【解説】


 70年ほど前、丸みを帯びて通常では立つはずのない卵が立春に限って立つという噂(うわさ)が世界を駆け巡りました。それを受けて、中央気象台(現気象庁)の技師らが卵を立てるのに挑戦するという記事がのりました。今回はこの記事を紹介します。戦後すぐ、1947(昭和22)年の記事です。

 さっそく点検していきましょう。2段落目の「キタイだね」は「奇態だね」、つまり「不思議だね」というような意味でしょうか。「奇態」は「普通と違って珍しいこと。不思議なこと」(日本国語大辞典)。今はこのような使い方はあまりしませんね。同じ段落で「すねていた最後の一つもお間」とありますが、卵が「すねる」とするのも変なので「難航していた」くらいでしょうか。「お間」は「お時間」の意味で「時」が抜けているのでしょうか、と指摘してみます。記事の組み方にも注目してください。卵の話だけに写真を丸く加工しています。当時としては斬新な作り方だったのではないでしょうか。

 紹介した記事は実は続報で、前日の2月5日付に「不思議や卵が立つ 上海 実験で大にぎわい」と報じられていました。

 中国・上海で、立春に卵が立つという話が地元各紙にのり、人々が「われもわれもとこの実験に成功して今年の幸福を授かろうとしたため」、卵の値段が12倍にも跳ね上がったそうです。記事によると、中国の外交官が古書からこの話を発見。1945年、別の中国の人物が通信社特派員の前で成功させ、47年に再び、この2人が上海でラジオが実況中継するなか、新聞社の記者やカメラマンを集めて、目の前で実験したそうです。

 実験は大成功。2月3日の深夜に行われ、4日の朝になっても倒れず、タイプライターの上にも立ったそうです。4日の英字紙も1面の4段分を割き「歴史的な実験に成功」と報じ、成功させた特派員は「これは魔術でもなく、また卵を強く振ってカラザ(筆者注・卵の内部にあるひも状のもの)を切り、黄身を沈下させて立てる方法でもない。ましてやコロンブス風でもない」と話しています。

 「コロンブス風」というのは卵の殻をつぶして立てること。コロンブスの逸話から来ています。「大陸発見なんて誰にでもできる」と言われたコロンブスが、「それでは卵を立ててみよ」と言うと、誰も出来ませんでした。そこでコロンブスは卵の尻をつぶして立てて見せたと言われています。今でも「コロンブスの卵」と言えば、「誰にも可能なことでも最初にあえてすることの難しさ」「人の気づかない点」を意味する慣用句として使われます。

 朝日新聞の2月5日の記事で、米ニューヨークでもある女性が「信頼できる証人を前に」実験し、成功させたとあり、この話は世界的な広がりをみせたようです。日本でも朝日のほか、毎日新聞や札幌の新聞でも同様の実験の様子がのりました。朝日の記事では「みなさん、今年はもうだめだが、来年の立春にお試しになってはいかが」とも呼びかけています。

写真・図版

=1947年2月5日付東京本社版朝刊2面

 さて、ここまで読んでみなさんはどう思われましたか。「丸い卵が立つわけがない」「ひょっとして立春には特別な力が働くのでは」「とりあえず実験をしてみよう」など色々あるでしょう。

 当時、この話を新聞で読んで科学の立場から調べたのが、物理学者の中谷宇吉郎博士(1900~62年)です。中谷博士は石川県出身で、雪の結晶を顕微鏡で観察し分類したほか、36年に世界で初めて人工雪を作ることに成功した人です。

 記事がのった2月に記した随筆では「これは或(あ)る意味では全紙面を割いてもいいくらいの大事件なのである」、卵が立つのが本当ならば「地球の廻転(かいてん)か何かに今まで知られなかった特異の現象が隠されているのか、あるいは何か卵のもつ生命に秘められた神秘的な力によるということになるであろう」と冒頭で記しています。

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

・漢字の旧字体は新字体に
・句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
・当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください

菅野 尚(すがの・なおし)

東京都出身、バブル末期の1991年入社。大阪を中心に西日本を回る。釣りやダイビングに目覚め、魚の生態観察に癒やされる。最近はスポーツジムで泡風呂にひたり、その後はビールの泡におぼれる日々を送る。