(ことばの広場+)

 11月11日付朝刊の「ことばの広場」で、「ご苦労様とお疲れ様」の使い分けを取り上げたところ、読者の皆さんからさらに様々なご意見をいただきました。筆者は以前、ビジネスマナーの本に「上司にはご苦労様ではなく、お疲れ様を使うのが正解」とあったのを、ずっと信じて使ってきました。ですから、タレントのタモリさんがテレビ番組で「お疲れ様も目上には失礼」と言っているのを見て、とてもびっくりしました。筆者と同じように驚いた方もいらっしゃれば、タモリさんと同意見という方もいました。ほかにも「『ございます』をつければどちらに使っても大丈夫なのでは」という意見もありました。もう少し歴史などを掘り下げてみたいと思います。

■消えた「大儀」と「苦労」の台頭

 お殿様が平身低頭する家臣に向かって「うむ、ご苦労であった」……。時代劇でよく見るシーンな気もしますが、江戸時代には「大儀」の方が一般的で「大儀であった」と言うのが自然だったようです。年配の方が「ご大儀でしたね」などと使っているのを聞いたことはありますが、今では、あいさつとして日常で使っている人は少なくなりました。
 
 大儀が消えはじめたのは明治期で、代わって使われるようになったのが「苦労」です。中央学院大学非常勤講師の倉持益子さんは、1935年に書かれた日露戦争回顧録の中で、皇族将校が部下に「ご苦労であった」と声をかけて、その部下が感激したという記述を見つけました。倉持さんは、「『大儀』は明治政府によって武士階級の象徴的な言葉と見なされたため、使われなくなったのではないか」と考えています。

 ただ「大儀」や「苦労」は、身分が上の者から下の者に使う言葉で、逆には使わなかったというのには、疑問があります。三省堂国語辞典の編集委員で、早稲田大学非常勤講師の飯間浩明さんは、江戸時代の浄瑠璃や歌舞伎で「ご苦労」を探しましたが、家臣から主君に使われている例しか見つけられなかったそうです。著書「遊ぶ日本語 不思議な日本語」で結果をまとめ、「<主君が家来をねぎらう>うんぬんは俗説である可能性が濃厚になってきました。目上の人を『疲れる』と表現するのはよく『苦労する』と表現するのはいけない理由を万人にわかりやすく説明することは困難です」としています。

 「ご苦労様」という言葉の原点は他人の苦労を思いやることで、身分の上下という要素は見当たりません。倉持さんの研究によると、大正から昭和にかけての大衆小説に時代物が多く、その当時の自然な言葉であった「ご苦労」が頻繁に登場したことも、ご苦労が定着した一因と考えられるそうです。

加藤 順子(かとう・じゅんこ)

2003年に入社し、広島総局など西日本各地を転々としていたはずなのに、ふと気付いたら校閲センターにいた、ひよっこ校閲記者。守備範囲は2次元から3次元まで限りなく広く浅い。アイドルから歌舞伎まで年40本の公演をみる舞台ファン。