【解説】


 「1億総活躍社会の実現」。10月に発足した第3次改造内閣で安倍晋三首相が掲げたこの言葉を聞いて、みなさんが一番先に連想したのは何だったでしょうか。「一億総○○」という言葉はこれまでにも様々に使われてきました。私が真っ先に思い浮かべたのは、「一億総中流」と「一億総懺悔(ざんげ)」でしたが、いやいや「一億総白痴化」だ、という人も多そうです。今回は、この「一億総○○」という言葉がこれまで新聞紙上でどんなふうに使われてきたかを探してみました。

 初めて朝日新聞の見出しに大きく登場したのは、1942(昭和17)年6月19日、太平洋戦争が始まって半年たったころの記事でした。見出しの頭に「一億総進軍」と、いかにも戦時の言葉が使われています。どこに向かって進軍するのかと思えば、「貯蓄」だといいます。戦争遂行のために、国民全体で230億円の目標を達成しようという運動の会議が開かれました。

 まず記事を今の視点で点検すると、「二百三十億貯蓄」と「円」が抜けています。また、「午後一時から大東亜会館で開かれた」と、「大東亜会館」がどこにあるのか当然読者が知っていることのように書いてありますが、「東京・丸の内の」と所在地を入れてもらいましょう。ちなみに現在の東京会館のことです。

 いまでは芥川賞、直木賞といった文学賞の贈呈式の会場や結婚式場として知られる華やかなイメージの場所ですが、1940年に、この年結成された大政翼賛会に徴用されました。42年には徴用が解除されたものの「大東亜会館」への名称変更を内閣から命じられ、記事が書かれたこの頃には軍の関係行事が多く開かれていました。

 さて、会議にはその翼賛会の幹部を含め、東条英機首相や蔵相、貴族院議員に東大教授など各界の代表が集まっています。そのなかに「紅数点」、3人の女性の名前があります。1人目は家政学者で後に日本女子大の家政学部長、名誉教授となった氏家寿子さん。そして、大正時代に平塚らいてう、市川房枝らと新婦人協会を結成し、女性参政権の実現に尽力、戦後は参院議員となった奥むめおさん。そして昨年のNHK朝ドラ「花子とアン」のあの村岡花子さんです。3人とも現在まで名を残す女性たちですが、記事では氏名のみで肩書、属性が書かれていません。肩書を重要視しすぎるのも良くありませんが、何の分野のどういう人かという紹介の意味で「家政学者の氏家寿子さん」「婦人運動家の奥むめおさん」「作家の村岡花子さん」など、読者に分かりやすい言葉で書いてはどうでしょうかと提案します。

 ちなみに、氏家さんと奥さんは日本女子大の前身である日本女子大学校の卒業生。日本女子大といえば、現在放送中のNHK朝ドラ「あさが来た」のモデルである広岡浅子さんが創立に尽力した、日本で最初の女子大学校です。

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

・漢字の旧字体は新字体に
・句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
・当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください

薬師 知美(やくし・ともみ)

1983年兵庫県・淡路島出身。09年入社、東京校閲センター。2年間の千葉総局勤務を挟み、関東暮らしが長くなっても、口を開けば関西弁。鉄道のない島で育ったため、大人になってテツ子の道へ。地図とビールを片手に鉄道旅をするのが好き。