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孤族の国

彼は無表情だった 「孤族の国」男たち―5

2010年12月30日22時52分

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写真街宣の様子を撮影し、ネット上に投稿してきた男性=兵庫県内、仙波理撮影

写真中高生らが襲われた現場を警察庁の安藤隆春長官が視察した。長官が記者らに囲まれる様子を若い女性が携帯電話で撮影していた=27日、茨城県取手市、仙波理撮影

 休み時間は、いつもひとりでいた。本を読むでもなく、携帯電話をいじるでもない。休憩室を出て、日当たりがいい場所に、ただ座っていた。

 茨城県つくばみらい市の工場に勤務する男性(44)は、昨年9月まで部下だった期間契約社員のそんな姿を、よくおぼえている。

 彼は、反物状のフィルムを梱包(こんぽう)し、ラベルを貼り付ける仕事をしていた。仕事は丁寧で、中高年の同僚7人と一緒に黙々と作業を続けていた。

 口数は少ないが、声をかけると丁寧に受け答えをする。女性たちが「お菓子、食べようよ」と誘うと、控えめに輪に加わるが、翌日にはまたひとりで、ひなたに座る。

 元上司は語った。「コミュニケーションが得意じゃないんだろうが、普通の青年だった。あんな事件を起こす人間とは思えない」

 12月17日の朝、JR取手駅前で、中高生らが乗るバスに包丁を持って乱入した。バス運転手の怒号と生徒たちの悲鳴。あごを切られた女子高校生のマフラーが血に染まった。切られたり殴られたりして、14人が負傷した。

 斎藤勇太容疑者(27)。工場を辞めた1年2カ月後、不特定多数の未成年にやいばを向けた。殺人未遂容疑で現行犯逮捕され、「人生を終わりにしたかった」と供述した。

 茨城県警によると、斎藤容疑者は高校を卒業した後、半年ほど予備校に通った。だが大学には進まず、10回ほど職を変える。3年前に母親を亡くし、年金暮らしの父と同居していたという。昨年、工場との契約が切れた後は職に就かず、自宅にこもっていた。

 県警の捜索時、部屋にはテレビやパソコンといった、外界とつながる道具が一切なかった。高校時代に好きだったという本も一冊もなく、友人、知人とつながる携帯電話も持っていなかった。

 取手駅から約9キロ離れた同県守谷市内に、容疑者の自宅はある。事件の2カ月前、近所の60代女性が会っていた。

 髪を肩まで伸ばし、ぶかぶかの部屋着姿だった。一言も発しない。「中学生のころと、ずいぶん変わっちゃったな」と感じた。女性が何より驚いたのは、まったく表情が無かったことだった。

 つながりを断った1年2カ月について、斎藤容疑者は何も語っていない。事件の動機についても、弁護士に「表現しづらい」と話している。

 工場の元上司は思う。ひとりが好きなのだと思っていたが、実は違っていたのかもしれない。してやれることがあったんじゃないか。「でも、子どもたちを傷つけたのは許せない。しかりつけたい」

 弁護士を通じ、元上司がそう語っているのを知った斎藤容疑者は、こうつぶやいたという。「そんなふうに思ってくれている人がいるんだ」

■居場所を探す 宗教にネットに

 12月上旬、中国地方の大学で、大津市の会社員(36)が大学教員ら約40人を前にして、「大学におけるカルト勧誘」をテーマに講演をした。「大学に入ったばかりは、知り合いが少なくて寂しいですよね。ベンチで1人で座っている新入生が狙い目です」。「孤独を狙う」との文字を映し出したスクリーンの前で声を張り上げる。

 「僕もそういう人に声をかけました。例外なく話を聞いてくれました」。自らがしたことへの後悔がこもる。

■家族より濃い血

 1993年に大学に入学したが、遊ぶことばかりに熱心な同級生に違和感を持った。入試を終え、新しい目標も持てない。話し相手が欲しくなり、前年、受験を前に大学を下見したときに声を掛けられた「人生を考えるサークル」に電話をした。

 講義の選択方法や試験対策を丁寧に教えてくれる。飲み会や食事会、合宿が頻繁に開かれる。サークルが新興宗教の偽装だと分かった後も、キャンパスの外にある「部室」に通い詰めた。少し年上の東大生が、教義をマンツーマンで教えてくれた。まるで兄のよう、いや「家族より濃い血」が流れていると感じた。

 教団で生きていこうと決心した。4年生で大学を中退。「なぜだ」と父は激怒し、母は泣いた。昔の自分のような大学生を、今度は自分が「兄」になって勧誘し、100人以上を誘い込んだ。

 お布施集めにも奔走した。「保険も解約したし、もうだいぶつぎ込んだ。もう出せるものは……」。土下座して号泣する高齢女性を「地獄に落ちますよ」と脅し、50万円をむしり取った。

 認められて本部職員となり、ネット対策を担当した。教団を攻撃するサイト運営者を、告訴すると脅す日々。「おまえ、変わっちゃったな」と言われたくなくて、教団の外にいる知り合いを避け続けた。

 そんなある日、ふと疑問がわいた。なぜ、教団職員の残業代が支払われないのか。なぜ、教団の会長に絶対服従なのか。なぜ、会長はぜいたくな生活をしているのか。外部の人たちが言うことの方が、正しいのでは……。

 12年間在籍した教団を去ると、孤独が押し寄せた。家族より濃いつながりのはずの仲間から、ぱったりと連絡が来なくなった。就職はしたが、同僚との付き合い方が分からず、3回転職した。教団に入る前よりつらい。まるで、焼け野原に一人でたたずんでいるように。

 孤立感から抜け出せたのは3年後。結婚して子どもが生まれ、家を建てた。同じ年齢の男性が送っている生活を、自分も営めるようになったと思えたときだった。

■サイトの有名人

 かき入れどきの土曜だというのに、店のシャッターは閉じていた。朝方までソファでパソコンを操り、そのまま眠ってしまったのだという。

 兵庫県の阪急沿線、駅前に続く通りの一角で、男性は小さな洗車店を営む。だが、実際は休業状態。週1度、食料を買いに出かけるほかは、店舗2階の自室にこもってインターネットに浸る。

 自分のことを「僕」と呼び、眼鏡の奥で人が良さそうに笑う34歳には、ネットの世界にもう一つの顔がある。「bureno(ブレノ)」。動画サイトでは、ちょっとした有名人だ。

 「スパイの子」「日本から出て行け」。画面の中で、日の丸や拡声機を手にした男たちが、ののしり声をあげる。今年8月、右派団体の幹部らが威力業務妨害容疑で逮捕された朝鮮学校前の街宣を、この男性が撮影した。

 ドラマのように軽快な音楽をつけて編集した「作品」はネットに投稿され、累計で数十万回もアクセスがあった。各地の街宣に同行し、投稿を繰り返していた男性は、団体幹部とともに逮捕されたが、「関与が薄い」として不起訴になった。

 「ブレノ」は、滑らかなカメラワークで「ぶれない」という意味を込めた登録名だ。自身の活動を、海上保安官が「sengoku38」の名で尖閣沖の衝突映像を流出させた事件とダブらせる。「日本はもっと怒っていい」

 自分の居場所はどこだろうか。いつも探してきた。

 小学生のとき両親が離婚した。父と母の家を行き来して育ち、小中だけで五つの学校に通った。捨ててあるラジオやゲーム機を持ち帰り、自宅で一人、分解して遊んだ。

 理系の専門学校を中退し、カプセルホテルのフロントなど職を転々とする。父が亡くなり、遺産を元手に、車の塗装剤の販売を始めたが失敗。洗浄水を特別な濾過(ろか)装置に通した現在の店も振るわない。「自分のこだわりは、世の中には分からない」と強がる。

 動画や書き込みを投稿する度に、引用、転載されていないかを確認する。取材の日に男性が検索すると、以前投稿した写真が17カ所からリンクを張られていた。「ちょっと少ないなあ」

 掲示板には、何百もの投稿が秒単位、分単位で届く。自分の発言に、ほかの人から反応がある時、男性の胸は弾む。一瞬一瞬の反応でいい。認められている、と思える。

 現実の社会で右派団体の撮影にのめり込んだのは、行く度に喜ばれ、必要とされたからだった。だが、会のメンバーの多くは、彼を「ブレノさん」と呼び、逮捕されるまで本名すら知らなかった。

 事業のため、生活のために取り崩してきた父の遺産は間もなく底を突く。最近の夕食は1キロ200円のソーメンを小分けして食べている。「愛国」にすがり、見ないようにしていた現実に目を向ける時期は、近づきつつある。

 本当は何をしたいのか、と聞くと、拍子抜けするほど普通だった。

 「中小企業でこの人がいると便利だなっていう人がいるでしょ。パソコンもサッと使えて、ホームページもチラシもつくれる。本当は、そうやって役に立ちたいんです」(鈴木剛志、西本秀)

■自分を追い込む若者たち

 茨城・取手事件の斎藤勇太容疑者について、彼を知る人を訪ねて歩いた。職場で一緒にお菓子を食べた女性は「あんなことをする子じゃない」と動揺した。元上司も「私たちが知っている斎藤君じゃない」と。

 これらの印象と、忌まわしい凶行との落差が胸につかえている。

 斎藤容疑者は、度重なる転職、失業、母の死などの苦境や不運をいくつか抱えていた。社会から切り離されていく間に、やり場のない怒りを心の中にため込んでいたのかもしれない。突然、爆発するほどに。

 新興宗教に10年以上を捧げた36歳。ネットにのめりこむ34歳。彼らの素顔は、まじめで少し不器用な青年だった。そんな若者たちが、時に日常に背を向け、自分を追い込む。

 社会から認められない。社会とつながっていない。そんな不遇感を募らせるのは彼らだけではないだろう。顔を上げて、すぐ近くに目を向けてみれば、自分はひとりではない、と気付かせてくれる誰かがいるかもしれない。(鈴木剛志)

  

孤族の国

  単身世帯の急増と同時に、日本は超高齢化と多死の時代を迎えます。「孤族」の迷宮から抜け出す道を、読者の皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
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