「枳」「梼」「沂」……昭和30年代、大阪本社だけが常備していたらしい活字の例です。それぞれ用途が思い浮かぶでしょうか。  今回も、社内資料「統一基準漢字明朝書体帳」第3版(1960年)の巻末に掲げられた「ローカル字」をご紹介します(前回の画像を参照)。ローカル字とは、4本社共通で整備する対象として選んだ4000字のほかに、各本社がそれぞれの事情で活字を用意していた漢字です。

 活版時代、手元に必要な字がなかった場合は母型を取り寄せたり、時間がなければ別々の活字のへんとつくりを組み合わせて間に合わせたりしていたといいますから、ローカル字についても「ある/なし」がそのまま「紙面に使える/使えない」ということに直結していたわけではありません。しかしローカル字の品ぞろえは地域ごとの必要性や使用実態を反映したものであり、漢和辞典的な知識におさまらない面白さがあります。

 ただし、その地域でその活字がなぜ必要だったのか容易に想像がつくものもあれば、今となってはよくわからないものもあります。また、ローカル字に選んだ具体的な理由を記した資料が残っているわけではないため、「想像」が当たっているかどうかは保証の限りではありません。そのあたりはどうかご容赦ください。

 前回は東京本社と名古屋本社(書体帳での表記は「中部」)のローカル字を眺めました。今回は大阪本社の分を見ていきます。前回掲げた表のつづきを下に掲げましたのでご参照ください。「卞」や「曺」など、東京や名古屋と重複する字は省いています。

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 (以下、文字の番号は前回からの続きで、表との対照のため便宜的に振ったものです)

写真・図版

 

 18の「呰」は音読みはシで、「せめる」「そしる」「きず」といった意味の字ですが、大阪本社のローカル字に入った理由として考えられるのは、岡山県にあった「呰部町(あざえちょう)」でしょう。書体帳が作られるよりも少し前、1953年に合併で北房町になるまで上房郡にあった町です。その後さらに合併して真庭市の一部になっていますが、同市には今も「上呰部」「下呰部」の地名、そして市立「呰部小学校」があります。
 「呰」のつく地名としては他に福岡県みやこ町(旧豊津町)の「呰見(あざみ)」がありますが、こちらは自治体名でなかったためか、西部本社のローカル字には入っていませんでした。

 19の「峅」は「くら」と読む国字で、富山県の地名に使われる字として知られています。自治体名としては、1954年まで上新川郡「船峅村(ふなくらむら)」がありました。大沢野町を経て現在は富山市になっており、今も市立「船峅小学校」があります。このほか、立山町には岩峅寺(いわくらじ)、芦峅寺(あしくらじ)といった地名があり、富山地方鉄道に岩峅寺駅があります。
 朝日新聞では1989年秋から富山県域が大阪本社から東京本社に移管されましたが、2011年春からは再び大阪本社が管轄するようになっています。

 20の「垪」も国字で、かつて岡山県久米郡に「垪和村(はがそん)」、「大垪和村(おおはがそん)」がありました。前者は1953年に合併で旭町に、後者は1955年にやはり合併で中央町になり、さらなる合併で現在は共に美咲町になっています。地名だけでなく、垪和(はが)という姓も時々紙面に登場しています。

 21の「掖」は、団体名「日本海員掖済(えきさい)会」や、中国の地名「張掖」「掖河」などで出てくる字ですが、大阪本社のローカル字に入った理由は、奈良県南葛城郡にあった「掖上村(わきがみむら)」でしょう。1955年に御所町に編入され、現在は御所市になっています。今も市立「掖上小学校」やJR「掖上駅」などがあります。

比留間 直和(ひるま・なおかず)

1969年生まれ。学生時代は中国文学を専攻。1993年に校閲記者として入社し、主に用字用語を担当。自社の表外漢字字体変更(2007年1月)にあたったほか、社外ではJIS漢字の策定・改正にも関わる。