(7月4日付朝刊に掲載した「ことばの広場」を再録しました)

 かつて蝦夷(えぞ)と呼ばれた地が、北海道と命名されて今年で150年目。名付け親は、幕末の探検家、松浦武四郎です。松浦は伊勢(三重県)出身で、ロシアの脅威が迫る北方の実情を調査しようと自ら蝦夷や千島、樺太を探検しました。

 維新後、蝦夷の事情に詳しいことから、明治政府の一員になります。北海道庁などによると、蝦夷は異民族を意味するため、明治政府は新名称を審議。その際、松浦は古典やアイヌ語などから幾つか考案し、最も推したのが「北加伊道(ほっかいどう)」でした。

 先住民のアイヌの人々はお互いを「カイノー」と呼んでいました。松浦はアイヌの長老から、「カイ」はこの土地に生まれた者、「ノー」は尊称であると聞きました。また、熱田神宮の歴史を記した「参考熱田大神縁起」には「東国で暮らす人々は自らの国を加伊と呼ぶ」とあり、北加伊道こそ、この大地にふさわしいと考えたのです。

 結局、王政復古を掲げた明治政府によって、律令時代の七道にならい、水戸藩主・徳川斉昭(なりあき)らが唱えていた「北海道」と定められました。1869年8月のことです。松浦は国名(振興局、総合振興局の原形)や郡名の選定にも関わっており、それまでの貢献によって命名者として名を残しました。

中島 克幸(なかじま・かつゆき)

1958年、北海道生まれ。「上州をゆく」(あさを社)、「古都のドラマを訪ねて」=日本図書館協会選定図書(文芸社)、「江戸・東京のドラマを訪ねて」(同)など、旅、歴史の本を出版。「読むと、意外なドラマに出会えるかも」。