雰囲気は出ているけれど

 リオデジャネイロ五輪で、52年ぶりにメダルを獲得した競泳男子800メートルリレー。アンカーの松田丈志選手の様子を伝えた記事の中に「力を出し惜しみせず泳ぎ切った先に、両手を突き上げて喜ぶ3人が待っていた」という表現がありました。

 「力を出し惜しみせず」というのは別に間違いではないでしょう。ただ、体力温存も考えなければならない予選や準決勝ならともかく、メダルがかかった五輪の決勝で力を出し惜しみする人はいないはずです。「全力で」という雰囲気は出ているかも知れませんが、よく考えると当たり前すぎて不自然です。指摘して「力を出し尽くして」という表現に直してもらいました。

 「出し惜しみせず」もそうですが、校閲をしていると「うーん、言いたいことは伝わるんだけど少しずれてるんだよな……」という言い回しにたびたび出くわします。

 プロ野球の記事で、延長十回2死満塁から7点を取った広島打線に対し、広島の石井打撃コーチが「ほとほと感心した様子だった」という表現がありました。選手の勝ちっぷりに感じ入った雰囲気が表れています。
 ただ、「ほとほと」は心から、まったくという意味ではあるのですが、困ったときやうんざりしたときに使うことが多いことを考えると、「感心した」とはそぐわない気がします。こういう場合、一番手っ取り早いのは単に「ほとほと」を削ってもらうこと。とはいえ、文章の機微にも関わるので、校閲としては、文章のニュアンスをなるべく変えないよう、辞書を引いたり周りの人に相談したりしつつ、 文意にぴたりとあてはまる代替案を探して知恵を絞ります。
 
 この時は「つくづく」を提案し、採用。途中版からは「つくづく感心した様子だった」となりました。

「苦戦」は成功か失敗か

 リオ五輪で、惜しくも1次リーグで敗退した男子サッカー。開幕直前の様子を伝える記事の中で、「FW久保裕也の招集に苦戦した」とありました。

 「苦戦」とは不利な状況で戦うことや、何かをなしとげるために大変な努力をすることを言います。結果的に成功した場合でも失敗した場合でも使われる表現なので、単に「苦戦した」と書いたのでは、結局久保選手を招集できたのかどうか分かりません。

 日本サッカー協会は久保選手を招集しようとしたものの、所属するスイス・ヤングボーイズに拒否されました。その後交渉を続けていたものの、この記事が出た段階では、既に久保選手の招集を断念して、代わりのメンバーを用意していました。結果が出ているのならそれが分かるような表現にしては提案すると「久保裕也の派遣を、所属するヤングボーイズが拒否した」という書き方になりました。