昔の新聞点検隊
(2015/01/13)
アツーい税金攻勢
「たいやきくん」まないたの上
▼▼歌謡曲だ▲▲ 一億四千万円頂き 国税庁
▽▽いや童謡△△ 払う必要ないはず 会社側
大ヒットを続けている「およげ!たいやきくん」のレコードを前に、国税庁が頭をひねっている。普通のレコードは、趣味娯楽品として一五%の物品税を納めなければならないが、「童謡」ということになれば、税金はまったくのゼロになる。「たいやきくん」について、レコード会社は「あれは本来、テレビの子ども番組の歌」と主張すれば、国税庁は「いや、脱サラ、脱体制の歌として売れているのだから」とみる。レコードの売り上げ記録をつくるのは間近、と伝えられる「たいやきくん」だが、板ばさみになって、目玉も、くるくる回ってしまいそう。
毎日毎日、同じ型にはめられ、鉄板で焼きあげられるのがいやになったたいやきくんが、生まれ故郷?の海に脱出する。こんな奇想天外な歌が、レコードとなって発売されたのは昨年十二月二十五日だった。東京で爆発的にヒットしたあと、地方にも広がって、一カ月間で二百万枚を突破した。これまでの短期最多販売記録、といわれるぴんからトリオの「女のみち」の三百万枚を破るのは今月中旬ごろ、と製作のキャニオンレコード会社販売管理部・鳥島副部長は予測する。
一枚の卸値を三百円とすると、九億円の売り上げ。物品税の申告期限は販売二カ月後の月末だから十二月販売分は、ちょうど今月の末に当たる。会社にとっては総額一億四千万円も徴収されるか、タダですむか、の分かれ目だ。
「脱体制の歌だ、なんていう人がありますが、うちでは童謡制作部が担当しており、間違いなく童謡です。製作者の意図が問題なのであって、受け取る側がどうみるか、は問題ないはず。『たいやきくん』は納税申告しません」と鳥島副部長は語る。そういった伏線の意味もあってか、レコードには付録としてぬり絵も付いている。
ただし、少しでも国庫の赤字を埋めたい大蔵省や国税庁は、そう簡単に引き下がれない。担当の同省税制二課は、課税が妥当、ととれる言い方でいう。「製作者の意図は、買う人にはわからない。どういうように買われ、聴かれているか、総合的に判断すべきだ。本来、童謡が免税になっているのは幼児情操教育の一環としてであって、おとなが趣味・娯楽として聴くこともないからである」と。
(後略)
(1976〈昭和51〉年2月12日付 朝日新聞東京本社版朝刊22面)
【解説】
昨年4月、消費税が5%から8%に引き上げられました。今年10月には再び上がって10%になるはずでしたが、安倍晋三首相が「1年半延期する」と表明しました。矢継ぎ早の増税はいったん避けられましたが、首相は2017年4月には「確実に引き上げる」とも明言しています。私たち国民の負担は増す一方ですが、実は消費税が導入される以前にも、似たような税金「物品税」が存在していたことはご存じでしょうか。
今回ご紹介するのは、かの大ヒット曲「およげ!たいやきくん」のレコードが、果たして物品税の対象になるのかならないのか、という論争を取り上げた記事です。詳しい内容には後ほど触れるとして、いつものように点検から始めましょう。
まず見出しですが、「▼▼歌謡曲だ▲▲」「▽▽いや童謡△△」の部分の記号に目が行きます。最近の紙面では、このような記号の使い方はまずお目にかかりません。黒と白の三角形を並列させることで、意見の対立を際立たせようとしたのでしょうか。また、言葉の上と下を記号で挟むことにより、発言の引用を示すかぎかっこの役割を果たしているようにも見えます。いずれにせよ目を引くデザインではありますが、正確なニュアンスは読者に伝わるでしょうか。新聞は「分かりやすく」がモットーです。
本文に目を移しましょう。「たいやきくん」は課税対象でないと考える製作会社側と、課税対象であると考えるお役所側の言い分が紹介されていますが、それぞれの段落をつなぐ接続詞として「ただし」が使われています。大辞林第3版には「ただし」は「上に述べたことについて条件や例外を付け足すときに使う」とあります。今回は双方の主張が真っ向から対立する様子を描いているわけですから、「条件や例外を付け足す」のではなく、例えば「一方で」「これに対して」「対照的に」といった文言を置いたほうが、対比が際立つはずです。
指摘はこのくらいにして、議論を呼んだ物品税とは一体どんなものだったのでしょうか。
物品税とはいわゆる「ぜいたく品」にかけられる税のことで、その歴史は戦前にさかのぼります。日中戦争当時の1930年代後半、戦費調達のための特別税として宝飾品や貴金属などに課税されたのが始まりで、40年には物品税として正式に導入されました。課税対象も広がり、菓子、犬や猫といったペット、盆栽に至るまで税金がかけられるようになりました。
戦後も物品税は存続し、代表的な課税対象としては宝飾品のほかに毛皮製品、乗用車、電化製品、ピアノ、ゴルフ用品などで、税率は5~40%でした(1962年当時)。86年度の「物品税白書」によると、この年の物品税収の総額は1兆6500億円となり、上位には乗用車、クーラー、宝石類、テレビなどが並んでいます。物品税は最終的に、1989年の消費税導入をもって廃止されました。
消費税は生活必需品やぜいたく品にかかわらず一律に課税するものですが、物品税の当時には「どこまでが課税対象か」がたびたび問題となりました。食品や家電といった形ある商品ならまだしも、音楽のような知的財産をどう扱うのか――その象徴として注目されたのが「たいやきくん」だったのです。結果としてこの曲は童謡とみなされ、課税されないことになったといいます。
消費税の再引き上げにあたっては、生活必需品にかかる税率を低く抑えるべきだ、といった意見も出ています。再増税を延期するからには、どのような課税のあり方がよりふさわしいか、議論を深めなければならないでしょう。
【現代風の記事にすると…】
たいやきくんは物品税の対象?
→YES「脱体制の歌謡曲」国税庁
→NO「子供向けの童謡」製作会社
空前のメガヒットを続ける「およげ!たいやきくん」は物品税の対象になるのか、ならないのか――。レコードはふつう「趣味娯楽品」として15%の物品税がかかるが、「童謡」と見なせる内容なら課税はされない。レコード製作会社は「本来、テレビの子ども番組の歌なので童謡だ」と訴える一方、国税庁は「脱サラ、脱体制の歌として売れている歌謡曲」として課税対象と判断。双方の見解は真っ二つに割れている。
「たいやきくん」が発売されたのは昨年12月25日。全国で爆発的にヒットし、1カ月でレコード売り上げは200万枚を突破した。これまでの短期最多販売記録は、ぴんからトリオの「女のみち」(300万枚)だが、この記録を破るのも間近で、製作会社キャニオンレコードの鳥島副部長は「今月中旬ごろ」と予測している。
1枚の卸値を300円とすると、売り上げは9億円に達すると想定される。物品税の申告期限は販売2カ月後の月末なので、12月販売分はちょうど今月の末に当たる。製作会社にとっては、総額1億4千万円を徴収されるかどうかの分かれ目だ。
鳥島副部長は「脱体制の歌と言う人がいるが、当社では童謡制作部が担当していて間違いなく童謡。製作者の意図が問題であって、受け取る側がどう見るかは問題ではないはず。『たいやきくん』は納税申告しません」ときっぱり。童謡である「証拠」に、レコードにはぬり絵の付録がついている。
これに対して、国税庁は「課税が妥当」との見方だ。「製作者の意図は買う人にはわからない。どのように買われ、聴かれているか総合的に判断すべきだ。本来、童謡が免税になっているのは幼児情操教育の一環としてであって、大人が趣味・娯楽として聴くこともないからである」としている。
(後略)
(加勢健一)
原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から
等の手を加えています。ご了承ください