捜査でわかりました。

 懸賞金は当初の期限を過ぎていましたが、朝日新聞社は千円の配分方法を警視総監に一任。捜査にあたった署員の慰労に使われたといいます。この強盗は逮捕の翌年、無期懲役の判決を受け服役。戦後、仮釈放されましたが、「死ぬまで罪をつぐないたい」と恩赦を申請せず、87歳で亡くなるまで保護観察のままだったといいます。

 亡くなった時は社会面に3段の見出しを立てた死亡記事が掲載されました。そこでは、仮釈放後に全国の警察署を回り、自身の強盗の経験を生かしたユーモラスな防犯講演をしたことなどのエピソードが紹介されています。


【現代風の記事にすると…】

お知らせ 説教強盗を捕まえた方に千円の懸賞金を贈呈 朝日新聞社

 3年間にわたり、東京近辺で60回の犯行を繰り返しているいわゆる説教強盗はいまだ検挙にいたっていません。最近は多くの模倣犯も出て市民の生活は極度に脅かされています。ことにこの強盗が頻繁に出没する郊外の住民は不安にかられています。本社は社会の不安を取り除くため、警視総監の了解を得て懸賞を発表することにしました。

 警察官であるかどうかにかかわらずどなたでも、説教強盗を2月1日までに捕まえた方に千円を贈ります。

 説教強盗とは模倣犯ではなく、本紙でしばしば被害を報じた最初の説教強盗を指します。捕まえた場合、本人かどうかの判定は警察が行います。

 警察官でも一般の方でも2人以上で協力して捕まえた場合の懸賞金の配分方法は警察に任せます。

 直接に捕まえなくても、説教強盗を発見して警察に知らせ、それが逮捕につながった場合は、協力者として300円を差し上げます。ただし本人の希望があれば決して名前を出すことはありません。

(菅野尚)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください