(11月30日付朝刊に掲載した「ことばの広場」を再録しました)


 NHKの大河ドラマ「真田丸」が佳境です。大阪市天王寺区に今年建てられた「真田丸顕彰碑」には、真田信繁(幸村)が大坂の陣の際に徳川方の攻撃に備えて築いた出城の真田丸が半円状に描かれています。

 なのになぜ「丸」というのでしょうか? 公益財団法人日本城郭協会理事の加藤理文さんにうかがいました。

 城内で区画されたひとつの区域は「くるわ」と呼ばれていました。くるわとは一定の地域をその周囲と区別するために設けた囲いのことです。中世には「曲輪」、近世になり「郭」とも書かれました。くるわとは丸いものだという考えから、近世の城では「丸」があてられるようになったようです。

 これが城内の建造物にも使われます。最も主要なものなら「本丸」、西の方にあれば「西の丸」。城内から外に向けて造られると「出丸」。つまり、丸いから丸というのではないのです。真田が大坂城の南に突き出すように築いた出丸なので「真田(出)丸」となったと思われるとのことでした。

 ところで、ドラマの作者・三谷幸喜さんは本紙連載のエッセーで「『真田丸』は、信繁が築いた砦(とりで)の名前だが、真田一族を、戦国という海を渡る船に例えてもいる」と書いています。