現在位置:
  1. asahi.com
  2. ニュース
  3. 特集
  4. 孤族の国
  5. 記事

孤族の国

少女のような目の母と 「孤族の国」男たち―6

2010年12月31日21時30分

印刷

ソーシャルブックマーク このエントリをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録 このエントリをdel.icio.usに登録 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをBuzzurlに登録

写真94歳の母里津子さん(左)に大きな声で話しかける森谷康裕さん。食品雑貨店を営みながらの介護が続く=東京都葛飾区、仙波理撮影

 居間のかもいに、額縁入りの賞状が並ぶ。米寿の祝いなどに贈られた「寿状」は、亡父あても含めて3枚。94歳になるベッドの上の母を、静かに見下ろす。

 介護保険で、最重度より一つだけ軽い「要介護4」。週1の訪問入浴を済ませ、おぼつかない手つきでコップを口元へ。「あっ、こぼすよ」と慌てて近づく長男を、少女のように澄んだ目で見つめる。

 森谷康裕さん(66)は父が逝った10年前から、母里津子さんと2人きりで暮らす。東京都葛飾区にある築39年の木造2階建てで小さな食品雑貨店を営む。

 昨年、母の左太ももの骨折がわかったが「もう治せない」と医者に言われ、ほぼ寝たきりになった。耳が遠くなり、終日つけっぱなしのテレビの音も聞こえているかどうか。最近の会話は「今」と「過去」が入り乱れる。

 そんな母との生活を「自営だから良かった」と思う。お兄ちゃーん、と呼ばれれば、すぐ飛んでいく。親類の消息を問われても「あの人、もう死んじゃったでしょ」と耳元で何度でも正してやれる。

 いつの間にか居着いた猫が、ひだまりの部屋を通り過ぎていく。

 4人きょうだいの一番上だった森谷さんは、高校を中退して16歳で、両親の店を手伝い始めた。すぐにオート三輪を買い、毎朝6時に市場へ。父が作るきんぴらや煮豆は評判で、年の瀬になれば自家製の「お節」を買いに来る常連客を、親子3人でさばいた。

 30歳過ぎで見合い結婚したが、1年足らずで破綻(はたん)した。「サラリーマン家庭みたいに決まった休暇が欲しいと言われても、ね」

 時代は流れ、街は変わる。

 駄菓子の売れ行きが落ち、主婦は消費期限が表示されたパックの総菜を好むようになった。常連客は老い、店の前を通り過ぎる人々は向かいの駐車場付きスーパーへ吸い込まれていく。

 忘れられた孤島のような商店の陳列棚に品物は少なく、閉店セール最終日のようだ。

 森谷さんはほとんど外出せず、毎日3度の食事を作って母に食べさせ、おむつを替えて寝かしつける。独身の弟(58)が週2回は顔を出すが、妹たちはあまり来ない。「旦那や孫の世話で忙しいんだろう」。ため息がもれる。

 2人の時間は、10年前から止まっているかのようだ。だが、母は卒寿を過ぎ、自分も高齢者と呼ばれる年齢に達して、同じ病院に通う。10年後、一体どんな暮らしが待つのか、考える余裕はない。

 「車いすにさえ乗せられれば、日帰りでも連れ出してやれるんだけど」。そう言いながら、2年前の旅行の写真を手に取った。満開の芝桜を背にした母は、少し不安げに、こちらを見つめている。

■息子介護の本音 言えた

 残業を終えて帰宅すると、母は出走直前の競走馬のような目をしていた。明け方まで続く徘徊(はいかい)の前兆だ。「向こうに行ってろっ」。思わず頭をたたくと、みるみるうちに白髪が鮮血に染まった。急いで病院へ。「次は通報します」と医師は言った。

 数年前のことだ。

 鈴木宏康さん(51)は独身で、アルツハイマー型認知症を患う82歳、要介護3の母を介護する。川崎市の築30年を超す分譲団地の4階、3LKで2人の生活を続ける。

 電機メーカーの下請け会社を辞めたのは46歳。リストラ含みの配置転換で嫌気がさしていたとき、母の病状が悪化した。四六時中、部屋を動き回って、独り言を繰り返す。水道の蛇口は開けっぱなし。そばを離れられなくなった。

 最初はアルバイトに出るつもりだった。でも面接で「欠勤しないで」と言われれば諦めるしかなかった。昼間預かってくれるデイサービスの利用料を差し引けば、時給は実質275円。施設に入れる貯蓄もなく、母の年金で暮らそうと決めた。

 生活は想像を絶した。

 力任せに玄関ドアをたたき続ける母を部屋にとどめておけず、昼も夜も背後から追って、何キロも歩き続けた。たびたび行方不明になり、連絡を受けては連れ帰る。やむをえずデイサービスに預けた晩は、興奮して大暴れ。地域のケアマネジャーに愚痴をこぼすと「育ててくれた親でしょ」と言われ、心が折れそうになった。もう二度と行政には頼るまい、と決心した。

 たまに元同僚や友人から飲み会へ誘われたが、断った。苦しい胸のうちを訴えたところで何になるのか。そもそも母を置いて外へ出られない。周囲に壁を築き、2人だけで閉じこもるような日々。

 ボランティアの女性(63)が訪ねてきたのは、この頃だ。「気になる親子がいる」というケアマネらの訴えで、様子を見にきた。片時も落ち着かぬ母の横で、ふてくされてたばこを吸い続けていると、集まりに顔を出して、としつこく誘われた。足を運ぶうち、「本を書いたら」とすすめられた。

 2人きりの閉じられた空間に、少しずつ新しい空気が入っていく。

 日記を書いたこともないのに真夜中、パソコンに向かった。2009年、単行本「息子介護」を出した。つたなくも過激な表現で、孤立無援な日々に正気を失いかける心境をつづる。「自分自身の人権なんて言ったら、介護なんてできない」「日にいく度か心の中で殺すのです。お袋を」

 単行本は話題を呼んだ。同居の親をみる無職の独身男性の「本音」を聞きたいと、介護職や行政担当者らが続々とやってくる。介護関係者の会に誘われることも増えた。

 鈴木さんは気が向くと、母を連れて、そんな会に参加する。「キャバクラに行く方がいいに決まってます」などと憎まれ口をたたきながら。(高橋美佐子)

■「ごめん」2階に父の遺体

 2階に上がると、目の前の部屋の床には楕円(だえん)形のしみが広がっていた。北関東の新興住宅地の一角にある、築14年の木造戸建て。薄茶色のフローリングに広がるしみは周囲が黒く、中心部は白い。

 1人でここに住む男性(39)が7カ月間、父親の遺体を寝かせていた跡だ。

 「仏様だから、頭は北に向けて、こうやって、そっと布団の上に寝かせて……」

 丸刈りの男性は、遺体を布団に乗せた様子を、腕を広げて示した。刺繍(ししゅう)の入ったジャンパーにジャージーのズボン。家の中には、ゲームセンターで取ったぬいぐるみがいくつも飾ってある。

 2009年2月のある日。66歳の父親が心臓発作が起きたように苦しみ始めた、という。「心臓マッサージのようなことをして、発作が治まったのでよくなったと思って寝ちゃって」

 目覚めると、父は息を引き取っていた。呼びかけても、返事はない。

 「医者に診断書を書いてもらうためのお金もなくて、お葬式代もないし、家のローンも残っているし、もうどうにもならなくて」

 ほとんど使われていなかった一番きれいな部屋に遺体を寝かせた。毎日、「ごめんな、ごめんな」と声をかけ、顔を触り続けた。

 遺体と2人きりの生活が終わったのは、「父親の姿をみない」という近所の通報があったからだ。父の死後も年金を受け取っていたとして、男性は詐欺容疑で逮捕された。死亡を届け出ていれば保険でローンを返済できたことは、取り調べで初めて知った。

 「所在不明高齢者」の存在が明らかになった昨夏以降、この種の事件が各地で発覚した。首都圏の住宅地で、地方都市で、山村の集落で、同じことが起きている。男性の場合、生活の歯車が狂い始めたのは10年ほど前。母の病気が悪化したことが理由だった。

 当時は父、母、妹との4人暮らし。ローン返済には父親の収入が不可欠だったため、男性が仕事を辞めて看病や家事をした。さらに父が交通事故で大けがをし、両親の面倒をみなければならなくなった。収入は1カ月おきに振り込まれる、約30万円の年金だけになった。

 母は、06年冬に死亡。1年半たたないうちに、今度は妹が心臓の病気で亡くなった。国民健康保険料すら払えず、父親の容体が急変しても、医療費が心配で119番できなかった。

 「住宅ローンの保険のことを知っていれば」。猶予つきの有罪判決を受けて自宅に戻った男性は、家族3人の遺影が並んだ仏壇の前でそう語る。相談できる知人や親族はいなかった。父親が役所に頼ることを嫌がっていたので、公的機関にも駆け込まなかった。孤立に導かれるように、男性は年金詐取に走った。

 今、生活保護を受けている。就職のあてはない。将来どうするのか、日が暮れると考え込む、という。

 年を取っても親と同居している人は年々増え、収入は年金頼みということも多い。家族関係の研究を続けてきた、山田昌弘・中央大教授は「年金パラサイト」と表現する。

 「寄生」が、「介護放棄」になることもある。12月22日、津地裁の法廷に立った桐本行宏被告(57)は、そんな一人だ。

 「年金を半分あげる」と言われて母親と同居を始めた。だが数年後、ささいなことから対立。食事を運ばなくなり、さらには当時80歳の母の部屋が開かないよう、ふすまに釘を打った。母の死を確認した後も約1年半、年金をもらい続けていた桐本被告は詐欺のほか、保護責任者遺棄などの罪に問われている。

 「お母さん、ごめんなさい。愚かな息子です。恥ずかしく、情けないです。小学校の入学式の時につないだ手の温かさを覚えています。もしできるのなら、あのころに戻りたいです」。留置場で壁を眺めながら考えたという謝罪の手紙を弁護人が読む間、桐本被告は声を上げて泣いた。(中井大助)

■介護で引きこもり 防ぐ手を

 私の兄は44歳の独身サラリーマン。都内の実家に住んでいたが、最近一人暮らしを再開した。以前は「結婚して独立を」とせかした妹の自分が、ここ数年は、老いた両親のそばに兄がいる「安心感」に寄りかかってきたことに気づく。

 介護をする家族で最も孤立しやすいのが「高齢の親と同居する独身の息子」とされる。家事に不慣れで近所とのつながりが薄く、地域の見守りや緊急支援の対象からも外れてしまう。高齢者虐待のトップも息子で、夫や娘をはるかにしのぐ。

 「介護のせいで職を失ったのに、落後者という負い目に苦しむ」と春日キスヨ・松山大教授は警告する。介護する息子の「声にならないうめき」は、時に命を危機にさらす。

 老いた親と経済的に苦しむ子が、「家」という密室に引きこもるのを防ぐため、早い段階から他者がかかわる必要がある。「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」が、一昨年設立された。受け皿は、各地に生まれつつある。(高橋美佐子)

  

孤族の国

  単身世帯の急増と同時に、日本は超高齢化と多死の時代を迎えます。「孤族」の迷宮から抜け出す道を、読者の皆さんと一緒に考えていきたいと思います。
 取材班がツイッター(http://twitter.com/asahi_kozoku)でつぶやいています。メール()でご意見や体験談もお寄せください。

PR情報
検索フォーム


朝日新聞購読のご案内
新聞購読のご案内事業・サービス紹介