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1920
1月 前身の「東洋コルク工業」設立(1927年には「東洋工業」に社名変更)
1931
1931
10月 初の三輪トラック生産開始。自動車産業に進出
1945
8月 広島に原爆投下。従業員119人が死亡

1945
当時の東洋工業の本社工場=府中町
1950
・1月 広島カープ結成
・6月 朝鮮戦争勃発
1956
・7月 経済白書が「もはや戦後ではない」
1959
・8月 ブルーバード発売
1960
・60年安保闘争
・12月 所得倍増計画
1月 西独のNSU・バンケル社がRE技術発表

1960
広島工場のR360クーペの生産ライン
5月 初の軽乗用車「R360クーペ」発売
1961
技術研修団がNSU本社へ派遣された

1961
提携後、東洋工業は技術陣をNSU社に派遣した。右から2人目が山本健一氏。3人目は後に社長になる松田耕平氏
1963
・7月 日本初の都市間高速道路「名神高速」が開通
1964
・10月 東海道新幹線開業
東京五輪
1966
・3月 人口1億人突破
8月 日産とプリンスが合併
1967
・8月 公害対策基本法施行
1967-re
コスモスポーツ
世界初の量産ロータリーエンジン(RE)搭載車として1967~72年に1176台が生産された。当初の標準価格は148万円で、当時の給与所得者の平均年収は62万円だった。「宇宙時代にふさわしいエンジンを」との思いが込められ、イタリア語の「Cosmo(宇宙)」から命名。排気量は491㏄×2。前期型(L10A)と、フロントグリルを一新し、18馬力アップの128馬力とし、ホイールベースを15センチ伸ばすなどした後期型(L10B)が68年から生産された。近未来的なフォルムは人気が高く、「帰ってきたウルトラマン」(71~72年)、「エヴァンゲリヲン新劇場版:破」(2009年)にも登場した。
1968
・4月 日本初の超高層ビル
・霞が関ビルが開館
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ファミリアロータリークーペ
RE搭載車の第2弾。軽量・コンパクトな車体に100馬力という高出力エンジンの組み合わせで、じゃじゃ馬的な俊足ぶりだった。国内外のレースでも大活躍した。しかしファミリアは以後、マツダの看板車種でありながらREを捨てることに。初のFFモデルとなる80年発売の5代目は、「赤いファミリア」として爆発的ヒットとなり経営の屋台骨を支えた。
1969
・5月 東名高速が全線開通
5月 三菱重工がクライスラーと合弁事業開始

1969-re
ルーチェロータリークーペ
逆スラントノーズのフロントマスクが印象的な、ベルトーネデザインの流麗な2ドアクーペ。度重なるモーターショー参考出品の果てに市販化されたのは、REにマツダ初のFFを組み合わせた意欲作だった。作り慣れないFF機構はクセが強く、独自機構による高価格化もありヒット作とはならなかった。
1970
・3月 大阪万博
11月 いすゞがGMとの資本提携交渉を発表
1971
1971-re
サバンナ
国内レースで常勝を誇っていた日産スカイラインGT-Rを破り、スポーツカーエンジンとしてのREの存在感を高めた。巨大なオーバーフェンダーをまといレース参戦していたクーペモデルの印象が強いが、セダンやステーションワゴンといった幅広いバリエーションを用意していた。
1972
・5月 沖縄返還
10月 コスモスポーツ生産終了。累計生産台数1176台
1973
・10月 第1次石油ショック
1974
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パークウェイロータリー26
REの積極拡大策「ロータリゼーション」の一つの到達点。当時のスポーツカー顔負けの高出力エンジンをマイクロバスに載せ、排ガス再燃焼装置によって「世界初の低公害ロータリーバス」をうたう。スーパーデラックス(写真)は、乗車定員を26人から13人にしてカーペット敷きに。広々としたサロンムードを売りにした。しかし、燃費の悪さがたたったか、RE仕様の販売台数は100台にも満たなかったとみられる。
1975
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ロードペーサー
トヨタと日産の寡占状態だった大型セダン市場に参入するため、米GM傘下の豪州メーカー「ホールデン」から車体を調達して自前のREを載せる離れ業で開発投資を抑えた。ちょうど、現行ロードスターをベースに伊フィアットが自前のマルチエアエンジンを載せたアバルト124スパイダーと逆の成り立ち。

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コスモAP
トヨタ・セリカや日産シルビア、三菱ギャランΛなど、当時多かった北米市場を強く意識したスペシャリティーカーの一台。高級志向で、ライバルに比べて大柄なボディーだった。「AP」はアンチ・ポリューション(公害対策)の意味。2年後に追加された2ドアハードトップ仕様のコスモLは、レザートップでより上品なたたずまいに。
1977
1977-re
ルーチェ(3代目)
トヨタ・クラウンや日産セドリック/グロリアといった国産高級セダンのご多分に漏れず、アメリカのフルサイズセダンの影響が大きいスタイリング。縦長角目4灯のヘッドライトは、後期型では欧州車的なオーソドックスなデザインに変更される。
1978
・5月 成田空港開港
1978-re
サバンナRX-7(初代)
排ガス規制で本格派スポーツカーが絶滅しかけた国内市場に久しぶりに登場した、実質2人乗りのREスポーツ。漫画「よろしくメカドック」にはニヒルな好敵手・那智渡の愛車として登場した。後期モデルにはターボ付きが追加され、メーカー各社の高出力競争に加わることになる。
1979
・第2次石油ショック
1979
東洋工業の宇品工場を、電気自動車に乗って見学するヘンリー・フォード2世・米国フォード社会長(手前中央)と関係者たち
11月 フォードと資本提携
1980
・日本の自動車生産世界一に
1981
1981-re
ルーチェ(4代目)/コスモ
ルーチェとコスモという二つの看板車種が、この代だけグリル違いの兄弟車となった。クーペ系モデルの狭いグリルと横長なヘッドライトが異彩を放つ。ラジカセのようにカセットテープを縦に入れる、珍しいカーステレオを採用。86年のモデルチェンジ後も、教習車やタクシーとして目にすることが多かった。※写真はルーチェの4ドアハードトップ
1984
1984
5月1日の改称を前に、「東洋工業株式会社」から「マツダ株式会社」に門柱の標識だけが換えられた
5月 「マツダ」に社名変更

11月 山本健一氏が社長就任
1985
・9月 プラザ合意
1985-re
サバンナRX-7(2代目)
スポーツカーとしてのあらゆる動力性能に磨きをかけて進化した。国内仕様はターボ付き13B型のみを用意。国内外のメーカーがFRスポーツのお手本にした、ポルシェ944と比較されることが多かった。小粋な電動キャンバストップを備えた、歴代唯一のカブリオレもあった。
1986
1986-re
ルーチェ(5代目)
RX-7譲りのREターボを積んだ俊足セダン。ただ、販売の主力はオーソドックスな新開発のV6レシプロエンジンだった。後継モデルのセンティアはV6のみのラインナップとなり、高級REサルーンの系譜はついに姿を消すことになる。
1987
・4月 JR誕生
1989
・4月 消費税3%導入
・11月 ベルリンの壁崩壊
・12月 バブル景気ピーク
1990
・国内自動車生産ピーク、1348万6796台
1990-re
ユーノスコスモ
バブル経済期を象徴する、歴代コスモ最大のボディーサイズ。トヨタ・ソアラや日産レパードを仮想敵に、高級デートカーに生まれ変わった。上級モデルは市販車唯一の3ローターREを積んで大馬力を誇る。同時期の4ドアハードトップ車「ペルソナ」同様、ラウンジのソファのようなインテリア。
1991
6月 仏・ルマン24時間レースでRE搭載の「787B」が総合優勝。日本車で初

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RX-7(3代目)
販売チャンネル拡大に伴い新設された販売系列「アンフィニ」の名前を冠してデビュー。熟成されたシーケンシャルツインターボ付き2ローターは、最終モデルでは国内自主規制いっぱいの280馬力に達した。漫画「頭文字D」の準主役マシンとして根強い人気を誇り、中古車市場では高値安定が続く。
1995
・1月 阪神大震災
・3月 地下鉄サリン事件
1996
5月 フォードの持ち株比率が25%から33.4%に引き上げ

6月 ウォレス社長就任。フォード出身者では初
1997
・4月 消費税5%に引き上げ
2001
・9月 9.11同時多発テロ
2003
2003-re
RX-8
RX-7の低重心と理想的な前後重量バランスに使い勝手の良さを加味してファミリーカーとしての使用にも耐える、観音開きの4枚ドアクーペ。RE車の間口を広げて浸透を図った。のちに水素RE実験車のベースに用いられ、次世代エコカーとしての可能性が模索される。
2007
・トヨタ生産台数で初の世界首位
2008
・9月 リーマン・ショック
2011
・3月 東日本大震災
2012
・12月 アベノミクス始まる
6月 「RX-8」生産終了。RE搭載車が初めて消える
2014
・4月 消費税8%に引き上げ
2015
フォードがマツダの全株式を売却

RX-VISION
東京モーターショーでお披露目されたコンセプトカー。低燃費と軽快な乗り味を両立するスカイアクティブ技術の応用で、近い将来のRE復活を予告した。スポーツカーの王道とも言うべきロングノーズ・ショートデッキの流麗なデザインが、ギャラリーの期待を高めた。

代表的なRE搭載車の紹介は、当該モデルの発売年(参考出品のRX-VISIONを除く)。写真はマツダ提供や朝日新聞データベースから

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取材・編集・進行:神沢和敬、久保田侑暉、加治隼人、田村隆昭、北林慎也、信原一貴、吉村真吾、石木歩
デザイン:加藤啓太郎
制作:宇根真、小林由憲