【解説】


 5月26日、東京・井の頭自然文化園の象、はな子が息を引き取りました(27日付朝刊)。推定69歳でした。1949(昭和24)年に戦後初の象として来日してから67年。多くの人に愛されました。

 冒頭で紹介したのははな子が上野動物園に到着したときの記事です。今の校閲記者の視点から点検してみましょう。

 はな子は来日当初はタイで「象」を意味する「ガチャ」(当時は「ガジャ」と表記)と呼ばれていました。この記事では親しみを込めて名前に「嬢」をつけていますが、今では人間の女性でも「○○嬢」とは呼びません。今なら「ガチャさん」「ガチャちゃん」でしょうか。「ハナ」「鼻」と表記がバラバラなのもそろえたいところです。

 見出しの「オシャレだね」も少し引っかかります。水浴びをして旅の汚れを落とすのは、今なら「きれい好き」と言った方がぴったりきます。「オシャレ」という言葉の使い方が変わってきているのかも知れません。

 写真のすぐそばに点線で囲って「写真 旅のアカを落すガジャ嬢」という説明があります。この配置なら写真の説明であることは自明なので、「写真」の2文字は不要でしょう。

 はな子は1947年ごろタイで生まれ、日本に贈られました。贈り主とされるのはタイで経済大臣なども務めた親日家のプラ・サラサスさんと長男のソムワン・サラサスさん。ソムワンさんによると、はな子は「象牙の密猟で親が殺された後、私が自宅で世話した子ゾウ」(1993年7月2日付東京版)。「祖母の代からタイ王室に仕えていた象の子」とした記事もあり、実際はどうだったのかは今となっては謎です。

 49年8月22日にバンコクを船で出発し、9月2日に神戸に到着=①。当時の記事には、はな子は「伝えられたより非常に小さく、二歳半で身長四・二フィート(約130センチ)、体重約百貫(約380キロ)で子牛ほどの可愛らしさ」で愛敬を振りまいたとあります。記事につく写真をみると、はな子の周りを人が取り囲み、子供たちが写生したりしています。

原文どおりに表記することを原則としますが、読みやすさの観点から

・漢字の旧字体は新字体に
・句点(。)を補った方がよいと思われる部分には1字分のスペース
・当時大文字の「ゃ」「ゅ」「っ」等の拗音(ようおん)、促音は小文字に

等の手を加えています。ご了承ください

山村 隆雄(やまむら・たかお)

1968年生まれ、千葉県出身。91年入社、名古屋本社校閲部。以来東京、福岡、大阪と異動しつつ校閲の仕事を続ける。2008年から東京本社校閲センター次長。高校、大学で柔道部。プライベートでは犬を猫かわいがりしている。