(10月11日付朝刊に掲載した「ことばの広場」の拡大版です)

 行楽の秋を迎え、週末は観光地に向かう人も多いでしょう。移動手段は数あれど、車窓を眺めながらの鉄道の旅はやはり定番。

 来年の4月に一つの路線が廃止されます。JR西日本の三江(さんこう)線(全長108.1キロ)。三江線の名前は広島県の三次(みよし)駅と島根県の江津(ごうつ)駅の頭の文字をとっています。

 三江線に乗るためにぐるりと回る「一筆書き」の乗車券を購入しました。乗車券には乗る駅名と降りる駅名が表記されていますが、その他に経由する路線名や駅が表記されています。

写真・図版

(左)福山から三江線を経由する乗車券(右)江津駅発三次行きの三江線の列車=島根県江津市の江津駅。写真はいずれも大屋史彦撮影

 そもそも、路線名はどうやって決めたのでしょうか。

 現在のJR東海道線(東京-神戸間)の一部にあたる日本初の鉄道が1872(明治5)年10月14日に正式に新橋―横浜間で開業しました(これを記念してこの日を「鉄道記念日」としています)。その後開業した大阪-神戸間の時刻表が、1880年2月15日付の大阪朝日新聞に、官設鉄道の鉄道局(旧国鉄の前身)の広告として載っていますが、路線名はありません。「日本国有鉄道百年史」によると、当時は線路(路線)の名称は明確な取り決めがなく、運行駅間名で表していたのが一般的でした。

 政府は東京と京都の東西の「都」を鉄道で結ぼうと計画、当初は「中山道」沿いに建設を進めようとしました。1883年にこの計画が決定したときの公債証書発行の条例で「中山道鉄道公債証書条例」とはじめて「線路名」を呼びました。東京-京都間の鉄道建設は、「中山道」沿いでは難工事で工費もかさむなどが予想されたため「東海道」沿いに建設が変更され、先に開通していた新橋-横浜、神戸-大阪-京都などの間を埋める形で1889年7月に全通しました。後に東京駅まで延伸し、東海道線は東京-神戸間となっています。

 1895年の鉄道局長名の通達で全国の官設鉄道の線路名が初めて定められ現在の呼び方の基が作られました。ただ大船-横須賀間の横須賀線(神奈川)、大府-武豊間の武豊線(愛知)のような「支線」は名付けられていませんでした。

 1906年の「鉄道国有法」により、私設鉄道の日本鉄道(現JR東北線など)や山陽鉄道(JR山陽線など)などが国に買収され、国有鉄道は全国規模となりました。線路名を決めたのは、1909年に告示した「国有鉄道線路名称」です。

 線路名はこのように決められましたが、線路名と運転経路が一致しないケースもあります。例えば山手線。線路名の区間としては「品川-新宿-田端」ですが、東海道線と東北線をまたぎ、環状運転している列車を「山手線」と呼んでいます。