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飽くなき挑戦
プロローグ

孤高の技術 磨いた50年

コスモ

ベンチャー魂が培った「夢のエンジン」

 1967年5月30日、自動車産業史に名を残すクルマがデビューした。その名は「コスモスポーツ」。その心臓部には、マツダが世界で初めて量産に成功したロータリーエンジンが搭載されていた。

 時は60年代。高度経済成長期を迎え、クルマは憧れの象徴から手が届くものに。国内外で競争が激化する中、マツダは生き残りのためロータリーエンジンに賭けた。開発は困難を極めたが、その先に内燃機関の革新を夢見ていた。

 だが革新的であるがゆえに、追随者は現れない。そして今、ロータリーエンジン搭載車はカタログから消えた。その意味では、敗れ去った技術といえる。

「ゼロ成長の時代」に見つめる 信念の軌跡

 これから1年かけ、その歴史を見ていく。それはなぜか。

 45年8月6日、焦土と化した広島から、ロータリーエンジンは生まれた。故郷を奪われた人々は、突き進んだ先に何かがあると信じた。そんな姿は、いつの世も人の心を揺さぶる。「ゼロ成長の時代」と言われる現代で、その物語を再び問いたいと考えたからだ。

 ただひたすらに、前へ。

 その挑戦の軌跡を追う。(田村隆昭)

世界の頂点に立った音

ロータリーエンジン搭載のマツダ787Bが、1991年のルマン24時間耐久レースで総合優勝を果たした。現在も日本メーカーで唯一の快挙だ。昨年11月には鈴鹿サーキットでのイベントに同車が参加し、独特のロータリーサウンドを響かせた。

ロータリーエンジンの開発リーダーを務めた山本健一氏に「コスモスポーツ」の実車を見てもらい、半世紀たったことへの思いを聞いた。(2016年12月取材)

山本健一氏 1967年ごろ
やまもと・けんいち

1922年、熊本県生まれ。旧東京帝国大学卒。海軍に入り、戦後の46年に東洋工業(現マツダ)入社。ロータリーエンジン研究部長として開発を指揮した。取締役などを経て、84年に6代目の社長に。87年に会長となり、92年に退いた。17年12月20日に死去。写真は1967年ごろ

「コスモスポーツ」のハンドルを握る山本健一氏

「コスモスポーツ」のハンドルを握る山本健一氏=2016年12月15日

「会社の独立、守るため」生みの親・山本健一氏

 こいつには苦労させられたよ。もう50年か……。

 ぼくはロータリーエンジンで苦労するために生まれたような男。ロータリーに真剣に取り組んだ最初のクルマがコスモスポーツ。だから、コスモは自分の子どもだな。

 (故・松田恒次社長から)開発するように命令を下されてね。東洋工業(現マツダ)が三輪車や軽自動車の生産で苦労しているのに、なけなしの開発費をできるかどうかもわからない技術に使う。会社の中でも皮肉をいわれたよ。「開発費を下らないことに使うな」と直接言われもした。

ロータリーエンジン研究部設計室。150人以上の技術者が研究を続けた。

ロータリーエンジン研究部設計室。150人以上の技術者が研究を続けた。

欧米のやっていない物を

 でも、恒次さんのことは尊敬していた。苦労した人で、苦労の裏表を心得ていた。

 彼がロータリーをやると決めたのは、欧米がやっていない物をものにしなくちゃ勝ち残れないとの思いだった。このままでは彼らにのみ込まれると。会社の独立性を保つために、苦労して考えたんですね。世界がものにしていないロータリーを、この苦しい時にやるんだと。それがわかったから、社長のために、僕もやろうと思った。

ロータリーエンジン試作第1号

ロータリーエンジン試作第1号

技術者の誇りが生んだ

 僕は工員として東洋工業に入って、労働組合も経験した。仕事は自分一人の力でできるものじゃない。周りの人の愛情、信頼に恵まれた。技術開発は力をあわせなくちゃいけない。それにはそういう空気を作ることが大切。それが、今のマツダに残っていればうれしいですね。

 ロータリーの開発には技術者としての誇りも大切だった。その誇りが新しいアイデアを生み出していく力になった。オリジナリティーを発揮して新しい技術に挑戦する。そのプライド、勇気が企業にとって重要であることを、あのときに経験したのだと思っています。

展示のエンブレム、実は…

 「コスモスポーツ」の生産台数は1176台しかない。マツダが展示用に所有しているのは試作車を含めて3台あるが、国内向けに販売された当初の姿のものはない。

 現在マツダミュージアム(広島市南区)で展示されているのは、「Cosmo」のエンブレムがなかっため、別車種の「ユーノスコスモ」のものを貼り付けたものだ。

 「コスモスポーツオーナーズクラブ」(星野仙治会長、約170人)によると、世界では走行可能なコスモスポーツが300台ほどが残っているという。

ロータリーエンジンとレシプロエンジンの違い

 ピストンの往復運動をクランクシャフトで回転運動へ変換する一般的なレシプロエンジンとは異なり、ロータリーエンジンは三角形のローターの回転運動を車輪の回転運動とする。そのため振動や騒音が少ないといった特長を持つ。また構造が単純で部品数が少なく小型軽量なため、車体デザインの自由度も高い。

ロータリー
ロータリー
レシプロ
レシプロ

これからのロータリーエンジンはどうなるのか。マツダの小飼雅道社長(62)に聞いた。

小飼雅道社長
こがい・まさみち

1954年、長野県生まれ。東北大学卒。77年に東洋工業(現マツダ)入社。技術本部長や防府工場長、タイにあるフォードとの合弁工場のトップを務めた。2007年以降、全社一体となって商品技術を開発する「モノ造り革新」を主導し、13年に社長に就任した。

「燃費・走り、挑み続ける」小飼雅道社長

 ロータリーエンジン50周年は、我々の技術の原点の一つがそこにあったと確認する年にしたい。50周年と言ってパレードしても仕方ない。

 我々はロータリーエンジンを「RX―8」で2012年に止めてしまっている。将来の排ガス規制、燃費規制に適応できないテクノロジーだったと言うこと。次に出すとしたら、もう規制で影響を受けないくらいの燃費性能、ピストンではなくロータリーならではの走りが実感できるものにしないと出してはいけない。

 1車種出してまた新たな規制に適合できず、5、6年たって生産終了と言うことにはしたくない。そういうところまでたどり着くのが先です。飽くなき挑戦を続けている。

 独自のEV(電気自動車)も開発中だが、バッテリーだけでは航続距離に不安がある。バッテリー残量が不足したときに、ロータリーで発電してEVの航続距離を伸ばすレンジエクステンダーを搭載させるつもりだ。振動や騒音が少なくコンパクトなロータリーの活用で、長距離であっても、安心して運転ができるようになる。

電気自動車「デミオEV」にロータリーエンジンを積んだ試作車を作るなど、技術開発も進めている

電気自動車「デミオEV」にロータリーエンジンを積んだ試作車を作るなど、技術開発も進めている

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写真はマツダ提供や朝日新聞データベースから