「定石」と「定跡」

 今年3月、「アルファ碁」の実力が囲碁の世界に衝撃を与えました。アルファ碁は、米グーグル傘下の英企業が開発した囲碁の人工知能(AI)。AIはすでにチェスや将棋でトッププロを破っていたのですが、展開がより複雑な囲碁で同様の戦果を収めるのはまだ先ではないかと思われていました。それが、韓国の九段の棋士を圧倒し、4勝1敗の成績を収めたのです。

 計5局を巡る一連の記事の中に、囲碁を「指す」と表現する箇所がありました。しかし一般的に「指す」は将棋で使われる表現で、囲碁の場合は「打つ」と表現されます。一部地域に配られた紙面で「指す」のままになってしまいましたが、締め切り時刻の遅い紙面では校閲センター員の指摘により「打つ」となりました。

 囲碁や将棋の記事を書くためには専門的知識が要求されます。用語を正しく、適切な形で使わなければなりませんし、戦況を把握する力も必要となってきます。そのため囲碁・将棋記事の多くは専門記者が書いています。しかし、各地で行われる朝日アマチュア囲碁名人戦県大会などは、地方総局の記者が書くことも多いです。今回のアルファ碁の計5局にわたる対局はソウルで行われたということもあり、専門外の記者を含め複数人で慌ただしく取材や執筆を行う中で、「指す」と表現したようです。

 囲碁・将棋記事で気をつけるポイントはいくつかあります。長年、無数の人たちが囲碁を研究するうちに「こういう展開ではこのように打つのが最善」というパターンが確立されてきました。囲碁ではこれを「定石(じょうせき)」と呼びます。転じて、囲碁以外に関しても、物事を処理する際の通常の手法のことを「定石」と表現します。しかし将棋の場合は「定跡」。読み方が同じ「じょうせき」なので変換ミスが起こることもあります。

囲碁では使わない「王手」

 新聞の見出しで注意したいのは「王手」。将棋用語ですが、あと一手で目標を達成できるという時に、様々な分野の記事で使用できる便利な言葉でもあります。今年の大相撲春場所14日目、白鵬が琴奨菊に快勝して、あとは千秋楽を待つのみとなりました。翌日の朝刊スポーツ面には「白鵬36度目Vへ王手」(東京本社などの最終版)の見出しが躍っていました。このように一般用語として広く使われているわけですが、囲碁の記事に使うのはよくありません。元々は将棋用語なので、囲碁記事で用いるのは違和感があります。

 最後にもう一つ、気をつけたいのが「棋士」。多くの辞書で「職業として」囲碁や将棋をする人を指すとしており、アマチュアに対しては使わない言葉だと考える人が多いようです。プロと限定していない辞書もありますが、少なくとも初心者を指して使うのは避けた方がいいでしょう。