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「事務次官会議」復活へ 政治主導わずか2年

2011年9月10日5時1分

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 2009年の政権交代で廃止された「事務次官会議」が復活しそうだ。東日本大震災後に事務次官を集めてつくった「各府省連絡会議」が、毎週金曜日に定例化され、国政全般の幅広いテーマが扱われる。会議の名称こそ異なるが、官僚の発言権が強まるのは確実だ。

 9日正午、首相官邸に事務次官級の17人が集まった。野田政権になって初の「各府省連絡会議」。廃止された事務次官会議と同じく主役は次官だ。その中には野田佳彦首相に近い財務省の勝栄二郎事務次官もいる。司会は国土交通省の事務次官から昇格した竹歳誠官房副長官が務めた。

 藤村修官房長官は「蓮舫行政刷新相が(無駄の削減を)ビシバシやるので、皆さんそのつもりで対応して欲しい」とあいさつ。次官たちは昼食をとりながら、震災復興対策や円高対策、台風12号被害への対応などについて意見交換した。

 かつての事務次官会議は毎週月、木曜日に開かれ、閣議決定する法案や政令を事前に決めていた。民主党は03年の衆院選マニフェストで「官僚支配の象徴」として同会議の廃止を掲げた。政権交代後に鳩山由紀夫首相(当時)が真っ先に手を付けたのも、この会議の廃止だ。各府省の意思決定は大臣、副大臣、政務官の政務三役会議が担った。

 だが、官僚を排除した政治主導に霞が関は反発。十分な情報が官邸に集まらなくなった。鳩山政権は普天間基地移設問題などで迷走。その反省に立った菅政権は、中央省庁の官僚から信頼を集める仙谷由人氏を官房長官に起用した。

 その仙谷氏は昨年12月、「決定事項が円滑に実施されない弊害もある」として政務三役会議への事務次官陪席を閣僚に要請。東日本大震災後は、指示が行き届くように各府省連絡会議として事務次官中心の会議を復活させた。

 政治主導の空回りで官僚に頼らざるを得なくなった事情もあるが、マニフェストは事実上、撤回することになった。事務次官会議の復活ではないかとの記者の指摘に、竹歳副長官は「情報共有は大事だし、コミュニケーションが図れるのでいい」とかわした。藤村氏も9日の記者会見で「今までと違う幅広い会合になる。事務次官会議復活というイメージではまったくない」と語った。(南彰)

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