熊本地震 復興 どこまで

 熊本地震の発生から半年。被災地では、変わっていく風景がある一方、倒壊したままの住宅や寸断された道路、復旧の見通しが立たない文化財が残る。復興への道のりは、始まったばかりだ。

【2017年4月18日更新】 約1年後の写真を追加しました。

  • 2017年3月30日
  • 2016年10月5日
  • 2016年4月17日
フリックで写真が変わります 益城町宮園 3月30日

益城町宮園 2017年3月30日 震災から1年を前に更地化が進む宮園地区。倒壊家屋はほぼ撤去された。道路脇のがれきもなくなっていた=3月30日、熊本県益城町、日吉健吾撮影

益城町宮園 10月5日

益城町宮園 2016年10月5日 宮園公民館(右手前)周辺。道路を埋め尽くした倒壊家屋のがれきは、取り払われていた。道路右側の敷地には、解体された家屋のがれきが残っていた=5日、熊本県益城町宮園、小宮路勝撮影

益城町宮園 4月17日

益城町宮園 2016年4月17日 家屋が倒壊し、瓦などが散らばる中、崩れた住宅の中からカバンや衣料品などを運び出す住人たち=4月17日、熊本県益城町、森井英二郎撮影

  • 2017年3月30日
  • 2016年10月3日
  • 2016年4月24日
益城町宮園(空から) 3月30日

益城町宮園(空から) 2017年3月30日 被災から一年を迎える熊本県益城町宮園地区。公費解体が進み、更地が増えた=3月30日、本社ヘリから、時津剛撮影

益城町宮園(空から) 10月3日

益城町宮園(空から) 2016年10月3日 一部の全壊家屋は撤去されたが、公費解体が進まず倒壊したままの家屋も目立つ=10月3日、熊本県益城町、朝日新聞社ヘリから、長沢幹城撮影

益城町宮園(空から) 4月24日

益城町宮園(空から) 2016年4月24日 地震で倒壊した家屋=4月24日、熊本県益城町宮園、朝日新聞社ヘリから、上田幸一撮影

  • 2017年3月30日
  • 2016年10月8日
  • 2016年4月16日
阿蘇神社 3月30日

阿蘇神社 2017年3月30日 被災から一年を迎える阿蘇神社。倒壊した国の重要文化財の楼門は「素屋根」に覆われ、中で解体作業が進んでいる。倒壊した拝殿は完全に撤去されていた=3月30日、熊本県阿蘇市、本社ヘリから、時津剛撮影

阿蘇神社 10月8日

阿蘇神社 2016年10月8日 10月8日未明の阿蘇・中岳の爆発的噴火で灰に包まれた阿蘇神社。阿蘇神社によると、地震で被害を受けた国の重要文化財の建物の再建工事が始まる予定で、楼門の解体から着手するという。この半年間で、いくつかの神事が、安全確保ができず中止となった。同神社は「祭りの維持も神社の役目。工事と安全性とを調整しながら今後もできるだけおこなっていきたい」=10月8日、熊本県阿蘇市、朝日新聞社ヘリから、森下東樹撮影

阿蘇神社 4月16日

阿蘇神社 2016年4月16日 阿蘇市の阿蘇神社は、国の重要文化財の楼門が倒壊。拝殿も全壊した=4月16日、熊本県阿蘇市一の宮町宮地、朝日新聞社ヘリから、高橋雄大撮影

  • 2017年3月30日
  • 2016年9月16日
  • 2016年4月16日
阿蘇登山道 3月30日

阿蘇登山道 2017年3月30日 9月に山側車線の通行が再開した阿蘇登山道では、全面開通に向け谷側車線の復旧工事が続いていた=3月30日、熊本県阿蘇市、本社ヘリから、時津剛撮影

阿蘇登山道 9月16日

阿蘇登山道 2016年9月16日 本震から5カ月が経った9月16日、大きく崩落した阿蘇パノラマラインの応急補修が終わり通行止めが解除され、多くの観光客が草千里を訪れた=9月16日、熊本県阿蘇市、朝日新聞社ヘリから、森下東樹撮影

阿蘇登山道 4月16日

阿蘇登山道 2016年4月16日 熊本県の代表的な観光地、草千里ケ浜へつながる阿蘇パノラマラインも本震で崩落した=4月16日、熊本県阿蘇市、高橋雄大撮影

  • 2017年3月30日
  • 2016年10月9日
  • 2016年4月16日
宇土市役所 3月30日

宇土市役所 2017年3月30日 宇土市役所庁舎があった場所は更地になっていた=3月30日、熊本県宇土市、本社ヘリから、時津剛撮影

宇土市役所 10月9日

宇土市役所 2016年10月9日 宇土市役所庁舎は、5階と4階部分が、完全に撤去されていた。庁舎は立ち入り禁止となっていたため、中の重要書類は、クレーンの先に磁石をつけて書類棚ごと引き出された=10月9日、熊本県宇土市、朝日新聞社ヘリから、河合真人撮影

宇土市役所 4月16日

宇土市役所 2016年4月16日 本震で、宇土市役所は5階建て庁舎の4階部分が押しつぶされた=4月16日、熊本県宇土市、朝日新聞社ヘリから、河合真人撮影

  • 2017年4月9日
  • 2016年10月1日
  • 2016年5月4日
阿蘇市ビニールハウス 4月9日

阿蘇市ビニールハウス 2017年4月9日 熊本地震で大きく横ずれし、トマト5千株が被害に遭った中嶋俊次さんのビニールハウスは、撤去も進まず、手つかずのままだ。今年は「去年の借りを返さんといけん」と、コメを作っていた田んぼの一部にビニールハウス8棟を建てる予定だ=9日、熊本県阿蘇市、金子淳撮影

阿蘇市ビニールハウス 10月1日

阿蘇市ビニールハウス 2016年10月1日 大きくずれたままのビニールハウスは、手つかずのまま雑草が伸びていた。中嶋さん夫妻は20年以上トマト作りを続けてきた。この辺りは水が良く「砂糖が入ってるよう」な甘いトマトが自慢だった。今年は知人の空いていたハウスで作ったが、満足のいく出来では無かった。来年は自分たちの田んぼをつぶし、新たにビニールハウスを建てるという。「早くあの場所に戻りたい」と願うが、2~3年はかかるという=10月1日、熊本県阿蘇市役犬原、金子淳撮影

阿蘇市ビニールハウス 5月4日

阿蘇市ビニールハウス 2016年5月4日 熊本地震の本震で、大きく横ずれした熊本県阿蘇市の中嶋俊次さん(63)と妻しずえさん(61)のビニールハウスは、整然と並んだトマトの苗の列が、地面のズレで断ち切られた。長さ70メートル、幅6メートルのビニールハウス6棟は、今年2月にビニールを張り替えたばかりだった。中央付近で約3メートル横ずれし、水まきが出来なくなったため、ハウス内にあった約5千個のトマトの苗はほぼ全滅した。「水がきれいで20年以上使ってきたけれど、別の場所に作り直すしかない」と話した=5月4日、熊本県阿蘇市役犬原、高橋雄大撮影

  • 2017年3月25日
  • 2016年10月12日
  • 2016年4月28日
益城町寺迫 3月25日

益城町寺迫 2017年3月25日 寺迫地区は、被害家屋の撤去がほぼ完了し、更地が広がっていた=3月25日、熊本県益城町、小宮路勝撮影

益城町寺迫 10月12日

益城町寺迫 2016年10月12日 寺迫地区では、一部の倒壊家屋(中央)は解体されていたが、周りの1階部分が押しつぶされた家は、公費解体が進まずそのままの状態だった=10月12日、熊本県益城町、福岡亜純撮影

益城町寺迫 4月28日

益城町寺迫 2016年4月28日 壊したままの家屋が並ぶ益城町寺迫地区。1階部分が潰れた家が目立ち、「応急危険度判定」の結果、「立ち入り危険」と判断され、赤い紙を貼られた建物があちこちにあった=4月28日、熊本県益城町、福岡亜純撮影

  • 2017年3月30日
  • 2016年10月3日
  • 2016年4月16日
阿蘇大橋 3月30日

阿蘇大橋 2017年3月30日 崩落した阿蘇大橋。有人の重機による復旧作業も始まっていた=3月30日、熊本県南阿蘇村、本社ヘリから、時津剛撮影

阿蘇大橋 10月3日

阿蘇大橋 2016年10月3日 復旧工事が進む阿蘇大橋崩落現場。無人の重機が崩れ落ちる可能性のある土砂を除去している。寸断された国道57号と325号を結ぶ橋は、下流に掛け替える計画だ=10月3日、熊本県南阿蘇村、朝日新聞社ヘリから、長沢幹城撮影

阿蘇大橋 4月16日

阿蘇大橋 2016年4月16日 南阿蘇村の阿蘇大橋は長さ700メートル、幅200メートルにわたって崩れた斜面の土砂で崩落した。大学生大和晃(ひかる)さん(当時22)が犠牲となった=4月16日、熊本県南阿蘇村、高橋雄大撮影

  • 2017年4月4日
  • 2016年10月1日
  • 2016年4月23日
健軍商店街 4月4日

健軍商店街 2017年4月4日 地震から1年が経つ健軍商店街。アーケードの通行止めも解除され、屋根も新しくなった=4月4日、熊本市東区、日吉健吾撮影

健軍商店街 10月1日

健軍商店街 2016年10月1日 地震から半年が経つ健軍商店街は、倒壊したスーパーは撤去された。アーケードの屋根の一部が取り外されていたが、柱は曲がったままだった。熊本市東区の清住チサ子さん(76)は熊本地震後、商店街に来るのをひかえていた。余震が怖かったうえ、共通の趣味を持つ友人と使っていたスーパーの休憩スペースがなくなったからという。「毎週楽しみに来ていたのに。寂しいので早く再開してほしい」と話した=10月1日、福岡亜純撮影

健軍商店街 4月23日

健軍商店街 2016年4月23日 アーケードが大きく崩れた健軍商店街。スーパーは1階部分が押しつぶされていた=4月23日、熊本市東区若葉、吉本美奈子撮影

  • 2017年3月25日
  • 2016年10月7日
  • 2016年4月18日
益城町辻の城 3月25日

益城町辻の城 2017年3月25日 地震で崩れたのり面のがれきは取り除かれ、倒壊家屋の解体も完了していた=3月25日、熊本県益城町辻の城、小宮路勝撮影

益城町辻の城 10月7日

益城町辻の城 2016年10月7日 辻の城側(右)の、土台が崩れていた住宅は全て撤去され更地になっていた。木山側の住宅は解体工事が始まっていた=10月7日、熊本県益城町辻の城、福岡亜純撮影

益城町辻の城 4月18日

益城町辻の城 2016年4月18日 住宅の土台部分が崩れ道路を覆っていた=4月18日、熊本県益城町辻の城、白井伸洋撮影

  • 2017年4月4日
  • 2016年9月23日
  • 2016年4月17日
熊本市役所 4月4日

熊本市役所 2017年4月4日 避難してきた人で埋め尽くされていた熊本市役所のロビーは日常を取り戻していた=4月4日、熊本市中央区、日吉健吾撮影

熊本市役所 9月23日

熊本市役所 2016年9月23日 多くの避難者が寝起きしていた熊本市役所1階のロビーは、通常の状態に戻っていた=9月23日、熊本市、福岡亜純撮影

熊本市役所 4月17日

熊本市役所 2016年4月17日 熊本市役所のロビーは、余震を恐れ避難してきた人たちであふれていた=4月17日、熊本市中央区手取本町1丁目、金子淳撮影

  • 2017年3月30日
  • 2016年10月4日
  • 2016年4月16日
益城町惣領 3月30日

益城町惣領 2017年3月30日 左奥の家屋1軒が撤去され、右手前にはミラーが新たに設置されていた=3月30日、熊本県益城町惣領、日吉健吾撮影

益城町惣領 10月4日

益城町惣領 2016年10月4日 地震でひび割れた道路はアスファルトが新しく敷かれ、川のある右側には黒い土囊(どのう)が並べられていた=10月4日、熊本県益城町惣領、日吉健吾撮影

益城町惣領 4月16日

益城町惣領 2016年4月16日 地震でアスファルトがひび割れた道路=4月16日、熊本県益城町惣領、日吉健吾撮影

  • 2017年4月9日
  • 2016年10月3日
  • 2016年4月18日
グランメッセ熊本 4月9日

グランメッセ熊本 2017年4月9日 熊本地震発生後、駐車場が車中泊の車で埋まっていた「グランメッセ熊本」。3月27日から一部再オープンした=9日、熊本県益城町、金子淳撮影

グランメッセ熊本 10月3日

グランメッセ熊本 2016年10月3日 車中泊で避難する人たちの車がなくなったグランメッセ熊本の駐車場=10月3日、熊本県益城町

グランメッセ熊本 4月18日

グランメッセ熊本 2016年4月18日 大型展示場「グランメッセ熊本」の駐車場は、夜になると大勢の避難者が車中泊をしていた=4月18日、熊本県益城町、加藤諒撮影

  • 2017年3月28日
  • 2016年10月7日
  • 2016年4月19日
南阿蘇村・高野台 3月28日

南阿蘇村・高野台 2017年3月28日 本震での土砂崩れにより5人が犠牲となった高野台地区は、倒壊家屋の撤去作業が進んでいた=3月28日、熊本県南阿蘇村、日吉健吾撮影

南阿蘇村・高野台 10月7日

南阿蘇村・高野台 2016年10月7日 倒壊した家屋が残る高野台地区。村は10月1日、住民に対する説明会を開いた。住民からは安全性や今後の村の方針についての質問が相次いだが、村は現時点では判断できないとした=10月7日、日吉健吾撮影

南阿蘇村・高野台 4月19日

南阿蘇村・高野台 2016年4月19日 南阿蘇村の高野台地区で、本震による土砂崩れに巻き込まれた行方不明者を、投光器で地表を照らし捜索が続けられた。地区では16戸全てが全半壊し、5人が犠牲になった=4月19日、熊本県南阿蘇村、遠藤啓生撮影

  • 2017年4月9日
  • 2016年10月1日
  • 2016年4月16日
南阿蘇・東海大アパート 4月9日

南阿蘇・東海大アパート 2017年4月9日 大野睦さんが亡くなったアパートは解体され、更地に献花台が置かれていた=9日、熊本県南阿蘇村、金子淳撮影

南阿蘇・東海大アパート 10月1日

南阿蘇・東海大アパート 2016年10月1日 アパートは解体が進まず一部残っている。亡くなった大野睦(りく)さん(当時20)の部屋の前に、小さな祭壇があった。フットサル仲間の松村知毅さん(20)は、月命日には必ず、現場を訪れる。「笑顔しか覚えていない。睦の分まで笑顔を忘れず生きていきたい」=10月1日、熊本県南阿蘇村、金子淳撮影

南阿蘇・東海大アパート 4月16日

南阿蘇・東海大アパート 2016年4月16日 東海大の学生らが暮らす南阿蘇村の木造アパートは、本震で1階が押しつぶされ、1人が犠牲となった。学生らが行方不明者の捜索に協力していた=4月16日、熊本県南阿蘇村川陽、長沢幹城撮影

  • 2017年3月25日
  • 2016年4月16日
広安小学校 3月25日

広安小学校 2017年3月25日 震災後には避難した人たちの車で埋め尽くされていた運動場は、児童が元気に汗を流していた=3月25日、熊本県益城町の広安小学校、小宮路勝撮影

広安小学校 4月16日

広安小学校 2016年4月16日 避難所の炊き出しに並ぶ人たち。男性は、2時間並んで50メートル進んだだけと疲れた様子だった=4月16日、熊本県益城町の広安小学校、金川雄策撮影

  • 2016年10月7日
  • 2016年4月19日
広安西小学校 10月7日

広安西小学校 2016年10月7日 広安西小の体育館での授業は8月に再開。放課後には、ミニバスケットボール部が練習を続けている。キャプテン・小原楓雅(ふうが)君(12)は、「次の試合では、地震の間の練習不足を言い訳にせず、気合を入れてやっていきます」と話した=10月7日、熊本県益城町、小宮路勝撮影

広安西小学校 4月19日

広安西小学校 2016年4月19日 避難所となった益城町立広安西小学校には、最大で約800人が避難した=4月19日、熊本県益城町福富、小宮路勝撮影

  • 2017年4月11日
  • 2016年10月2日
  • 2016年5月2日
豊肥線線路 4月11日

豊肥線線路 2017年4月11日 JR豊肥線立野駅と瀬田駅の間にある踏切は当時のままで雑草が残る=11日、熊本県南阿蘇村、小宮路勝撮影

豊肥線線路 10月2日

豊肥線線路 2016年10月2日 JR豊肥線の立野-瀬田間。波打った線路は雑草で覆われ、踏切部分だけが見えていた=10月2日、熊本県南阿蘇村、金子淳撮影

豊肥線線路 5月2日

豊肥線線路 2016年5月2日 JR豊肥線瀬田駅と立野駅を結ぶ線路。地震の影響で線路が波打ち、木が覆いかぶさっていた=5月2日、熊本県南阿蘇村、福岡亜純撮影

  • 2017年4月9日
  • 2016年9月16日
  • 2016年4月26日
阿蘇下田城ふれあい温泉駅 4月9日

阿蘇下田城ふれあい温泉駅 2017年4月9日 南阿蘇鉄道「阿蘇下田城ふれあい温泉駅」。線路に散乱していた瓦は取り除かれ、菜の花が咲いていた。周辺の雑草はボランティアらによって刈り取られている=9日、熊本県南阿蘇村、金子淳撮影

阿蘇下田城ふれあい温泉駅 9月16日

阿蘇下田城ふれあい温泉駅 2016年9月16日 線路に散乱していた瓦は取り除かれ、駅舎にブルーシートがかけられていた。7月末に高森―中松間(7.1キロ)が開通したが、その後の復旧のめどはたっていない=9月16日、熊本県南阿蘇村、金子淳撮影

阿蘇下田城ふれあい温泉駅 4月26日

阿蘇下田城ふれあい温泉駅 2016年4月26日 駅舎の瓦が線路を覆っている南阿蘇鉄道「阿蘇下田城ふれあい温泉駅」=4月26日、熊本県南阿蘇村、金子淳撮影

  • 2017年3月30日
  • 2016年10月3日
  • 2016年4月15日
九州自動車道 3月30日

九州自動車道 2017年3月30日 復旧した九州自動車道=3月30日、熊本県益城町、本社ヘリから、時津剛撮影

九州自動車道 10月3日

九州自動車道 2016年10月3日 修復工事が続く九州自動車道の下り車線は、再舗装がほぼ完了していた=10月3日、熊本県益城町、朝日新聞社ヘリから、長沢幹城撮影

九州自動車道 4月15日

九州自動車道 2016年4月15日 大きくひび割れた九州自動車道=4月15日、熊本県益城町、朝日新聞社ヘリから、高橋雄大撮影

  • 公開:2016年10月13日
  • 更新:2017年4月18日
  • 制作:白井政行