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孤族の国

こちら「脱・孤族」下宿 仲間はいろんなオッチャンたち

2011年2月9日21時3分

写真甲子ドミトリーに住む吉川元基さん(左)と高橋利治さん。風呂場で住人の交流が芽生える=大阪府吹田市、小林裕幸撮影

写真関西大学千里山キャンパスの目の前に立つ甲子ドミトリー=大阪府吹田市、坂本写す

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 人と人との絆が薄れ、単身者が増える日本社会。その足元に広がる問題を追いかけるシリーズ「孤族の国」が昨年12月から朝日新聞で始まると、大学生からメールが届いた。「私の下宿では学生もお年寄りも『孤族』と無縁の暮らしを送っています」。訪ねると、そこは今や珍しい共同浴場が住人をつなぐ古いアパートだった。

 大阪府吹田市の関西大学千里山キャンパス。メールをくれた関大3年生の吉川元基(きっかわ・げんき)さん(21)が暮らすのは、北門前の鉄筋4階建て「甲子(こうし)ドミトリー」だ。

 午後7時すぎ、1階玄関脇の共同浴場。

 「ああ、そこ気持ちええ。長生きするわー」

 1階に住む高橋利治さん(83)の背中を、吉川さんがたわしでこすっていた。2人は親戚でも昔からの知り合いでもない。風呂で顔を合わせ、親しくなった間柄だ。

 元船乗りの高橋さんは住んで約30年。年金暮らしで姓名占いに凝っている。「君も名前を変えたらもっと運勢がよくなるよ」。高橋さんが言うと、吉川さんは「あ、まあ、考えときます」と笑った。

 甲子ドミトリーは築42年。4畳半〜6畳1間の洋室が90室並ぶ。建ったころは各部屋に電話があり、「ハイセンス学生マンション」が売り文句だった。しかし、トイレや洗面所の共同利用が敬遠され、20年ほど前から学生が減り始めた。約60人の住人のうち学生は約20人。半数以上は一人暮らしの中高年男性だ。

 吉川さんが京都の実家を離れてやって来たのは2009年5月。親に頼らずアルバイトだけで生計を立てようと「一番安いアパート」を探すうち、家賃月3万円以下のドミトリーを選んだ。

 入居後すぐ、2部屋隣の目つきの鋭い「こわもてのオッチャン」がセールスマンに怒鳴り散らす声が聞こえた。暑い日には何人もの住人が上半身裸で廊下をうろついていた。「えらいところに来た」

 でも冬の寒い日、水しか出ない洗面所で顔を洗っていると、こわもてのオッチャンが「これ使うか?」と鍋に入った沸かし湯をくれた。風呂場で一緒になると、「何回生や」と話しかけてきた。

 オッチャンは、4階から2階に部屋を移るおじいさんの引っ越しの手伝いもしていた。ドミトリーでは、住人たちが新聞1部を回し読みしている。「みんなつながって暮らしてるんや」と気づいた。

 「こわもてのオッチャン」こと末次正文さん(62)は居住歴10年以上。離婚をきっかけにやって来た。持病の糖尿病で電気会社を辞め、主に障害年金で暮らす。部屋の壁には小学校に上がる前の一人娘と潮干狩りに行ったときの写真が飾ってある。「みんないろんな事情があってここにいる。言葉に出さんでも、仲間意識があるんかなあ」

 2階の植木職人の男性(54)は半年前、部屋で軽い脳梗塞(のうこうそく)に見舞われた。午後6時からの一番風呂でいつも一緒になる1階の70代男性に救急車を呼んでもらった。「ここじゃなかったら、孤独死していたかも」

 その男性は同じ一番風呂仲間の3階の元シェフの男性(62)から時々食事を差し入れてもらう。元シェフはレストラン経営に失敗し、妻と別れてドミトリーに来た。今は仲のいい住人のために時々、料理をドアノブにかけておく。「みんなろくなものを食べてない。作り過ぎた時にお裾分けしているだけだよ」

 3階の関大院生で中国人の邱昆鵬さん(24)も元シェフから差し入れをもらっている。中国内陸部・江西省の山あいで育った。「ここは私の村にちょっと似ている。みんなの思いやりを感じます」

 ドミトリーのオーナー家族の男性(54)は「今の雰囲気を大事にしたい」。建て替える予定は当面ないと言う。

 吉川さんは1月17日、もっと学生に入居してもらおうと、ゼミの後輩約20人を「見学ツアー」と称してドミトリーに連れてきた。

 後輩は「オッチャンばっかりですね」「寒そうですね」と口々に言ったが、吉川さんは「人と人の絆が薄れつつある今、一番大切なものが詰まっている」と熱く語った。

 2月1日、後輩の一人が入居した。今度は「風呂ツアー」を企画するつもりだ。(坂本泰紀)

  

孤族の国

  単身世帯の急増と同時に、日本は超高齢化と多死の時代を迎えます。「孤族」の迷宮から抜け出す道を、読者の皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
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