憂った、憂わない、憂っちゃう……。「憂(うれ)える」の文語の形「憂う(憂ふ)」が現代語に生き残り、そこから本来とは異なる活用が生まれていることを、前回取り上げました。文語では下二段活用または上二段活用なのに、五段活用として使われるケースが出てきている、というものです。

 文語の形が現代語に生き残り、しばしば使われている動詞はほかにもあります。本来とは異なる活用のしかたが見られるのは、「憂う」だけではないようです。

■ササぐ、ササいだ、ササがない?

 単行本の冒頭に、「(この作品を)○○に捧ぐ」といった献辞を見かけることがよくあります。この動詞は口語では「捧げる」ですが、書物の献辞などではしばしば「捧ぐ」という文語の形が使われています。池田満寿夫さんの「エーゲ海に捧ぐ」という小説・映画を思い出す方もいらっしゃるでしょう。

 文語の形「捧ぐ」は、前回の「憂う」と同様、現在の新聞にもしばしば登場します。

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(注)国の常用漢字表には「捧」が含まれていないため、報道機関の多くは「ささげる/ささぐ」と平仮名で書くのを原則にしていますが、朝日新聞では2010年12月から独自の判断で「捧」を常用漢字並みに使っています。

 口語の「捧げる」が下一段活用、つまり「捧げない、捧げます、捧げる、捧げるとき、捧げれば……」と活用するのに対し、文語の「捧ぐ」は下二段活用で「捧げず、捧げたり、捧ぐ、捧ぐるとき、捧ぐれば……」となります。
 見出しなどで時々「母に捧ぐ金メダル」のような言い方が出てきますが、体言(名詞など)を修飾する連体形は、口語なら「捧げる」、文語なら「捧ぐる」であるため、このような場合は口語の「捧げる」を使うよう勧めています。

 もし五段活用の「捧ぐ」という動詞があれば連体形は「捧ぐ」になりますが、国語辞典を引いてみても、「捧ぐ」を五段(四段)活用としているものは見当たりませんでした。「憂う」を「五段活用」として載せている三省堂国語辞典も、「捧ぐ」は示していません。

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 では、仮名漢字変換ソフトではどうなっているでしょうか。前回述べたように、「憂う」は主要な仮名漢字変換ソフトで「ワ行五段活用」として用意され、「憂わない」「憂った」などと変換されました。
 「捧ぐ」の場合はどうなのか、手元の ATOK や Microsoft IME、Google日本語入力 で試したところ、いずれも「ささぐ → 捧ぐ」という形では変換されました。しかし、ガ行五段活用だった場合に想定される別の形、すなわち「ささがない」「ささぎます」「ささいだ」「ささごう」などについては、「捧がない」「捧ぎます」「捧いだ」「捧ごう」といった変換候補は出てきません。
 つまりこれらの仮名漢字変換ソフトでは、「捧ぐ」は五段活用の動詞として用意されているのではなく、「ささぐ → 捧ぐ」という固まった形で登録されているわけです。現代語での需要と、文法的な規範とを両立させたものと言えるでしょう。
 仮名漢字変換で出てきた「捧ぐ」が実際の文のなかで終止形として使われるか、あるいは連体形として使われるかはユーザー次第ですが、「捧がない」などの形が出てこないのであれば、少なくともこれらの変換ソフトが「捧ぐ」の「五段化」を後押ししている、ということは無さそうです。

 とはいえ、ネット上で「捧がない」「捧いだ」「捧ごう」などを検索すると、実際に使っている例を見ることができます。「○○に捧ぐ」という使われ方を見て、五段活用だと思ってしまうのでしょう。五段活用である「そそぐ」や「すすぐ」と音が似ていることも影響しているかもしれません。

比留間 直和(ひるま・なおかず)

1969年生まれ。学生時代は中国文学を専攻。1993年に校閲記者として入社し、主に用字用語を担当。自社の表外漢字字体変更(2007年1月)にあたったほか、社外ではJIS漢字の策定・改正にも関わる。