【解説】


 「忠犬ハチ公」。日本一有名な犬ではないでしょうか。東京・渋谷駅前の銅像は今でも待ち合わせの目印として親しまれています。

 ハチは東京帝国大学農学部の教授だった上野英三郎(ひでさぶろう)博士(1871~1925)の飼い犬でしたが、1925(大正14)年5月に博士が急逝した後も、10年間毎日渋谷駅で待ち続けました。今年の3月8日は、ハチが生涯を終えてからちょうど80年。今回は、ハチの死を報じる記事を取りあげます。

 まずは点検から。
 ハチが8日朝に「亡くなった」とあります。「亡くなる」は日本国語大辞典によると「人が死ぬことをやや婉曲(えんきょく)にいう語」。ハチは人ではありませんが、大勢の人に愛されたハチを「死んだ」などと書くのは忍びなくて、擬人化して「亡くなった」と書いたのかもしれません。

 飼い主の名が「上野秀三郎博士」とあるのは、「英三郎(ひでさぶろう)」の誤りです。

 ハチの後援者として「芸界」の「井上正夫」「川田芳子」の名が挙がっています。芸界は今なら「芸能界」でしょうか。芸界の人というだけでは分かりにくいので、どんな人か分かるような肩書が欲しいところです。いずれも当時活躍した俳優でした。

 記事末尾の「犬と雖(いえど)も中々犬死とはいへない」は、抜いた方がいいのでは、と筆者に提案したいところです。多くの人が悲しんでいる「ハチ公の死」を伝える記事に、だじゃれは不要です。記者が茶化しているように読めてしまいます。

 最後に見出しに戻ると、「死して博物館を飾る」となっていますが、記事には「どこに落ちつくかはまだ判(わか)らない」とあります。この記事の見出しとしては先走りすぎです。

 ハチはこの後、剥製(はくせい)にされ、東京・上野の国立科学博物館に展示されました。ハチは晩年、左耳が垂れていましたが、国立科学博物館では今でも両耳がピンと立った若い頃の姿に復元されたハチを見ることができます。

 ハチは渋谷駅で飼い主の上野博士を待つ姿が朝日新聞で報じられ、人気者になりました(2010年10月12日公開「ハチ公は名犬と訂正します」参照)。

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

・漢字の旧字体は新字体に
・句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
・当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください

山村 隆雄(やまむら・たかお)

1968年生まれ、千葉県出身。91年入社、名古屋本社校閲部。以来東京、福岡、大阪と異動しつつ校閲の仕事を続ける。2008年から東京本社校閲センター次長。高校、大学で柔道部。プライベートでは犬を猫かわいがりしている。