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昔の新聞点検隊

グングンのびる平均寿命

加勢 健一

1959(昭和34)年1月1日付 朝日新聞東京本社版 朝刊11面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています拡大1959(昭和34)年1月1日付 朝日新聞東京本社版 朝刊11面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています
【当時の記事】

日本も長寿の国の仲間入り
女は七十を越す 男もどうやら六十五  今年の予想

むかしは「人生七十、古来まれなり」といわれたが、最近日本人の平均寿命はグングンのびて、二十年から十一年間に実に十五年ものび、ことしはいよいよ七十歳を越えるというめでたい年になりそうだ、と厚生省ではいっている。といってもそれは女性のこと、男性の平均寿命が女性より短かいのは世界各国とも同じことで、わが国の男性はやっと六十五歳に到達する見込みだ。

寿命がのびた原因はなんといってもいい薬ができ、治療方法が進んだから。死亡原因から見てガン、高血圧の“文明病”や事故による死亡、自殺などは年々ふえているが、結核はもちろん、一時ふえる傾向だった卒中、心臓病、肝硬変なども急激にへって、差引き勘定では死亡率はへる一方、三十二年と三十三年を比べてみても千人に対して八・三人から七・四人と死ぬ率がへり、平均寿命は男が六十三・二歳から六十四・九歳、女が六十七・六歳から六十九・四歳と二年近くのびている。しかもこの上向きの線を下げる原因はいまのところまったくないので、この調子でいくと女性に関してだけは“人生七十歳”という宿望をことしは見事にやりとげるだろう、と厚生省では明るい見通しを立てている。

(1959〈昭和34〉年1月1日付 朝日新聞東京本社版 朝刊11面)


【解説】

 先月、日本人男性の平均寿命が初めて80歳を超えた、というニュースが伝えられました。女性の平均寿命も86歳を超えて2年連続の世界一に。また今月には、100歳以上の高齢者は今年5万8820人になり、44年連続で過去最多を更新すると報じられました。世界有数の「長寿大国」となって久しい日本ですが、厚生労働省によると「医療技術の進展により、平均寿命はまだ延びる余地がある」ということです。

 今回は、1959(昭和34)年の元日に掲載された「女性の平均寿命は今年、70歳を超すだろう」という予測記事をご紹介します。戦後の高度経済成長期に入ってまもない頃の話題です。校閲記者の視点から記事を点検してみましょう。

 まず、「むかしは」で始まる冒頭の文。最後まで読み進めないと「七十歳を越える」と言っている主体が「厚生省」であるとは分かりません。また、続く一文では「といってもそれは女性のこと」と、これが女性に限った話だと気付かされます。小説や日記などと違って、新聞記事は「大事な要素から順に書く」のがルールです。持って回った言い方はせず、読者に分かりやすいよう要点を簡潔に記していくのが良いでしょう。

 次に「寿命がのびた原因は」とありますが、この「原因」は「要因」としたほうがしっくりきます。辞書を見ると、「原因」の項の解説には「よくない物事に言うことが多い。『成功〔勝利〕の原因』などはまれ」(明鏡国語辞典第2版)とあります。この記事では「寿命がのびた」ことを好ましくとらえているので、「要因」のほうが自然です。

 「死亡原因から見て」で始まる文は、あまりに長いので少なくとも二つに分割するよう提案します。死因の増減、死亡率の比較、平均寿命の延びと、種々のデータが一文に盛られていて、すんなり理解できません。

 当時の紙面には「めでたい年になりそうだ」「宿望を見事にやりとげる」「明るい見通しを立てている」と、総じて前向きな文言が並んでいます。人々が古くから望んできた「長寿」が、国全体で実現されつつある状況に、晴れの元日紙面でクローズアップしたわけです。

1895年11月13日付東京朝日朝刊1面。当時の平均の享年は「36.8歳」だったという拡大1887~92年の平均の享年は「36.8歳」だったという=1895年11月13日付東京朝日朝刊1面
 寿命に関する報道をさかのぼってみると、最初期のものでは1895(明治28)年の「日本人享年の平均」と題する記事が確認できました(11月13日付東京朝日朝刊1面)。当時の内務省の調査によると、1887~92年の5年間に「死亡者の年齢を積算してこれをその死亡者の総数にて割り出した」データとして、平均の享年が「36.8歳」であると紹介しています。かつては乳幼児の死亡率も現代と比較にならないほど高く、亡くなった人全体の平均をとると、これほど「短命」な数字がはじき出されることになったと推測できます。

全国に100歳以上の人が97人いたという=1888年10月30日付東京朝日朝刊2面拡大全国に100歳以上の人が97人いたという=1888年10月30日付東京朝日朝刊2面
 一方、平均寿命が短かった時代でも、中にはかなり長生きの人がいました。1888(明治21)年の「百歳以上の長寿者」という記事(10月30日付東京朝日朝刊2面)は、前年の調べとして、全国の100歳以上の人の数を「合計九十七人」としています。うち、最高齢として「百十年が女一人」とあり、驚かされます。情報が正確だとすれば、この女性は江戸時代の安永年間(1772~81年)生まれになる計算です。

日本人の寿命が「諸外国に比べて劣る」と嘆く記事=1935年11月20日付東京朝日朝刊9面拡大日本人の寿命が「諸外国に比べて劣る」と嘆く記事=1935年11月20日付東京朝日朝刊9面
 1935(昭和10)年には、日本人の平均寿命は「男44歳、女46歳」と報じられました(11月20日付東京朝日朝刊9面)。ただし、見出しは「人生五十年より短い日本人の命」とネガティブで、本文では「いまだいわゆる『人生五十年』には相当の距離があり、外国と比べるとなお不良の状態である」と嘆いています。

 この2年後の37年には日中戦争が始まり、日本は第2次世界大戦へと突き進むことになります。戦況が厳しくなった大戦末期に召集された若者たちは「人生二十年」と覚悟したといいます。実際、多くの命が失われたことで、45(昭和20)年の男性の平均寿命は、そのまま戦争が続くと仮定した計算で「23.9歳」にまで落ち込んだのでした。

 戦後、寿命は飛躍的に延び、いまや平均寿命は男女とも過去最高に達したわけですが、日常生活に支障なく元気に過ごせる「健康寿命」はというと、男性70歳、女性73歳なのだそうです(2010年の厚労省まとめによる)。少子高齢化がますます進むなか、いかにして健康で長生きできるかが、この国の行方を左右すると言っても過言ではないでしょう。


【現代風の記事にすると…】

平均寿命女性70歳、男性65歳 厚生省予想 長寿国の仲間入りへ

 昔は「人生七十、古来まれなり」と言われたが、近年、日本人の平均寿命はぐんぐん延びている。厚生省によると、1945年からの11年間で15年も延び、今年は女性の平均寿命は70歳を超えそうだという。男性も、女性より平均寿命が短いのは各国共通だが、65歳に届く見込みだ。

 寿命が延びた第一の要因は、新薬の開発や医療技術の進歩にある。死亡原因から見ると、がんや高血圧、事故・自殺による死亡は年々増えているが、結核をはじめ、一時増加傾向にあった脳血管疾患、心臓病、肝硬変などは急激に減り死亡率は低下。57年と58年の死亡率を比較すると、千人に対して8.3人から7.4人と減っており、平均寿命は男性が63.2歳から64.9歳、女性が67.6歳から69.4歳と、2年近く延びている。厚生省は、このペースだと女性の平均寿命は今年のうちに「人生七十」に届くだろうと見込んでいる。

(加勢健一)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください