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昔の新聞点検隊

朝日新聞が怪盗ルパンを連載!

田島 恵介

1924(大正13)年8月10日付東京朝日朝刊2面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています拡大1924(大正13)年8月10日付東京朝日朝刊2面。画像をクリックすると大きくなります。主な直しだけ朱を書き入れています。現在の朝日新聞の表記基準で認めていない漢字の音訓や、当時は入れていなかった句点を入れる等については、原則として記入を省いています
【当時の記事】

世界的大怪奇探偵談
ルブランの「カリヲストロ伯夫人」
本社が絶対的の翻訳権を獲得

 予ねて欧米の読書界で問題視されてゐたモーリス・ルブラン最近の傑作アルセーヌ・ルパンの「カリヲストロ伯爵夫人」は今夏愈出版されたが、是と同時に本社は日本に於ける絶対的翻訳権を獲得し、その翻訳は近々本紙に連載する事になった。即ち本篇は日本に於て我社のみ翻訳権を占有するもので、絶対に他の翻訳翻案又は転載を許さぬものである。本書は巳に米国に於て翻訳権獲得の競争となり、遂に七万法(フラン)を以て米国に於ける翻訳権を取得した程で、さきにドロテの権利を占めた本社は茲に再び本書の権利を獲得してこの大作を読者に伝へる事にしたのである。「カグリヲストロ伯夫人」はルパンが二十五年間秘して語らなかったその青年時代に於ける一大怪奇探偵談で、百万の読者が知らんと欲してやまない怪人ルパンの生立ちの一端を洩らしこれによりて始めて怪盗紳士の素性を探る事が出来る。ルパン愛好者必読の文字である。

(1924〈大正13〉年8月10日付東京朝日朝刊2面)


【解説】

 この11月でフランスの作家モーリス・ルブラン(1864~1941)が生まれてちょうど150年(12月生まれとする説もあります)。ルブランといえば、怪盗アルセーヌ・ルパンの作者として知られています。

 私も小学生のころ、南洋一郎による訳書(ポプラ社版)を夢中になって読みました。もっとも、「奇巌城(きがんじょう)」「怪盗対名探偵」などには、英国のコナン・ドイルが生んだ名探偵、シャーロック・ホームズも登場するのですが、ことごとくルパンに打ち負かされてしまうので、ホームズが好きだった私は悲しい思いをしました。

 今ホームズは、三谷幸喜さんの翻案でNHKの人形劇が放映されて話題になっていますが、ルパンも負けてはいません。森田崇さんのマンガ「アバンチュリエ」が月刊漫画誌「ヒーローズ」で連載されていますし、ルパンの孫という設定の「ルパン三世」は、来春30年ぶりにテレビアニメの新シリーズがイタリアで始まります(日本でも放送予定ですが時期は未定)。今夏には小栗旬さん主演で実写版の映画「ルパン三世」が公開されました。

 今回は、そのルパンシリーズの作品「カリオストロ伯爵夫人」の翻訳が、朝日新聞の紙面に連載されることになったという、読者へのお知らせを取り上げます。

 ではいつものように記事を点検していきましょう。

 まず、「本書は巳(すで)に」とあるところ。「巳」(シ)は、「已」(イ)でなければなりません。「巳」「已」「己」(コ・キ)の3字は、古くは手書きでも活字でもさほど明確に区別されていませんでした。たとえば「記」「紀」のつくり(右側)も、「巳」と書かれることがありました。しかし、「み(巳)は上に、おのれ・つちのと(己)下につき、すでに・やむ・のみ(已)中ほどにつく」という伝承歌があることからも分かるように、すくなくとも中世以降は区別しようと意識されてきたようです。

 次に、「カリヲストロ伯夫人」とあるのは、「カリヲストロ伯爵夫人」の誤植でしょう。

 当時の記事には、ほかにも興味深い表現が散見します。たとえば、「読書界で問題視されてゐた」とあるのは、今なら「読書家の間で話題となっていた」などと表現するところです。「問題視」を悪い意味で使っているわけではありません。また、末尾に「ルパン愛好者必読の文字」とありますが、「文字」は「文章」のことです。文章の意味で「文字」を使うことは、今ではほとんどありません。強いて挙げれば、熟字の「閑文字(かんもじ・かんもんじ)」(無駄な字句や文章のこと)くらいでしょうか。

連載の1回目=1924年8月20日付東京朝日夕刊1面拡大連載の1回目=1924年8月20日付東京朝日夕刊1面

 さて、小説「カリオストロ伯爵夫人」は、1924年の8月20日付夕刊から「ルパン怪奇探偵 妖魔の呪(のろい)」というタイトルで連載が始まります。訳は保篠龍緒(ほしの・たつお、1892~1968)が担当しました。保篠は本名を星野辰男といい、後に「アサヒグラフ」の編集長を務めた人物です。

連載小説は12月19日に完結後、すぐ書籍化された=1924年12月30日付東京朝日朝刊3面拡大連載小説は12月19日に完結後、すぐ書籍化された=1924年12月30日付東京朝日朝刊3面
 連載は第103回(12月19日付)で終了し、完結後すぐに「妖魔の呪」という題名で書籍化されました。12月30日付の朝刊にはすでにこの本の広告が出ており、四六判、約350ページ、定価は1円(現在の貨幣価値で約4千円)だったことがわかります。翌年の2月23日付新聞広告に「四版出来!!」とありますから、かなり売れゆきがよかったと思われます。

 ルブランがルパンを誕生させたのは1905(明治38)年で、日本に初めて紹介されたのは7年後の12(大正元)年。三津木春影によって、「L'Aiguille creuse」が、「古城の秘密」という題で出版されました。この作品は今では「奇巌城」として知られていますが、このタイトルを考えたのも保篠だと言われています。

 ちなみに記事に登場する「ドロテ」も保篠が訳して、博文館の探偵傑作叢書などに収録されました。こちらもルブランの作品(1923年発表)で、アサヒグラフに連載している時は「怪奇探偵女ルパン」と副題がついていましたが、ルパンは登場しません。

 推理作家で評論家でもあった故松村喜雄さんは著書「怪盗対名探偵―フランス・ミステリーの歴史」で、以下のように書いています。「ルパンが日本で知られるようになったのは、保篠龍緒訳の講談調の小型本のお蔭である。筆者が少年の頃、この頃はこの平凡社版の小型全集がどの古本屋の棚にもゴロゴロしていたので、これで読んだが、この平凡社版がよく売れたため、以後再三にわたって、保篠訳が形を変えて刊行された」「いまでもルパンが日本で読みつがれているのは、保篠訳の功績である」

 この翻訳が後世の翻訳に与えた影響は大きかったようです。


【現代風の記事にすると…】

怪盗ルパン最新作「カリオストロ伯爵夫人」 翻訳権を獲得 本紙で連載へ

 このたび朝日新聞社は、フランスのモーリス・ルブランの探偵小説、「カリオストロ伯爵夫人」の翻訳権を獲得しました。近く、本紙で連載します。

 かねて欧米の読書家の間で話題となっていたこの作品は、怪盗アルセーヌ・ルパンシリーズの最新作で、今夏出版されたばかり。米国でも翻訳権の激しい獲得競争が繰り広げられましたが、日本では朝日新聞社だけが翻訳権を所持しており、他社の翻案や転載は認められていません。ルブランの小説では、「女探偵ドロテ」の翻訳権を取得していましたが、今回も再び翻訳権を獲得し、読者のみなさんに紹介することにしました。

 「カリオストロ伯爵夫人」は、主人公のルパンが、25年間秘密にしていた青年時代の出来事を語ります。今まで謎だった怪盗紳士の素性を初めてうかがい知ることができます。ルパンのファンには必読の作品です。

(田島恵介)

当時の記事について

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

  • 漢字の旧字体は新字体に
  • 句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
  • 当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください