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昔の新聞点検隊

レーニン号事件/関東大震災(9)

1923(大正12)年9月12日付 大阪朝日朝刊3面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています拡大1923(大正12)年9月12日付 大阪朝日朝刊3面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています
【当時の記事】

浦潮よりレニン号

日本震災被害者救援の為め露国政府で組織した救護船レニン号(三千五百噸)は木材食糧を積込み露国赤十字救護班六十名を乗船し九日午後二時浦潮を出帆した、同船は神戸に寄港し米を買入れ震災地に向ふ筈で費用百五十萬金留を計上してゐ、尚近日第二救護船としてトムスク号は食糧品を積載し日本へ向ふ筈である(浦潮特電九日発)

(1923〈大正12〉年9月12日付 大阪朝日朝刊3面)


【解説】

 関東大震災をふり返るシリーズ。9回目は「レーニン号事件」をとりあげます。

 まずは校閲。「露国赤十字救護班六十名を乗船し」とありますが、「六十名を乗船し」は、おかしいですよね。「六十名」につづけるならば「乗せ」でしょうか。また、いまの朝日新聞の基準では「六十」は「60」、人の数は「名」ではなく「人」にします。「60人を乗せ」などとしてもらいましょう。

 「計上してゐ」はどうでしょう。「ゐ」のあとに「る」が必要ではないでしょうか。確認を求めます。

◇  ◇  ◇

 関東大震災による混乱がつづくなか、日本と当時のソ連のあいだで「すったもんだ」がありました。救援のための人員と物資を送ろうとするソ連と、それを拒む日本が対立したのです。

 「関東大震災と日米外交」(波多野勝、飯森明子著)などによると、当時のソ連は震災から約1週間後、「レーニン号」を出発させます。救援隊と医薬品などの支援物資をのせていました。

 問題は、ロシア革命によって、当時の日ソ間に国交がなかったこと。日本政府が対応する前に、レーニン号が出発してしまったことです。

 出発を知った日本は、物資は受けいれるが、「言語不通」を理由に、救援隊を「一切謝絶」する方針をきめます。「ソ連の過激思想」が、流れこむことを警戒したようです。

◇  ◇  ◇

 日本外務省は、レーニン号が神戸に向かうと思って準備していました。しかし、船は津軽海峡を通って千葉県沖に。やむなく横浜へ入港させ、12日に日本の担当者らが船に乗り込みました。

 「救援品は労働者階級に提供する」「震災は日本における革命達成上の天の使命」

拡大「レーニン号に退去命令」と報じる紙面=1923年9月15日付大阪朝日夕刊2面
 船にいたロシア人記者がそう話したと、日本側の担当者が報告します。物資も受けとらず、すぐにレーニン号に国外退去を求めることが、閣議で決まりました。

 レーニン号は、はじめは難色を示しましたが、折衝のすえに折れ、14日に出港。翌日の大阪朝日新聞は「救援と称して宣伝に レーニン号に退去命令」と伝えました=画像

 レーニン号の退去から10日後、ソ連政府は日本に抗議。日本は謝意を示しつつも、レーニン号の中に、不穏なことを言う者がいたとの報告があり、やむを得ず退去させたと釈明します。そのうえで、今後、特定の条件がなければ、救援物資を受けいれると伝えました。

 レーニン号事件によって、国交正常化交渉に大きな影響がでることは避けられました。

サハリンの大地震で日本は支援を申し出たが、ロシアのエリツィン大統領は「日本人は支援の見返りに(北方領土の)島を要求してくるかもしれない」と発言=1995年6月1日付東京本社版朝刊9面拡大サハリンの大地震で日本は支援を申し出たが、ロシアのエリツィン大統領は「日本人は支援の見返りに(北方領土の)島を要求してくるかもしれない」と発言=1995年6月1日付東京本社版朝刊9面
 震災から約1年半後、日ソ基本条約を締結。二国間の国交が回復しました。

◇  ◇  ◇

 最後に余談を一つ。関東大震災から72年後の話です。

 95年5月、ロシアのサハリン州北部で地震が発生しました。約2千人が命を落とすなど大きな被害がでましたが、ここで再び「すったもんだ」があったのです。

 当時のエリツィン大統領が、外国からの人道支援に対して、「後になって援助したことを利用しようとする国が出てくる。日本人は(北方領土の)島を要求してくるかもしれない」と発言。

 村山富市首相は「あくまでも人道的見地からの支援で、北方領土問題との関連は全くない。誠に残念」と不快感を示します。

 ほどなく、ロシアの駐日大使から、エリツィン大統領のメッセージが伝えられました。村山首相あてで、「他国より先に来たことを高く評価する」と感謝する内容だったそうです。

 歴史は繰り返すといいます。領土や歴史認識など、問題を抱えた国同士の関係は難しいものですね。


【現代風の記事にすると…】

ソ連から救援船

 関東大震災の被災者支援のため、ソ連政府の救援船レーニン号(3500トン)が9日午後2時、ウラジオストクを出発した。食料や木材などの支援物資を積み、60人の救護要員を乗せている。神戸で米などの支援物資を買った後、被災地に向かう予定。ソ連政府は近く、別の救援船を送り出すという。

(高島靖賢)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください