前回からご紹介している、1979年に東京本社活版部(当時)がまとめた資料「活版←→編集 文字の呼び方対比一覧」は、活版部で使われてきた字解きと、記事の入力や送稿を担当していた「連絡部」の字解きとを、漢字ごとに並べて対照させた冊子です。収録対象は、当用漢字見直しの過程で1977年に国語審議会が発表した「新漢字表試案」の1900字でした。

 →  文字@デジタル「職人たちの『字解き』」

 活版方式の字解きが人の入れ替わりの少ない職人の世界で受け継がれてきたものであるのに対し、連絡方式の字解きは出入りが激しい編集部門で使われてきたものでした。そのため、実際にはさまざまな言い方があったようで、この資料を連絡部出身者に見せても「自分は別の言い方を習った」というケースが珍しくありません。
 とはいえ、こうした資料をまとめるにあたっては、「我流」の字解きはなるべく選ばないようにしたはずです。当時の人気芸能人の名前など、はやりすたりの激しいものも避けたでしょう。
 では、この資料に載っている「人名による字解き」にはどんなものがあったのでしょうか。

 資料に載っている「連絡読み」のなかから、人名と思われるものを使っている字解きを探したところ、以下の20字がありました。〔当初16字としていましたが、秩・渡・片・勇の4字を加えました=2016/11/09追記〕

【為】
 活版:ためす・い、なす・ため
 連絡:為朝のタメ

【悦】
 活版:よろこぶ・えつ
 連絡:悦ちゃん(悦楽)のエツ

【寛】
 活版:ひろし・かん
 連絡:菊池寛(寛大)のカン

【吉】
 活版:よし・きち
 連絡:秀吉のヨシ

【謙】
 活版:けんしん(けんきょ)のけん
 連絡:上杉謙信のケン、言ベンにカネル

【孔】
 活版:あな・こう、こうしのこう
 連絡:孔子のコウ

【康】
 活版:やす・こう
 連絡:家康のヤス、健康のコウ

【秀】
 活版:ひで・しゅう
 連絡:秀吉のヒデ、優秀のシュウ

【照】
 活版:てる・しょう
 連絡:あまてらすのテラス

【双】
 活版:ふたつ・そう
 連絡:双葉山(双子)のフタ

【秩】
 活版:ちちぶのちち
 連絡:秩序(秩父宮)のチツ

【渡】
 活版:わたる・と
 連絡:渡し舟のワタシ、渡辺のワタ

【徳】
 活版:のり・とく
 連絡:徳川のトク

【片】
 活版:かた・へん
 連絡:片っ方(片山)のカタ

【弁】
 活版:わきまえる・べん
 連絡:弁慶のベン

【浦】
 活版:うら・ほ
 連絡:浦島のウラ

【豊】
 活版:ゆたか・ほう
 連絡:豊臣のトヨ~ユタカ ※

【勇】
 活版:いさむ・ゆう
 連絡:勇気のユウ、近藤勇のイサム

【隆】
 活版:たかし・りゅう
 連絡:西郷隆盛のタカ

【郎】
 活版:おとこ・ろう
 連絡:太郎次郎(野郎)のロウ

   ※「~」は、補足のために重ねて読む場合を示す。


 ごらんの通り、ほとんどが歴史上の有名人です。「孔子」「為朝」「弁慶」「上杉謙信」「豊臣」「秀吉」「徳川」「家康」「近藤勇」「西郷隆盛」……。比較的新しい「菊池寛」や「双葉山」も、すでに歴史的評価が定まった存在で、字解きにはうってつけです。
 「照」の「あまてらす」や「浦」の「浦島」などは「人名」と呼んでよいか微妙ですが、一応入れておきました。「渡」の「渡辺」や、「郎」の「太郎次郎」などは、特定の人ではなく、一般にそのような名前を書くときの字、という趣旨でしょう。

■五輪選手か、子役スターか

 20字のなかで、何を指しているのかはっきりしない人名がひとつありました。「悦」の字解きの「悦ちゃんのエツ」です。確かに「エッちゃん」といえばたいてい「悦子」あるいは「悦夫」「悦也」など「悦」で始まる名前の愛称でしょうから、特定の誰かでなくても字解きとしては通じそうです。とはいえ、「渡辺のワタ」や「太郎次郎のロウ」などに比べるとやはり唐突感があります。

   写真・図版

比留間 直和(ひるま・なおかず)

1969年生まれ。学生時代は中国文学を専攻。1993年に校閲記者として入社し、主に用字用語を担当。自社の表外漢字字体変更(2007年1月)にあたったほか、社外ではJIS漢字の策定・改正にも関わる。現在、朝日新聞メディアプロダクション用語担当デスク。