ことばは生き物。その持つ意味は時が経つにつれて移ろっていくのが必然です。世代が違うと、同じことばを異なる意味合いで使うこともしばしばですが、新聞は幅広い世代に読まれるもの。すべての読者に記事の意図を誤解させることのないよう、最大公約数のことばを探します。

「破天荒」は荒々しい?

 意味が移ろいつつある日本語の一つに「破天荒」があります。文化庁の2008年度の「国語に関する世論調査」によれば、「だれも成し得なかったことをすること」という本来の意味で使う人は17%、「豪快で大胆な様子」という意味で使うのが64%と逆転現象が起きています。
 この語の起源は中国の故事にあります。唐の時代、荊州の地からは一人も官吏試験の合格者が出ておらず、未開の荒れ地という意味で「天荒」と呼ばれていました。あるとき荊州から初めて合格者が出たため「天荒を破る」と話題になり、そこから前代未聞の出来事を「破天荒」と呼ぶようになったのです。「破」に「荒」と字面からはいかにも荒々しい印象がしますが、本来は混沌とした無秩序な状態を切り開く、というような意味もあったのですね。
 もちろん前代未聞の出来事は、しばしば大胆な発想や豪快な人柄によって生まれるものですから、全く別物というわけではありません。例えば「破天荒な試み」などとあった場合、書き手が意味を間違えていたとしても、本当に前例のない出来事について言っているのであれば、あえて直す必要は無いかもしれません。しかし「破天荒な性格」などとあった場合、人間の性格は過去と比較するといったたぐいのものではなく、何かを成し遂げたというわけでもありません。
 最近の記事では、ある指揮者について「『運命』と『田園』を間違えて振り始めた、猛烈に指揮をしながら客席に落ちた、などといった破天荒なエピソード」という表現がありました。これなどは新しさを強調したいような文脈ではないし、破天荒を使うのは不適当でしょう。「型破りのエピソード」という風に直してもらいました。

ひざは詰めずに

 原発事故による避難指示が出ている福島県川俣町で、帰還に向けた準備宿泊の期間が延長されたという記事。町幹部の発言として「町長は住民とひざを詰めて話をしたいという気持ちがある」とありました。「ひざ詰め」とはひざとひざが触れ合いそうな近い距離で、という意味ですが、辞書によっては「避けられないように間近に迫って圧力をかける」「のっぴきならないように迫る」などとあります。この記事の場合、町長は腹を割って話したいというだけで、住民に圧力をかけたいわけではないでしょう。紙面では「よく話をしたい」という表現になりました。同じ「ひざ」をつかった慣用句でも、「ひざを突き合わせて」などとしておけば、多少は柔らかい印象になったかもしれません。